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少し短いです。
薫は言い切ると真っ赤な顔になって、すぐに俯いてしまった。
それを愛おしそうな笑顔で見つめていた透が、葵に改めて自己紹介を始めた。
「ご紹介に預かりました、藍川です。突然ごめんね。俺が妹さんに会わせてくれって薫ちゃんにお願いしたんだ。」
「ほら、葵、固まってるじゃない!だから、こんな急に嫌だったのよ。」
「やっと素直になったのは、妹さんのアドバイスのおかげだって言われたら、会いたくもなるでしょ?」
葵が薫の言葉を情報処理している間にも、美男美女カップルの会話はどんどん進んでいく。
(…この人がお姉ちゃんの好きな人?じゃあ…)
「お姉ちゃんは誠と両想いだったんじゃないのっ!?」
「はぁっ!?」
突然大声で叫んだ葵と薫に、ちょうどカフェラテを持ってきた店員はびくっと身体を震わせたが、すぐに何事もなかったかのように去っていった。
「だって、あの日、壮行会の日、私聞いてたもん。誠がお姉ちゃんに好きって言ってた!だから、この間の相手はてっきり誠だって思って、」
葵は混乱して自分が何を言っているのかもよくわからなくなっていた。
動揺して、まくし立てるように話してしまったせいか、声も震えていた。
「ちょっと聞き捨てならない気もするけど、俺は席を外した方が良さそうだね。」
その様子を見ていた透はそう言って、立ち上がった。ついでにさっと伝票を持つと、向かいの本屋にいるっと薫に耳打ちし、レジの方へと歩いて行った。
透が席を外すと、薫ははぁーっと長いため息をついた。
「…何をどう勘違いしてるのかわからないけど、私は誠に告白なんてされた覚えはないわよ。」
「…でもっ!」
「でもじゃないの!全部葵の勘違いなの!」
葵には、そうキッパリ言い切った薫が嘘を言っているようには思えなかったし、何よりさっき目の前にいた二人の甘い雰囲気はどう見ても相思相愛のものだった。
「…じゃあ、誰に向かって好きって言ってたの?」
「それは、私の口からは言えないわ。自分でよく考えなさいよ。」
(…あの夜、誠は誰に対して、あんなに甘い声で好きだと言ったの?)
葵はまたわからないことが増えてしまい、思考の海に沈んでいきそうになった。
考え込んでしまった様子の葵をじっと見ていた薫は、おもむろに口を開いた。
「…その様子だと、葵はやっと自分の気持ちに気付いたの?」
「えっ!?」
「誠のこと好きだって気付いたのか、って聞いてるのよ。」
また突然、想像を上回る発言をした薫に、葵は開いた口が塞がらなくなっていた。
「なっなんで知ってるの!?」
「いや、見てればわかるわよ。言っとくけど、葵以外の周りの人はみんなわかってると思うわよ。」
情報処理が追いつかない葵をよそに、やっとかぁっと呟きながら薫はコーヒーを飲んだ。
「まぁ、ちゃんと悩んで、ちゃんと答え出しなよ。葵のためにも、誠のためにも。
今日は突然だったのに、付き合ってくれてありがとう。じゃあまたね。」
そう言った薫は、カフェを出て向かいの本屋へと向かって行った。
取り残された葵はしばらく呆然としたまま、時間だけが過ぎて行った。
―――――
まだ混乱の渦から抜け出せないまま、葵は咲との待ち合わせ場所に向かっていた。
自分の中での大前提だったはずの事実が誤解だったことを知ったいま、葵は何から考えればいいのかわからなかった。
「葵ちゃん、こっちこっち!」
気付けば葵は待ち合わせ場所の近くまで来ていたようで、咲が葵に手を振っていた。
二人はそのまま目的地のカフェへと入っていった。
「ここのカフェの限定メニューが今日までなの!どうしても食べたかったんだ。」
「…そうなんだ。」
どこか上の空の葵に咲は何かあったことがすぐにわかってしまったが、葵から何かを語るまでは聞かない方がいいだろうと思い、店員を呼んで注文を済ませた。
限定メニューのスイーツを平らげる頃には、葵も心の整理がついてきていた。
(誠の好きな人がお姉ちゃん以外なら、私の気持ちを隠す必要はなくなるのかな…)
幼馴染と姉妹で三角関係になる確率がなくなったことをようやく理解した葵は、心の中で安堵のため息をついた。
(…なら咲には、相談してみてもいいかもしれない。)
葵は、あのときの質問に答えられるときが来たのかもしれないと思ったが、今更蒸し返すのが少し恥ずかしくなり、別のことを聞いてみることにした。
「あの、さ、家族以外に合鍵ってもらったことある?」
葵は、未だに答えの出ない『合鍵を渡した意味』について一般的な意見を聞いてみようと、咲に問いかけた。
「えっ、そんなのないよ!」
咲の驚いた様子に、葵はやはり普通のことではないのかもしれないと思った。
この件を考えるのは後回しした方が良いと思い、質問を取り消そうと口を開こうとしたところで、咲が話を続けた。
「でも、もしも好きな人にもらえたら幸せだよね。」
「えっ?」
自分の今の状況のことを指摘されたようなのに、葵はほど遠い感情にいる。
(…どうして、好きな人にもらえたら幸せになれるのだろう?)
「どうしてそう思うの?」
素直にそう思った葵は、心のままに咲に質問を返した。
「だって、『いつでもあなたを待ってます』って意味でしょ?
すごいストレートな愛情表現じゃない?」
咲の言葉が、葵の耳に入ると、少しずつ心の中で広がっていく。
……
…『いつでもあなたを待ってます』っていう愛情表現
誠はずっとあの部屋で待っていてくれたの?
私が気付くまで、ずっと…?
ずっと、
ずっと、
ずっと、 私のこと、好きでいてくれたの?
『合鍵を渡した意味』がわかると、全ての疑問の答えが一斉に降ってきて、葵の頬に一筋の涙がつたった。
(ああ、どうしてこんなに遠回りしてしまったんだろう。)
「ちょっ、葵ちゃん!どうしたの!?」
咲の動揺する声が聞こえると、葵は涙が溢れるのを止めることが出来なくなった。
「……咲、あのときの質問、いま答えてもいい?」
ひとしきり泣き終えた葵は、あのときの質問の答えを咲に語ったのだった。
次話で、完結予定です。
あと少しお付き合いいただければ幸いです。
薫と透の話も少し考えているので、いつか書けたらいいと思っています。




