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作者: ンジャバダ・ンジャバダ

 愛の南高梅 第四話(仮)



 夕暮れの公園、小さな子供が数人遊んでいる。


ダイスケ「これから毎朝、俺のために味噌汁を作ってくれ!」


 懐から取り出した小箱を開けるダイスケ。


トモミ「ダイスケさん、これって……」


ダイスケ「結婚しよう」


 ダイスケの言葉に呼応するかのごとく、噴水が一度、ザパッと噴き上がる。一瞬、虹がかかる。


トモミ「……うれしい」


 トモミは驚きと喜びから、両手で口を覆う。


ダイスケ「さあ、指を」


 ダイスケはトモミの手を取り、左薬指に小箱の中身を嵌める。キラリと指環が輝く。


トモミ「ピッタリだわ……綺麗……」


ダイスケ「給料三ヶ月分だよ。……俺、考えてるんだ。式はハワイの教会で挙げてさ、ハネムーンも一緒にしよう。それから子供は九人は欲しいな、野球チームができるくらい」


トモミ「もう、ダイスケさんたら。気が早いんだから」


 笑い合う二人。すると突然、ガシャッ、と物音が。二人が見ると、地面に散乱したおにぎりや卵焼き、弁当だ。そして呆然と立ち尽くすユウナ。


ユウナ「ダイスケ……誰その女……?」


ダイスケ「ユ、ユウナ!? ち、違うんだこれは……」


ユウナ「それ、指環……? どういうこと、これ、プロポーズ……!?」


 トモミも怪訝な表情で、ダイスケとユウナの顔を見比べる。


トモミ「……ダイスケさん、こちらはどなた?」


ユウナ「申し遅れました。私はダイスケの恋人ですが? あなたこそどちら様?」


トモミ「私はダイスケさんの婚約者でございますが? ……その貧相でみすぼらしいお弁当なんかお持ちになって、何をしにいらしたの?」

 

 トモミの目は地面に散らばったユウナの手作り弁当に向けられる。


ユウナ「これはダイスケの大好物、南高梅のおにぎりよ! いっつも、おいしいおいしいって言って食べてくれるんだから! でしょ、ダイスケ」


ダイスケ「……え!? え、えぇ……うん……」


 ダイスケの目は泳ぎ、返事も曖昧だ。明らかにうろたえている。


ユウナ「どうしたのよ!? ハッキリしてよ!」


 大きくため息を吐くトモミ。


トモミ「見損ないました、こんなだらしない人だったなんて。このお話はなかったことに」


 指環を外し、ダイスケに投げつけて立ち去るトモミ。


ユウナ「なんなのよダイスケ、答えてよ……」


 次第に涙が溢れ始め、泣きじゃくるユウナ。


ダイスケ「そんな……二人を傷つけるつもりじゃ……」


 ダイスケは頭を抱えてへたりこむ。


 第五話へ続く。




* * *




「おつかれさまです、第四話の台本ありがとうございます。全体の流れとしては完璧です、これでいきたいと思います。ただ、いくつか直していただきたいところがありまして……」


「はい、どのあたりでしょうか?」


「まず、ダイスケのプロポーズですね。『俺のために味噌汁を作ってくれ』っていうの、これを直してほしいんですよ」


「え? 定番の言い回しじゃないですか?」


「そうなんですけど……。最近うるさいんですよね、ほら、『女性にだけ家事を押し付けてる、時代錯誤だ』ってクレームが来るんですよ」


「あぁ、クレーム。台詞の細かい言い回しにまで文句ですか……」


「でも味噌汁はいいですよね、家庭的な雰囲気で。その雰囲気を残しつつ、かつ自分も家事に積極参加します、という意思表示をダイスケにしてほしいんです」


「わかりました。ニュアンスは残してプロポーズの台詞は変更します」


「あと噴水、これもマズイんですよ」


「あ、これダメなんですか? 二人の内面の高ぶりを噴水に託そうとしたんですが」


「僕もそう思います。ぜひ入れたい演出なんですけど、ただちょっと……」


「噴水なんてどこの公園にもあるじゃないですか」


「水の無駄遣いだってクレームが来るんですよ。貴重な水資源をどうたらこうたらって。だから、背景の描写を別のものに代えてほしいんです、公園でよく見かけるもので」


「わかりました。内面が高ぶってるシーンですから、ダイナミックなものがいいですよね。……だけど噴水の水は中で循環してましたよね、決して無駄ってわけじゃ」


「クレームを入れてくる連中は噴水の内部構造なんてお構いなしですから。……背景描写はおっしゃるとおり、ダイナミックにお願いします。それから、ダイスケの願望なんですが……ハワイがマズくて」


