その先の絶望
注)少々残酷な表現があります。
ご注意下さい。
「チッ!貴族の豚野郎が!」
「お、おいよせよ、聴こえたらマズイぞ!」
最初にこのダンジョンを見つけたのは、俺達【赤竜の牙】だったんだ!
それをあの豚野郎‥確かエルドレッドとか言ってたな‥‥そいつの部下に偶然聴かれちまったために横取りさてちまうとはな‥‥。
「あーーー糞!こんな事に成るなら、下準備とかせずに一気に攻略するんだったぜ!」
「いや、それはマズイだろう?新たなダンジョンを発見した場合、速やかに国へ報告する決まりになってるだろ?」
そう、本来ならダンジョンを発見したら報告する事を義務付けられている。
だがそれだと実りが少ない。
故に、ダンジョン核をとある国に売却する予定だったのである。
とある国と言ったら1つしかない、グロスエレムだ。
あの国はダンジョン撲滅を掲げている国だってぇのは有名な話だからな。
「だがよ、あの貴族もダンジョンコアを奪うつもりだろ?国の意思に反してよ」
「ああ、本来なら罪に問われるだろうな。にも関わらず強行するって事は、何らかの密約があるって事だろう」
「マジかよ‥‥闇ギルドとか関わってたら洒落にならねぇぞ‥っと、そこに罠があるぜ、気を付けろ」
「おぅ、悪ぃな」
こういう事は大抵他国に通じていたとか、闇ギルドが関わっているだとか、ろくでもない事しかない。
つまり、これ以上余計な詮索はせずに、大人しく引っ込むしかないのさ。
「今回は運が悪かった。だから俺達が出来るのは、さっさと攻略の手伝いをして、さっさと他の依頼を見つけるに限る」
「はぁ‥‥しゃーねぇか‥‥」
この時はまだ想像もしてなかった。
不運だと思っていた俺達が、実は地獄に一歩踏み出すギリギリのところで踏み留まっていた事に‥‥。
冒険者達に悪態を着かれてるとは露知らず、ただ単に冒険者達の後を付いていくだけの貴族エルドレッドとその私兵達。
罠の解除を先頭の冒険者達が行うので、彼等の安全は確保されている。
それに誕生して間もないダンジョンのため、強力な罠は殆んど存在しなかったのも大きい。
「しかしこうも何も起こらんと、退屈で仕方ないわい」
「ハッ!仰る通りかと存じます。しかし、まだ未発見のダンジョンだったため、モンスターや罠は少ないのは当然かと‥‥」
「そんな事はわかっておるわぃ!」
散々冒険者達をこき使っておいて、この言い種である。
この会話も先頭の冒険者に聴こえてたら、彼等の悪態が増えたであろう。
だがそんな会話から程なく、前方から私兵が走って来た。
「報告します!この先で、コアルームらしき小部屋を発見したとの事です!」
「そうかそうか!ようやく辿り着いたか!」
待ちに待った吉報に年甲斐にもなくはしゃぐエルドレッド子爵を私兵たちが宥める。
「エルドレッド様、どうか落ち着かれますよう。まだここのダンジョンマスターが残っております」
「わかっておる、わかっておる。だが、あの冒険者共にダンジョンマスター討伐の手柄をくれてやるのは面白くない。お前達、わかっておるな?」
「ハッ!奴等は一旦下がらせ、我々がダンジョンマスターを討伐致します」
「うむ。わかっておるなら良い」
やがてコアルームと思われる小部屋がエルドレッド達の前に表れた。
だが、コアルームの入口に1匹の狼が待ち構えているのも同時に見えた。
「お前達、ご苦労だった。もう下がって良いぞ」
コアルームの前に到着するや否や、案内役の冒険者達に下がるよう命じた。
「くっ‥‥」
エルドレッドの言葉に冒険者達は苦虫を噛み潰した顔をしたが、貴族に逆らえる訳もなく、渋々後ろに下がる。
「ところで、あの狼は何だ?」
「多分ダンジョンマスターの眷族ってやつでしょうよ。コアルームの前に居るって事は、ラスボスだと思っていいんじゃないですかね」
冒険者の1人は、どうでもよさげに淡々と答えた。
だが気分が高揚しているエルドレッドは、特に気にする事もなく頷いた。
「ふむ、成る程な。よし、お前達、さっさと討伐して参れ」
「「「ハッ!」」」
エルドレッドはコアルーム前の狼を討伐するよう私兵に命じた。
だが後ろから見ていた冒険者達は、何とも言えない胸騒ぎを覚えた。
