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第八話

 永遠とも思えるほど続く灰色の廊下を記憶を辿り、テッドは病室の手前にまで戻ってきた。

 病室の扉の前には、褐色の毛並みの大型犬が床に丸くなっている。


「……二号?」


 その呼びかけに反応して二号は体を起こすと、テッドを一瞥すると、扉の周りをぐるぐると回り始める。


「えっと……開けて欲しいのか?」


 扉の前まで歩くと、横で二号が回るのをやめてお座りをして待つ。不思議に思いながらもテッドは杖を持ってない方の手で扉を開ける。


「おっと」


 扉が開けば、テッドの足の間を掻い潜ってやや駆け足で二号は病室に入り込む。

 テッドも続き、室内を見回すが特に変わった様子はない。


「四号は居ないのか……二号、どうしたんだ?」


 二号が目指したのは隅にある本棚だった。ベッドの上で寝たきりだった頃は、四号がこの本棚から暇つぶしの本を読ませてくれていた。

 そして、本棚の元に到着した二号はワンッと一つ鳴きテッドを呼ぶ。


「だからどうしたってんだよ……」


 呼びかけに応えて渋々とテッドは本棚に近づく、マジマジと本の列を見渡すがやはり特に変わった様子は見受けられない。


 ——ん?


 何冊と並ぶ本の中に一冊、真っ赤な背表紙の本があった。三ヶ月もこの病室で暮らしていたが、この赤い本は読んだ覚えがなかった。

 自然、好奇心のままにテッドはその本を取り出そうとする。


「あ、あれ……取れないな……」


 摘んで取ろうとしても握って取ろうとしても、赤い本はビクともしない、まるで本棚と一体になっているかのように。


「引いてダメなら、押してみなって……なんてな」


 カチッと何かがおささったような音が部屋に響いた。


 ——え? なんか押した?


 ゴゴゴ……と本棚が振動する。さながら冒険譚なんかにありがちな隠し部屋への道が開かれるように。

 そして、揺れは収まる。

 本棚は——まったく動かなかった。


「………………は?」

「ワンッ! ワンッ!」


 背後で二号が吠え、咄嗟に振り向いた。

 二号が座る足元、部屋中央の床がずれて空洞となり、下の階へと続く梯子が伸びていた。


「え、あ、そっち!?」


 床に空いた穴に近寄り、奥を覗き見る。

 梯子はそれほど長いわけではなく、下の部屋の床は病室から入り込む光だけで十分見ることができる。

 どうやら一つ下の階にある部屋のようだ。

 テッドの記憶の限りでは、この下の階には廊下が通じているだけで扉はなかったはずだった。


「まあ、隠し部屋ってやつなんだろうが……二号?」


 気づけば二号は部屋にはいなかった。


「役目は果たしたってことか? 神出鬼没とはこのことか……」


 さて、と一言置いて再びテッドは下の部屋を見やる。

 このタイミングで二号はこの部屋の存在をテッドに明かした。それは何か意味があることなのだろうと、確信せざるを得なかった。

 意を決し、テッドは梯子を降る。




 あらかじめ先に落としていた杖を拾い上げて立つ。それほど長くはないとはいえ、足をほとんど使うことなく、腕の力で梯子を降りるのはなかなかに骨が折れる。


 梯子の下は薄暗い。が、周囲の壁を伝えば照明スイッチはすぐに見つかった。パチッと押して点灯したのは四つある照明の内の半分だけだったが、それほど広くもないこの部屋を照らすには十分な光量だ。


「さて……」


 そこは一組の机と椅子、そして雑多に纏められた紙の束ばかりの部屋だった。

 直感する。これはシャングリラ・システムをEVEを開発した科学者エディ・エルドレッドに関連した部屋であると。

 まずは机の上を探る。

 山のように積まれた紙の束は殆どが崩れており、それぞれを纏めていたであろうクリップもそこらへんに散乱している。

 一応、散乱した紙にも軽く目を通していくものの、テッドには到底理解できるような代物ではなかった。が、


「ヒトの脳を半永久的に保管するAF溶液の配合と調整……あの青い液体のことか? こっちは……シュミレーターによる多様な人生ケースの構築結果……か、なんだかよく分からないが、シャングリラ・システムの開発に関わっているようだな」