「ハワイ? これも定番じゃないですか」


「ほら、あの国の大統領ですよ。トラブル続きじゃないですか、外交でも自国の政治でも」


「それはそうですけど、別問題じゃないですか?」


「リスク回避ですよ、避けられるなら避けた方がいいんです。それに、南国リゾート地なら他にもいろいろありますから、モルディブでもフィジーでも」


「まぁ、数文字変えたところでストーリーに支障ありませんしね。直します」


「あと子供九人欲しいってのもマズイですね。女性の負担や経済的な問題とか、コイツ計画性なさすぎ、とか今は絶対クレーム来ます」


「時代ですね……昔ながらの言い回しなんですけどね。いっそ一人っ子がいいってことにしますか」


「それはもっとマズイんですよ、少子化や人口減少を奨励するのかって。だから、ちょうどいい数で……三、四人ってとこでしょうか。それから、子供とスポーツしたいっていうのはすごくいいですね。ほら、次のオリンピックに向けて盛り上がってますから、スポーツの要素はウケがいいんですよ」


「なるほど。子供の数とスポーツの種目ですね、変更します」


「あと最後なんですが、弁当を地面に落とすところ。これもマズイです、食べ物を粗末にするなって」


「演出なんですけどね。まさか『この後スタッフがおいしく~』なんてテロップ入れるわけにもいきませんし。落としても食べられる状態ならいいんじゃないですか?」


「食べられる状態ってのも個々人の主観によりますし。ショックの度合いを表す表現ですからね……。粗末にしなければいいので、ダイスケがすぐにその場で食べてしまうとか」


「呑気に弁当食べられる状況でもないんですが……。まぁ、なんとか処理してみます」


「すみません、お手数おかけします。なんとかお願いします」




* * *




 愛の南高梅 第四話(修正)



 夕暮れの公園、小さな子供が数人遊んでいる。


ダイスケ「これから毎朝、俺が作った味噌汁を飲んでくれ!」


 懐から取り出した小箱を開けるダイスケ。


トモミ「ダイスケさん、これって……」


ダイスケ「結婚しよう」


 ダイスケの言葉に呼応するかのごとく、数十羽のハトが一斉に、バサバサッと飛び立つ。一瞬、ダイスケの肩にフンがかかる。


トモミ「……うれしい」


 トモミは驚きと喜びから、両手で口を覆う。


ダイスケ「さあ、指を」


 ダイスケはトモミの手を取り、左薬指に小箱の中身を嵌める。キラリと指環が輝く。


トモミ「ピッタリだわ……綺麗……」


ダイスケ「給料三ヶ月分だよ。……俺、考えてるんだ。式はモルディブの教会で挙げてさ、ハネムーンも一緒にしよう。それから子供は三人は欲しいな、ちょうど三人制バスケができるように。次回オリンピックから正式種目になったしね」