「あの狼、何かの亜種かも知れねぇが、どこかで見たことがあったような‥‥」
「お前もそう思うか?俺もよ、昔どこかで見た記憶があるんだよなぁ‥‥」
「おいおいお前らもかよ。実は俺もさっきから胸騒ぎが‥‥‥ああっ!!」
冒険者の1人が何かを思い出して大声を上げるのと、前方で私兵達が狼に切りかかるのが同時だった。
他の冒険者達は声を上げた冒険者に顔を向けたため、惨劇を見る事はなかった。
一方で、1人の冒険者とエルドレッドは見てしまった。
たった1匹の狼によって、私兵達の足や腕が食い千切られる様を。
「ギャーーーッ!」
「ウグォォォォッ!腕が!腕がぁーーーっ!」
「た、助けてくれぇ!足がぁ!足が食われたぁ!!」
「な、何だ!?」
そして冒険者達は振り向く。
地獄が広がる光景へと‥‥。
「お、おい一体何が‥‥」
そこには、手足を失った私兵達が激痛でのたうち回っていた。
「え‥‥何だ、コレ‥‥」
一瞬だった。
ほんの一瞬、後ろの仲間に顔を向けただけだ。
その僅かな一瞬で、その場の有り様は激変していた。
「な、何が起こったのだ!?あ、あの狼は一体なんなのだ!!」
辛うじて目の前の狼が、私兵達を地獄へ導いた事だけは理解した。
だがそれでも不可解過ぎた。
たった1匹の狼が何するものぞとエルドレッドは思った。
そしてそれは冒険者達にも言えた。
「あの狼がやった‥‥のか?」
「‥‥ま、まさか‥‥ 」
精々ブラックウルフの亜種がいいとこだろうと楽観視していたのは確かだった。
先程声を上げた冒険者を除いて。
「お、お、思い出した、思い出したぞ!」
「な、何をだよ、こんなと「デルタファングだ!奴はデルタファングに違ぇねぇ!!」
「「デルタファングだと!?」」
他2人の冒険者の声が完全にハモる。
「どこかで見たと思ったが、完全に思い出したぜ。冒険者ギルドの講習で、絶対にこちらからは手を出すなと教わった記憶がある!」
「そ、そういえば確かに」
「お、俺も思い出したぜ。理性的だから念話で話す事も可能だとか」
『おう、その通りだぜ?』
冒険者達の期待に応えてやろうと、デルタファングから念を送られてきた。
「え?‥‥今、頭の中に‥‥」
『お前らがさっき言ってただろうが。俺は念話が使えるぜ』
「ま、まさか本当に!?」
『だからそうだっつったろうが!』
「「「ヒィ!」」」
ちょっと語気を強めただけだが、それだけで冒険者達は震え上がった。
無理もない。
デルタファングが出現すれば、その国は滅びるとまで言われているのだ。
「おおおお前達、ワシを‥ワシを護れぇ!」
冒険者達にそう命じるが、当然聞く訳もない。
今エルドレッドを護るような素振りを見せれば、敵対認定は確実である。
誰が好き好んで地雷を踏み抜くと言うのだろうか。
いや、この世界に地雷が存在するかは別の話だが‥‥。
「なんでこの状況で、テメェを護らなきゃならねぇんだよ!」
「そうだそうだ!」
「元々このダンジョンは国に報告するだけでよかったんだ。余計な欲を出したテメェを護るつもりはねぇ!」
「な、何だとキサマらーっ!ワシを誰だと思っておるのだ!」
今この状況は貴族なぞ足元にも及ばない奴が居るのだが、残念ながらエルドレッドは盲目になってしまったようだ。
『おいおい、大人しく引き返すなら別に襲ったりしねぇぜ?』
この時のデルタファングの念話は、冒険者達にとって天の助けの様な有り難い話だった。
「そ、その話は本当か?」
『俺は嘘は言わねぇ。姉御からも成るべく殺すなって言われてるからなぁ』
その姉御とやらがここのダンジョンマスターなのだろうと冒険者達は思った。
実際は違うのだが‥‥。
「だ、だったら俺達は帰るぜ!元々この話は乗り気じゃなかったんだ!」
『別にかまわねぇぜ?ただし、首謀者は置いてけよ?色々と聞きたい事があるからなぁ』
「も、勿論だ。この貴族のオッサンが首謀者だぜ!」
そう言いつつエルドレッドをデルタファングの前に押しやると、一目散に出口へと走って行った。
そして逃げ出した冒険者達に向かってエルドレッドは叫ぶが、誰も聞いてはいない。
「ふ。ふざけるな!貴様らぁ!このままで済むと思うなよ!?貴様ら全員このワシが『この状況でどうするってんだ?ぁあ!?』‥ヒィィィィィ!!」
