三章《伴 惠梨紗》
翌日、俺は学校でずっと考えていた。もちろん昨日の謎のサムライ、絆のことだ
LHOではプレイヤー同士で戦闘するPKを推奨している。相手のプレイヤーを倒すことでお金や経験値、相手の持ち物からアイテムを得られるというもので、戦闘狂いなプレイヤーはPKをするためにログインするという者もいる。
俺達はあの時窮地に立たされていた。上級職に就いてるプレイヤーなら試しにでも俺らをPKしてもおかしくない状況だった。なのに絆は違った、あいつは口が悪くても俺らを助けてくれた。
俺の中で勝手に生まれた矛盾に納得がいかないと考えていたら何回目のチャイムだろうか。ボーッと窓の向こうの小鳥を見ていたら不意に視界が遮られた。
「だーれだ!」
少なくともこんな幼稚な事をする奴、俺の中では1人しかいない。俺は手元のシャープペンを目隠ししている手に当てる。
「なんだよ牧野」
「ちっ、分かってたのかよ……って、お前そのノート」
牧野は俺のノートに書かれている今後のLHOでの活動に目を落とした。
「おい、勝手に人のノートを見るんじゃねぇ」
「おうおう、お前さんも始めたのかLHO! いやぁ仲間が増えて何よりだ。俺はターハスサーバーにいるから遊ぼうぜ」
「残念だったな、俺はフルクトなんだ。もうギルドも入ったし」
こっちは事前チェック済みさ。お前が以前クラスの女子にSNSのID教えてる時、隣で聞いてしれっとフォローしたのでお前がどこのサーバーにいるのか知ってるから別のサーバーにしたんだ。
ギルドが決まったというのは半分は嘘だ。だが、そう言えば牧野がサーバー移動しない限り俺から行く意思は無いということになる。
それに俺はもう一度絆に会いたい。絆の情報を仕入れるためにも百花繚乱には入ろうと思う。
「ちっ、そういう行動力は早いよな。ところでさ、お前今日の放課後暇か? ちょっと付き合えよ」
「なんだよ、またゲーセンか? ジュース奢るの辛いだろ?」
「ちげぇよ、イイモノ見せてやるからついてこいよ」
まだ二週間ちょっとしか交友関係はないが、こいつのイイモノ程アテにならない物は無いんだよなー、まぁいいか。
放課後俺は校内を牧野に連れられた。入学して三週間、ある程度の教室は把握しているつもりだが、こうやって改めて歩くと意外にも面白い発見があったりする。廊下の落書きなんかそうだ、学生が自己主張を必至にしたのだろうと思える文面には好きな相手の名前だったり、テストがどうとか。お前ら高校生にもなって何やってんだかっていうような内容ばかり目に付く。
「ついた、ここだ」
「ここって、体育館の裏じゃないか。何がいいものなんだよ。」
俺は怪訝な表情を浮かべるが、牧野はまぁまぁと声を抑えながら話してくる。
「声を落とせって。ここの窓から見えるだろ、まぁ見てみろって」
そう誘われるがままに俺は牧野が指した窓から中を伺う。1人の少女が剣道着を着て座禅を組んでいた。
後ろ姿なので分からないが、ポニーテールに結んだ黒髪、以下にもこれから剣道をするようだった。
「なるべく気配は消せよ。あれ、うちのクラスのばんさんだ」
「伴さん?へぇ、剣道やってたんだ」
「やってたもなにも、実家が道場で本人も三段の持ち主だってよ。剣道の強い高校だってあったのに、わざわざ無名校で剣道するなんて妙だと思わないか?」
「……そんなの本人の勝手だろ」
どうでもいいと態度で表していたが、実際伴さんは可愛い。クラスでは女子に陰で地味とか委員長とよく言われてるが、誰にでも分け隔てなくおしとやかに接する。まぁ男ウケがいい分苦労するタイプだよな。
「そこでこそこそ話している人達、私に用なら中に入ってはいかがですか?座禅に集中できませんので」
伴さんはこちらを見ずに落ち着いて、しかしはっきりと聞こえる声でたしなめた。
気づかれた! ってここから10メートルはある距離で気づくのかよ、怖ぇな剣道女子。
「ボッとしてねぇで逃げるぞ!」
牧野は俺の腕を乱暴に握り走り抜けた。俺は驚きつつも牧野についていった。
「ふぅ、あっぶねぇー……」
俺と牧野は走り抜けたまま正門の外にまで出ていた。二人ともなかなか運動していないせいか、あるいは全力疾走したからだろうか、俺たちは立ち止まり息を上がらせていた。
「伴さん見に行くならそう言えよ!」
「まぁまぁ、そう怒りなさんなって。可愛かったろ?」
「うっ……それは確かにそうだけど」
否定するつもりはなかった。普段教室で見る彼女は小柄な体をしていて、太陽を浴びたら溶けてしまいそうな純白で端正な顔立ちにかけられた大きめの黒縁メガネが印象的で、一見近寄りがたい雰囲気があるが話すと優しく乗ってくれる。
「気になるんならお前も声かけてみろよ」
入学してからずっとつまらなそうにしてる俺を心配してくれたのか、はたまた単に茶化しているのか牧野は意地悪そうにニッと笑った。
すごく腹立つので俺はとりあえず蹴りを入れることにしようそうしよう。