トモミ「もう、ダイスケさんたら。気が早いんだから」


 笑い合う二人。すると突然、誰かの足音が。二人が見ると、呆然と立ち尽くすユウナ。ショックのあまり、ユウナは持っていた弁当を手放してしまう。

 しかし、飛び立ったハトの群れがユウナの手を離れた弁当の中身を全て空中でキャッチ。地面に落下する前に持ち去ってしまう。


ユウナ「ダイスケ……誰その女……?」


ダイスケ「ユ、ユウナ!? ち、違うんだこれは……」


ユウナ「それ、指環……? どういうこと、これ、プロポーズ……!?」


 トモミも怪訝な表情で、ダイスケとユウナの顔を見比べる。


トモミ「……ダイスケさん、こちらはどなた?」


ユウナ「申し遅れました。私はダイスケの恋人ですが? あなたこそどちら様?」


トモミ「私はダイスケさんの婚約者でございますが? ……ハトに持って行かれるような貧相でみすぼらしいお弁当なんかお持ちになって、何をしにいらしたの?」


 トモミの目は、ハトの群れが飛び行く夕焼けの西空に向けられる。


ユウナ「あれはダイスケの大好物、南高梅のおにぎりよ! いっつも、おいしいおいしいって言って食べてくれるんだから! でしょ、ダイスケ」


ダイスケ「……え!? え、えぇ……うん……」


 ダイスケの目は泳ぎ、返事も曖昧だ。明らかにうろたえている。


ユウナ「どうしたのよ!? ハッキリしてよ!」


 大きくため息を吐くトモミ。


トモミ「見損ないました、こんなだらしない人だったなんて。このお話はなかったことに」


 指環を外し、ダイスケに投げつけて立ち去るトモミ。


ユウナ「なんなのよダイスケ、答えてよ……」


 次第に涙が溢れ始め、泣きじゃくるユウナ。


ダイスケ「そんな……二人を傷つけるつもりじゃ……」


ダイスケは頭を抱えてへたりこむ。


第五話へ続く。




* * *




「おつかれさまです。四話の修正、ありがとうございます。ただ……」


「まだ直しありましたか?」


「実はプロデューサーからケチつけられてしまって。初回から視聴率もイマイチでしたし……それで早めにテコ入れをしたいそうでして」


「まだ始まったばかりでしょう、焦りすぎじゃないですか?」


「もちろん僕もそう思います。でもテレビ局側じゃそうはいかないんですよ、一回一回の数字で全てが決まってしまいますから。それで、四話の内容にもかなり首を突っ込んできまして……」


「……まぁそういうものですよね。どこを直せばいいでしょうか?」


「まず、プロポーズの舞台です。オーソドックスな公園がダメだそうでして。あの……『リベラ新宿』にしてほしい、とのことでして……」


「……え? ちょっと待ってください。今、『リベラ新宿』って言いました? 私の聞き間違いですよね?」


「聞き間違えてないです。『リベラ新宿』です」


「いやいやいや……えっ、あれ駅ビルですよね!? 最近リニューアルした……。……あぁ、ごめんなさい。駅ビルといってもあれですよね、高層階のレストラン。ディナーでプロポーズですか」


「違うんです、朝十時です。しかも、地下にあるショッピングのフロアで……」


「朝十時の地下ショッピングフロア!? あの、お土産とかお総菜とか駅弁売ってる場所ですか!? いやいやいや、あんなとこでプロポーズなんて……せめてまだ、座って食事できるようなところとか」


「『ドンドンバーガー』とか『スタープラチナコーヒー』、『藤山そば』もありますね」


「ファストフードばっかりじゃないですか! それに『藤山そば』は立ち食いだから椅子無いです!」


「……運営する鉄道会社もリニューアルした『リベラ新宿』を大々的に宣伝したいらしく、局にも破格の広告費が……。なのでバラエティやワイドショーだけでなく、ドラマでも積極的に『リベラ』を使わなければいけないそうで……」


「通勤や観光で行き交う人々の中でのプロポーズですか……。インパクトはありますけど……」


「……そういえば『プレーンランサー』の続編見ました?」


「見ましたけど……。どうしたんですか、いきなり」


「『マッチョマッスル』の続編も去年ありましたよね、見ました?」


「見ましたよ、SF映画は大好きですから。どっちも数十年ぶりの復刻ですよね」


「『スタターンウォーズ』もシリーズ制作が復活して全世界で大ヒットしてますよね。……現在、空前のSFブームが巻き起こってます」


「知ってますよ。全部大好きな作品です。それがどうしたんです?」


「……SFブームだから……。SFブームだからって……」


「……監督?」


「……『このドラマにもSF要素を入れろ』って……プロデューサーが……!」


「はぁ? これ恋愛ドラマですよ!? 無理ですって!」


「じゃあお前がそう言って来いよ!!」


「キレないでください! 局側との折衝は監督の仕事でしょう!? ……今更近未来の設定とかは無理だし、ダイスケにタイムリープの能力でも持たせますか……?」


「あぁ、やめて! タイムパラドックスとかそういうのダメなんですよ、頭こんがらがってきて」


「そんなこと言ってる場合ですか! ……とにかく、お互いもう投げ出せる状況じゃないですし、頑張ってねじ込んでみますよ、SF要素」


「……ありがとうございます。それから、お弁当の下りなんですが……お弁当というより、中身の梅おにぎりですね。おにぎりの扱いがマズイとの指摘もあって……」


「粗末にしないように、かつ自然に処理したつもりなんですが……」


「ほら、このドラマのメインスポンサーじゃないですか、『梅沢食品』。特に梅干しにかけては業界シェア十年連続一位です」


「知ってますよ。まさかドラマでCMを打つだけでは飽き足らず、タイトルや設定にまで自社商品をねじ込んでくるとは思いませんでしたよ」


「そうです、設定ではダイスケの大好物は梅おにぎりです。いわば、おにぎりはスポンサーの商品なんですよね。『そのスポンサー商品をハトに食わせるとはどういうことだ』とプロデューサーが……」


「……キーアイテムとしてかなりの頻度で登場してますし、充分優遇しているんですが、これ以上を? 一話にいたっては十分おきにダイスケがおにぎり頬張ってますけど」


「……なのでユウナが落としたおにぎりは、地面に落とさず、かといって無理にダイスケが食べたり、ハトが持ち去ったりせずに綺麗なままの状態で、商品価値を貶めるようなことをせずに処理してほしいわけです」