デルタファング‥もとい、モフモフに顔を近付けられたエルドレッドは、恐怖のあまり失神してしまった。
これでは話を聞く事は出来ないだろう。
『ああ、気を失っちまったか。コイツの私兵連中の手当てもしなきゃならねぇし‥‥姉御を呼ぶか‥‥』
モフモフが大暴れしてから10分少々。
大暴れと言っても一瞬の出来事だったが、アイリがアイカと、何故か勝手に付いてきたクロを引き連れてユーリのダンジョンにやって来た。
侵入者がダンジョンコアを狙ってたため、首謀者を捕らえたと念話で報告してきたためだ。
その際に、首謀者の部下達が手当てが必要らしい事も聞いている。
「えーと、コイツは失神してるだけで、ちゃんと生きてるのよね?」
「へい、俺が顔を近付けただけで気を失ったんでさぁ。まったく、ヘタレにも程があるってもんですぜ」
それは仕方ないだろう。
エルドレッド自身はヘタレかもしれないが、デルタファングのモフモフに顔を近付けられたら誰だって発狂ものだ。
「アイカ、そっちはどう?」
「はい、手足の接合は問題なく終了しました」
アイカの方は、手足を切断された痛々しい私兵達の治療を行っていた。
DPを使用して上級ポーションを召喚し私兵達に振る舞ったのだ。
治療中のアイカは、見た目も相成って私兵達にとってまさに女神に見えた事だろう。
そして治療が終わった後、コアルームの外の一角に集められ、大人しくしてるようにアイカから言われる。
一応クロが見張っていたが、おかしな真似をする私兵は1人もいなかったようだ。
「ユーリはいつまで部屋に閉じ籠ってるつもりなの?」
「い、いえ、すぐそこまで侵入者が来てたので、腰が抜けてしまってて‥‥」
「‥‥しょうがないわねぇ」
既にその辺の冒険者よりも遥かに強くなってしまったアイリとは別に、ユーリ自身は最弱と言っていいステータスだ。
今回アイリの手助けがなければ、間違いなく殺されていただろう。
そう考えれば、腰が抜けてしまったのを嘲笑う事など出来ない。
もっとも、アイリはユーリの事を嘲笑ったりはしないだろうが。
「それにしても、モフモフはちゃんと手加減したのね、えらいわ!」
アイリの命令通り、モフモフは極力命を奪わないように心掛けた。
力量に差があったので、間違って首を切ってしまわないように、細心の注意をしたのだ。
それでも戦闘自体は一瞬だったが。
「姉御の顔に、泥を塗るような真似はしませんぜ!」
満面の笑顔でモフモフを撫でるアイリ。
そんなアイリをお姉様と慕っているアイカ。
その光景を見ていた私兵達は、このアイリという少女こそが、今この場で最大の権力を持っているのだと、そして恐らくはダンジョンマスターなのだろうと認識していた。
「コイツが起きるのを待つのは時間が勿体無いわ。コイツの部下達に聞けば、コイツらが居た街がわかるだろうから、街に行って冒険者ギルドに話をつけてきましょう」
「なんで冒険者ギルドなんスか?」
「冒険者は主に、冒険者ギルドが管理してるの。だから冒険者ギルドのギルマスに、ここのダンジョンを不可侵にしてもらおうと思ってね」
これはユーリのためである。
今のままでは、いずれ攻略されてしまうのは目に見えていたからだ。
まだわからないが、恐らく同じ日本人だと思われるユーリを、死なせたくなかったアイリの配慮である。
「しかし、本来ダンジョンは資源の1つと見なされるので、簡単に不可侵にはしないと思いますが‥‥」
これはアイカの言う通りで、ダンジョンから得られる利益は大きい。
例えで言うと、森の木を切り倒してると、いずれ木は無くなる。
しかし、ダンジョンの森林エリア等に生えている木は、切り倒した次の日には再び生えてるのである。
つまり、利益になる以上簡単にダンジョンを諦めたりはしないだろうと、アイカ予想したのだ。
「それは大丈夫よ。冒険者ギルドには、モフモフと一緒に行くから。不可侵にしないとモフモフを暴れさせるって言えば、諦めるでしょ」
アイリの考えは間違っていない。
十中八九、ギルマスは不可侵宣言をするだろう。
「俺は暴れてもいいんですがね」
ただし、ギルマスがモフモフの恐ろしさに気付かなかったら絶望が待っているだろうが‥‥。