 見出しのタイトルだけでも、それはシャングリラ・システムの開発記録及び資料であると言うことが分かる。

 引き続きテッドは紙の山の中を掘り進んでいく。

 すると、突如として白い山の中で明らかに毛色の違う、黒い包装が成された本が顔を見せる。


 手に取り、表紙、背表紙と返して見るも装飾の類は一切ない。強いて言うならば、月日の経過による劣化がアクセントといったところか。

 徐に表紙から開き、内容も気にせずページをパラパラとめくっていく。


「システム……とはあまり関係がないこれは……日記か?」


 日付けの感覚は飛び飛びで一ヶ月も二ヶ月も空くことがざらにあるようなそんな粗末な日記だった。

 そして、著者を指すようにエディ・エルドレッドの名前が度々そこには書かれていた。


「エディ・エルドレッドのものであるのは間違いないな、と言うことはこの部屋自体が博士の研究室ってことか……」


 ページをめくっていく中でヒラリ、とページとページの間から一枚の紙が抜け落ちた。

 本のページが破れて抜けた痕跡はない。意図的に挟まれていたもののようだった。

 膝を曲げて床に落ちたそれをテッドは拾う。

 そして、四つ折りにされたそれを広げ、じっくりと目を通した。


「……ああ、そう言うことかよ」


 一言、そうぼやいた。


「EVE一号……か」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 体の調子はすっかり元に戻り、肉体の衰えも殆ど取り戻すことができたので、杖も必要ない。しかし、それより気になるのは四号の所在であった。

 あのエディ・エルドレッドの部屋を見つけて以来、四号も二号と同様その姿を見せることはなくなっていた。

 代わりに食事を運んでくれたのは八号であった。


 そして現在、テッドは再び水槽のある部屋を訪れた。実に一ヶ月ぶりである。


「よう、久しぶりだな」


 大きな扉を開け、案の定そこに佇んでいた一号に軽く挨拶を交わす。以前来た時は六つあった光は既に残り二つまで減っていた。そして、


「享年一一〇年。お疲れ様でした。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」


 新たに光を失った水槽に一号はその白い髪を揺蕩わせながら深々と一礼。

 そして、それが済むと頭を上げ、踵を返してテッドの方を向いた。


「お待たせいたしました。お久しぶりです。テッド様」


 一号は再び一礼し、微笑んでテッドを迎えた。


「どのようなご用件でしょうか?」


 大したことじゃない。と言ってテッドは部屋の中へと入っていく。

 ゆっくりとそれに向かい、まっすぐと歩いていく。


「なあ、こいつ……後どれくらいだ?」


 足を止めたのは、青い光を放つ最後の水槽の前だった。


「……およそ四時間三十分ですね」

「そうか……なら」


 テッドは踵を返し、近くの壁に寄りかかり座り込んだ。


「ここで俺も待つ。こいつらの最後とEVE(お前ら)の最後を見守らせてほしい」


 一号は再び微笑む。


「……ありがとうございます」




 一号の宣告した四時間半が経過したのだろうか、薄暗い部屋の中で、とうとう最後の光が消えた。僅かな光も無くなった部屋には代わりに、天井に並んでいた照明がつき始めた。

 テッドも一号もそれをすぐ隣で見送った。


「享年一〇〇年。お疲れ様でした。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」


 一号は先の通りに頭を下げてそう言った。

 テッドも目を瞑り、水槽に向けて静かに手のひらを合わせていた。

 頭を上げて、いつもの姿勢に一号は直る。そして、少女は静かに涙を流す。


「……泣いてるのか?」

「そうですね。人の生活に馴染むため、一通りの感情表現はできるようになっていますので」

「そうかよ……」


 両目から頬にかけて流れていく液体を指先で拭い、さて、と続けた。


「テッド様。シャングリラ・システムはこれにて完全に停止いたしました」

「ああ」

「次は……私たちの最後の大仕事を見守ってください」


 表情を変えることなく、一号は言った。

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