「えー……。じゃあもうユウナは手ぶらで出しますよ。手ぶらでプロポーズの現場に鉢合わせれば文句ないでしょう、おにぎりは汚れませんから」


「それはもっとマズイです! 大事な場面なので、視聴者に梅おにぎりを見せないと」


「三角関係を見せる場面でしょう!? ……まず、なんとか直してみますけれども」


「お願いします。……それから指環です。プロデューサー曰く、『給料三ヶ月』という言い回しは、今の視聴者には合わない。あと、いつどうやってトモミの指のサイズを知ったのか、こっそりサイズを測るようなストーカーじみた真似をダイスケはしているのか、今の視聴者からは疑問を持たれる、とのことでした」


「よくある表現ですけどね、給料三ヶ月分」


「『手取りなのか、支給総額なのか、ボーナス分は入っているのか、いないのか』とも言ってました」


「そんな細かいことも気にされるんですか!? 求人情報じゃないんですから」


「それに昔より手取り額も支給総額も減少傾向ですから、給料三ヶ月分の指環は高すぎる、不相応だ、というクレームも考えられるとのことです」


「……まぁ、ご要望に沿うように直しますよ。……それと指のサイズなんて、いちいち断り入れる必要あります? 昔からご都合主義でスルーしちゃってる部分ですよね?」


「最近の視聴者はそういうの通じないですよ。細かく粗探ししてクレームつけてくるんです。それが局の上層部にいっちゃって、現場にカミナリが落ちる、プロデューサーを通じて。ドラマ制作は窮屈ですよ」


「監督は、現場と局側とで板挟みですからね。本当、気苦労が絶えない立場ですし、頭が上がりません。ただ、もう少し、上手に交渉してくださるとやりやすいんですけどね……。まぁ、プロデューサーのおっしゃるように直してみます」




* * *




 愛の南高梅 第四話(再修正)



 朝十時、『リベラ新宿』地下ショッピングフロア。多数のビジネスパーソンや団体ツアー客と思しき高齢者たち、大きなバックパックを背負った西洋人などの外国人観光客でごった返している。


ダイスケ「これから毎朝、俺が作った味噌汁を飲んでくれ!」


 懐から取り出した小箱を開けるダイスケ。


トモミ「ダイスケさん、これって……」


ダイスケ「結婚しよう」


 ダイスケの言葉に呼応するかのごとく、免税店や家電量販店の紙袋を大量にぶら下げた中国人の団体が二人の間に割って入り、通り過ぎていく。

 一瞬、ダイスケの頬に、リュックからはみ出た自撮り棒の柄がぶつかる。


トモミ「……うれしい」


 トモミは驚きと喜びから、両手で口を覆う。


ダイスケ「さあ、指を」


 ダイスケはトモミの手を取り、左薬指に小箱の中身を嵌める。キラリと指環が輝く。


トモミ「ピッタリだわ……綺麗……」


ダイスケ「給料の手取り一ヶ月分に残業三十時間分を加えた程度の指環だよ。この『リベラ新宿』4Fの宝石店『ジュエリー松山』で買ったんだ。指輪のサイズは、店員さんにトモミの大体の身長や体格を伝えると計算して割り出してくれたんだ。

『ジュエリー松山』では店員さんが親身になって相談に乗ってくれるし、予算や贈りたい指環のイメージを伝えると僕のニーズにピッタリな指環を提案してくれたよ。今なら指環が半額セール中だったから、若いカップルにも手が届きやすいしね。

 ……俺、考えてるんだ。式はモルディブの教会で挙げてさ、ハネムーンも一緒にしよう。それから子供は三人は欲しいな、ちょうど三人制バスケができるように。次回オリンピックから正式種目になったしね」


トモミ「もう、ダイスケさんたら。気が早いんだから」


 笑い合う二人。すると突然、人混みをかき分けながら近づく姿が。二人が見ると、呆然と立ち尽くすユウナ。ショックのあまり、ユウナは持っていた弁当を手放してしまう。

 しかし、弁当の中の梅おにぎりやおかずは地面に落下せず、その場に浮揚している。


梅おにぎり「ユウナ、僕たちを生んでくれてありがとう。そして、さよなら……」


 梅おにぎりは人間には聞こえない声で語りかけた。そして、自分の背後の空間にこぶし大の穴を開けた。真っ黒い穴がポッカリと空間上に空いている。別次元へ移動できる、ワームホールのようなものだった。梅おにぎりたちは次々に穴の中に飛び込んでいき、その姿は見えなくなった。

 梅おにぎりたちは、次元の彼方へと、自らの意思で旅立っていった。


ユウナ「ダイスケ……誰その女……?」


ダイスケ「ユ、ユウナ!? ち、違うんだこれは……」


ユウナ「それ、指環……? どういうこと、これ、プロポーズ……!?」


 トモミも怪訝な表情で、ダイスケとユウナの顔を見比べる。


トモミ「……ダイスケさん、こちらはどなた?」


ユウナ「申し遅れました。私はダイスケの恋人ですが? あなたこそどちら様?」


トモミ「私はダイスケさんの婚約者でございますが? ……次元の彼方へ消えていったお弁当なんかお持ちになって、何をしにいらしたの?」


 トモミの目は、梅おにぎりたちが消えていった空間へ向けられる。すでにホールは消えており、ビジネスマンが行き交う日常の風景が流れていた。


ユウナ「あれはダイスケの大好物、南高梅のおにぎりよ! それから、このフロアで買った『とんかつ井上』の三元豚ロースカツ398円と『惣菜の花山』のだし巻き卵198円!」


トモミ「おいしいお惣菜がいつでも手軽に買える『リベラ新宿』! 忙しいときにも大助かりね!」


ユウナ「そうよ、ダイスケだっていっつも、おいしいおいしいって言って食べてくれるんだから! でしょ、ダイスケ」


ダイスケ「……え!? え、えぇ……うん……」


 ダイスケの目は泳ぎ、返事も曖昧だ。明らかにうろたえている。


ユウナ「どうしたのよ!? ハッキリしてよ!」


 大きくため息を吐くトモミ。


トモミ「見損ないました、こんなだらしない人だったなんて。このお話はなかったことに」


 指環を外し、ダイスケに投げつけて立ち去るトモミ。


ユウナ「なんなのよダイスケ、答えてよ……」


 次第に涙が溢れ始め、泣きじゃくるユウナ。


ダイスケ「そんな……二人を傷つけるつもりじゃ……」


 ダイスケは頭を抱えてへたりこむ。


 第五話へ続く。




* * *




「……おつかれさまです。四話の再修正、ありがとうございます。ですが……またマズいことが」


「また修正ですか? あんなに方々のご機嫌取りに終始してるのに……。不自然に直して、もうツギハギだらけじゃないですか。それにそろそろ撮影入らないとスケジュールも厳しいんじゃ」


「プロデューサーからは好評でした。ただ、局の上層部から厳命が下りたそうで」


「一個二個なら直しますけど……どこでしょう?」


「……『梅沢食品』からの依頼があったそうで、今度出る新商品を劇中に入れるようにと」


「さんざん梅おにぎりを優遇してて、まだ足りないんですか!? ……どうせ梅干でしょう? ユウナに梅肉料理でも作らせますよ」


「違うんです。……梅酒スパークリングです」


「梅酒スパークリング!?」


「……缶チューハイみたいな感じです。まぁ、ダイスケに飲ませとけばいいでしょう。緊張する場面だし、景気づけに」


「ちょっ、ちょっと待ってください! 朝十時の駅ビルですよ、浮浪者じゃないんですから!! 大体、ほろ酔いでプロポーズなんて言葉に重みが無くなりますよ!」


「……それから、SF要素は上層部からも好評で、SF路線を強化してほしいとのことでした」


「恋愛ドラマですよね!? 三角関係で愛憎劇ですよね!? ……そんな、ヤケクソで入れたシーンなのに」


「そのSF路線なんですが。……昨今アメコミヒーローの映画が安定した人気を保ってますよね、上層部も目をつけてます」


「……アメコミヒーローは人気だし私も好きですが、このドラマには一切関係ないと思います」


「大アリです。……アメコミヒーローを出すように、とのことでした。オリジナルのヒーローを作って」


「……は?」


「ですから、オリジナルのアメコミヒーローを作って、この『愛の南高梅 第四話』から登場させろと局の上層部が言っているんです」


「あの……一つだけ言っていいですか? 

……できるわけねぇだろ!!」


「やれっつってんだよ!! 局の社長が!!」


「そもそもアメコミヒーローを作れって何なんですか? 百歩譲って作ったとしましょう、それは『アメリカ』でも『コミック』でもないでしょう! 別の企画で発注すればいいじゃないですか、マーヴェルでもDCでも!」


「だから、アメコミ『っぽい』やつならいい、と交渉の結果、社長も譲歩してくれました」


「譲歩!? 譲歩でそれって、交渉下手か! ……大体、ヒーローのデザインとかどうするんですか!! 時間無いんですよ!?」


「それは僕がもう考えました。バットマンとかアイアンマンみたいに、大富豪が自ら発明したスーツを着るんです。名前や細かい設定なんですが……」


「それは後でいいです! まず修正点の確認ですけど、もうさすがに無いですよね?」


「まだあります。……ダイスケ役の鏑木レン君、いますよね?」


「鏑木君がどうかしたんですか?」


「実は彼、梅干しが大の苦手だそうでして……」


「はぁ!? なんで起用したんですか!! みんなわかってたでしょう、第一話から山ほど梅おにぎり食べる役だってこと! 何のためのオーディションだったんですか!!」


「あってないようなものですよ! ジョニーズ事務所が無理やりねじ込んできたんですから! ……先日、雑誌のインタビューありましたよね? 実はその時、鏑木君がインタビュアーに言っちゃったんですよ、『梅干なんてもう見たくない』って。なんとかその部分は削除して掲載にいたったんですが」


「そうだったんですか!? 告白するにしても、まだまだ放送序盤じゃないですか……そういうのは放送終了後、せめてクランクアップ後にしてもらわないと、そうすれば美談になったかもしれないのに」


「一番ビックリしたのはジョニーズ側だったそうです。彼、事務所にも黙ってたみたいで。……それでジョニーズが言ってきたんですよ、『もうダイスケ役の鏑木に梅干を食べさせるな』って」


「いや無理でしょう!? 『梅沢食品』が黙ってないですよ!」


「当然です。僕も懸命に交渉しました。その結果、こうなりました」


「どうなりました?」


「『ジョニーズから新人アイドルをもう一人、このドラマのレギュラー陣として加える。その子にはメインキャラクターと絡む重要な役割を担わせる。第四話から登場させるように』とのことでした」


「どう交渉したらそうなるんですか!! 再々修正でいきなりキャラ増やすんですか!? やっぱ監督交渉下手過ぎですよ!! ……せめて五話から出すんならわかりますけど」


「早急に、四話から出せ、とのことでしたので……。ユウナやトモミの弟あたりで出せばいいんじゃないでしょうか、申し訳ないです。……あと一般視聴者からのクレームを受けての、上層部からの通達だそうなんですけど」


「……いちいちクレーム真に受けてたらキリないですよ?」


「『仕事帰りで疲れているときにドロドロした恋愛ドラマは見たくない、ほんわかほのぼのなハーレムモノにしろ』とのことでした」


「難癖じゃないですか!! ほんわかハーレムやるなら別の企画立ち上げてくださいよ!! その視聴者も見なきゃいいでしょう!?」


「月曜九時の、今クールの、このドラマでそれをやらなきゃいけないんですよ!」


「でしたら、六話以降から徐々に軌道修正していきますから」


「それじゃ遅いんです! 一回一回が勝負なんですよ? この四話から直さないと間に合いません、打ち切りになったらどうするんですか!?」


「打ち切り以前にストーリーや設定がもうメチャクチャですよ!」


「ストーリーや設定がなんですか!! 数字取れなきゃやってけないじゃないですか!! ……それから、終盤なんですけど」


「え……。まだあるんですか……?」


「あの……」


「はい?」


「……ぐすっ」


「……突然泣き出されても困りますし、涙声でよく聞こえません」


「……ぐすっ…………ドエイ……」


「は? もう一度」


「……ド映画」


「ド映画? 何の映画ですか」


「……だから!! インド映画みたいなエンディングにしろって……! 社長直々に……」


「インド映画!? あの全員で歌って踊るやつですか!?」


「……他にどのインド映画があるんだよ!」


「ダンスが無いシリアスな映画もありますけどね。例えば『大地のうた』とか」


「御託はいらねぇよ!! インド映画っつったらド派手に踊り狂うもんだろ!! そうしねぇとアジアのマーケットに売り込めねぇんだと! 知るかボケ!!」


「だから私にキレないでくださいよ!! やるんならいっそ、本編と分けて新規にエンディング作ればいいでしょう!?」


「違うんだよ! 駅ビルで三人鉢合わせたシーンで、なんやかんやあってから、全員で踊る、っていう風に仕上げろって社長が言ってんだよ!」


「ムチャクチャですよもう!!」


「うるせぇ!! 知ってるわ!! ……せっかく、ゴールデンでドラマが作れると思ったら……なんなんだよコレ……ぐすっ……。しがらみばっかで……俺が作りたかったドラマはこんなんじゃ……」


「……泣かないでくださいよ……。悔しいのは監督だけじゃありません、私も同じ気持ちです」


「そうか……わかってくれるか……。……ついでに、修正がもう一つだけ」


「それを先に言ってくださいよ!! 感傷に浸る前に!! またとんでもない修正があるんですか!?」


「いいか、驚くなよ……。……ダイスケの願望、モルディブもハワイもダメで、もっと夢のある感じにしてほしい、ってさ」


「……簡単じゃないですか、台詞変えるだけですし」




* * *




 愛の南高梅 第四話(再々修正・決定稿)



 朝十時、『リベラ新宿』地下ショッピングフロア。多数のビジネスパーソンや団体ツアー客と思しき高齢者たち、大きなバックパックを背負った西洋人などの外国人観光客でごった返している。


ダイスケ「これから毎朝、俺が作った味噌汁を飲んでくれ!」


 懐から取り出した小箱を開けるダイスケ。


トモミ「ダイスケさん、これって……」


ダイスケ「結婚しよう」


 ダイスケの言葉に呼応するかのごとく、免税店や家電量販店の紙袋を大量にぶら下げた中国人の団体が二人の間に割って入り、通り過ぎていく。一瞬、ダイスケの頬に、リュックからはみ出た自撮り棒の柄がぶつかる。


トモミ「……うれしい」


 トモミは驚きと喜びから、両手で口を覆う。


ダイスケ「さあ、指を」


 ダイスケはトモミの手を取り、左薬指に小箱の中身を嵌める。キラリと指環が輝く。


トモミ「ピッタリだわ……綺麗……」


ダイスケ「給料の手取り一ヶ月分に残業三十時間分を加えた程度の指環だよ。この『リベラ新宿』4Fの宝石店『ジュエリー松山』で買ったんだ。指輪のサイズは、店員さんにトモミの大体の身長や体格を伝えると計算して割り出してくれたんだ。

『ジュエリー松山』では店員さんが親身になって相談に乗ってくれるし、予算や贈りたい指環のイメージを伝えると僕のニーズにピッタリな指環を提案してくれたよ。今なら指環類が半額セール中だったから、若いカップルにも手が届きやすいしね。

 ……俺、考えてるんだ。結婚式は宇宙でしよう、これからは民間人も気軽に宇宙旅行が楽しめるようになるからね。月面の教会で式を挙げてさ、ハネムーンは太陽系を一周するんだ。それから子供は三人は欲しいな、ちょうど三人制バスケができるように。次回オリンピックから正式種目になったしね」


トモミ「もう、ダイスケさんたら。気が早いんだから」


 笑い合う二人。すると突然、人混みをかき分けながら近づく姿が。二人が見ると、呆然と立ち尽くすユウナ。ショックのあまり、ユウナは持っていた弁当を手放してしまう。

 しかし、弁当の中の梅おにぎりやおかずは地面に落下せず、その場に浮揚している。


梅おにぎり「ユウナ、僕たちを生んでくれてありがとう。そして、さよなら……」


 梅おにぎりは人間には聞こえない声で語りかけた。そして、自分の背後の空間にこぶし大の穴を開けた。真っ黒い穴がポッカリと空間上に空いている。別次元へ移動できる、ワームホールのようなものだった。梅おにぎりたちは次々に穴の中に飛び込んでいき、その姿は見えなくなった。

 梅おにぎりたちは次元の彼方へと、自らの意思で旅立っていった。


ユウナ「ダイスケ……誰その女……?」


ダイスケ「ユ、ユウナ!? ち、違うんだこれは……」


ユウナ「それ、指環……? どういうこと、これ、プロポーズ……!?」


 トモミも怪訝な表情で、ダイスケとユウナの顔を見比べる。


トモミ「……ダイスケさん、こちらはどなた?」


ユウナ「申し遅れました。私はダイスケの恋人ですが? あなたこそどちら様?」


トモミ「私はダイスケさんの婚約者でございますが?」 


 その時、三人のすぐそばで外国人観光客が、両手の木刀を振り回して暴れだした。


観光客「NOOO!!! 東京タワーデ買ッタ木刀ガ飛行機内持チ込ミ禁止サレチマッタ! タッタ二十本ジャネェカ! 母国ヘノオ土産ダッタノニ! コウナリャ暴レテヤル!」


 暴徒化した観光客は両手の木刀をグルグル振り回しながら、手当たり次第に通行人に襲いかかる。悲鳴を上げながら通行人は逃げ惑う。


ユウナ・トモミ・ダイスケ「キャー!」


 三人も混乱し、慌てふためく。すると、地下ショッピングフロアの天井スレスレを高速で飛行する赤色の物体が現れる。その物体は騒ぎの中心、木刀を振り回す暴徒の目の前に着陸する。

 光を反射して輝く鋼鉄のパワードスーツだった。暴徒は木刀でパワードスーツに殴りかかるが、攻撃は効かない。逆に右腕をとられ、自分の背中側に回されて関節を極められてしまう。


観光客「イデデデデ! 許シテ、I'm sorry!」


???「姉ちゃん、大丈夫?」


トモミ「その声、リョーマ?」


 パワードスーツの頭部が開くと、若い男の顔が現れた。トモミの弟、リョーマだった。


リョーマ「危ないところだったね。さっきこのスーツが完成して、たまたまこの辺をパトロールしてたんだ」


トモミ「助かったわ、ありがとう」


 すると、スーツからピピピ、と音が鳴った。キッチンタイマーのような注意喚起を促す音だった。


リョーマ「姉ちゃん、ごめん。エネルギーが足りなくなってる。背中のバックパックを開けてくれないか」


 トモミはリョーマの背中へ回り、バックパックを開けた。


トモミ「えっ、これって『梅沢食品』から新発売の梅酒スパークリング『スッパスパーク』じゃない、なんでこんなところに?」


リョーマ「『スッパスパーク』がこのスーツの動力源なんだ。腰のあたりに回せる取っ手があるよね、それを回し開けたら中に流し込んでほしいんだ。車のガソリンを入れるのと同じだよ」


 トモミは指示通りに、アルミ缶の中身をスーツへ流し込んだ。直後にスーツから、ピー、と音が鳴った。


リョーマ「サンキュー、充填完了だ」


トモミ「しっかし、本当にパワードスーツなんか作っちゃったのね」


リョーマ「まぁね、ヒーローになりたいから」


 見ていたユウナは、ペシャ、とその場にへたり込む。


ユウナ「はぁ、参った。こんなすごい人のお姉さんがダイスケの婚約者だなんて」


トモミ「……参っているのは私の方よ。次元の彼方へ消えていくお弁当を作れるなんて、そんなすごい人見たことがない。それがダイスケさんの恋人だなんて……」


 トモミの目は、梅おにぎりたちが消えていった空間へ向けられる。すでにホールは消えており、ビジネスマンが行き交う日常の風景が流れていた。


ユウナ「ダイスケの大好物、南高梅のおにぎりよ。それから、このフロアで買った『とんかつ井上』の三元豚ロースカツ398円と『惣菜の花山』のだし巻き卵198円」


トモミ「なるほど、おいしいお惣菜がいつでも手軽に買える『リベラ新宿』。忙しいときにも大助かりね」


ユウナ「……いくらあなたが婚約者でも、私、ダイスケのこと諦めない。おいしいお弁当たくさん作って、他の女なんて寄せ付けないんだから! そうと決まれば、この『リベラ新宿』地下フロアでお惣菜探さなくちゃ!」


トモミ「私だって負けませんよ、あなたがなんと言おうとダイスケさんの婚約者は私ですからね! でしょ、ダイスケさん」


ダイスケ「……え!? え、えぇ……うん……」


 ダイスケの目は泳ぎ、返事も曖昧だ。明らかにうろたえている。


リョーマ「おい、ダイスケ! 姉ちゃん泣かせたりしたら、ただじゃおかねぇからな!」


観光客「痛イ痛イ! モウ離シテ、腕ガ千切レルヨ!」


ダイスケ・トモミ・ユウナ・リョーマ「ハハハハハ!!」


 リョーマに右腕を極められ続けていた観光客は苦痛に顔を歪めている。四人はそれを見て笑い合う。


 そして、どこからともなく流れてくる、妖艶な異国情緒漂うメロディ。

 朝の満員電車から、頭にターバンを巻いて口ひげを蓄えた彫の深い男が大量に出てくる。サリーを身にまとい、額に赤いビンディを一粒つけた女性が大量にショッピングフロアを闊歩する。


 駅ビルの中を踊りながら移動する。そして外へ出て、スクランブル交差点でダンス。数百人の振付がシンクロする。ダイスケ、ユウナ、トモミは最前列で踊る。


 空ではパワードスーツを着たリョーマが飛び回る。暴徒化した外国人観光客は二十本の木刀でジャグリング。次元の狭間から、梅おにぎりがその光景を優しく見守る。


 音楽が鳴りやむと同時に全員で決めポーズ。第五話へ続く。




* * *




「おつかれさまです、『愛の南高梅』なんですが、マズイです」


「知ってます」


「四話の反応が、かなり賛否両論というか」


「賛があることに驚きです」


「それで……打ち切りだそうです」


「でしょうね」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 実際の撮影現場でも、このようなやり取りをやっているのかなと考えてしまいました。特にプロデューサーからのテコ入れが面白かったです。スポンサーからの要望や役者の言い分、クレームなど様々な要素か…
[良い点] 読んでてふふっと笑ってしまいました。ギャグ漫画日和的なノリですね。
2017/11/14 20:38 退会済み
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