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第二話

 巨大な鋼鉄のタコ。

 それがぱっと見た感想だった。

 白い金属光沢を放つ球体の胴体に小さなパーツがそれぞれ関節で繋がり、柔軟な動きをする細く長い八本の足。

 触手のような足で器用に住宅の屋根に張り付き、胴体にある単眼がテッドを見下ろす。


「魔物……じゃないな、なんだこいつは?」


 眼球はギョロギョロと回り、テッドを捉える。

 瞬発的に加速した触手の一本がテッドを貫かんと伸びる。

 咄嗟に右に跳び退きそれを躱す。

 掠めた左脇腹の衣服は、数センチ程ではあるが綺麗にスッパリと切り裂かれ、その脅威度をテッドは認識する。


「あの足……先っぽに爪があるのか。今は、防ぐ武器もないし……ん?」


 これまでに起こった一連ことで一つ不可思議なことがあった。

 音だ。一切の音がしないのだ。

 テッドが触手を躱したその時、すぐ背後には塔の壁があった。

 あの勢いのあるそれも鋭利な爪がついた触手がぶつかれば何かしらの嫌な音の一つや二つ聞こえそうなものであるが、触手は——塔からほんの数ミリのところでピタリと静止していた。

 そして、ゆったりと持ち上がり、吊り橋の上で渡っているかのように地面に丁寧に立つ。


「塔を……いや、この街を傷つけないようにしているのか? なるほど、接近に気づけたのは運がいいみたいだ」


 テッドが接近に気づけたのは、この鋼鉄の化け物の影が彼を覆ったからであった。つまり陽光に背を向けていたわけだが、攻撃同様、そのまま無音で近づかれて入れば、認識する間も無くあの鋭利な爪で刹那の間に頭を落とされていたことだろう。


「ぞっとするな……だが、それならこっちにも考えがあるんだよ!」


 二本の触手が再びテッドを襲う。

 それを慣れたように身を翻して避け、そして背後の塔や家を破壊しまいと触手は一時静止する。


 ——今だ!


 そこにテッドは飛び乗り、さながら曲芸師のように細い触手の上を走り抜ける。

 それでも攻撃が止むことはない。三本目、四本目と一本道を走るテッドに向かって触手は襲いかかる。だが、それらは直線的だ。

 テッドはタイミングを合わせてジャンプすることで難なく回避し、胴体へと辿り着き、そこに飛び蹴りを食らわす。

 グラっと、その風貌に反してタコのような化け物はあっさりとそのバランスを崩し、自身より遥かに小さな人間——テッド・ブランデル——に押し倒され地にひれ伏す。

 読みは当たった。


 鋭利な爪を持ちながら、それを点として体を支えて移動し、無音状態で行動する。

 それは極度の軽量化をしている証明に他ならなかった。つまり


「お前は軽い! 俺が押した程度でも簡単に重心が傾く!」


 テッドは勢いのままに体重を乗せる。

 長い触手を使って常に一定高度から広い範囲を索敵していたのと、攻撃に触手の半数を使ったのが仇となり、重心を崩した胴体は地に叩きつけられ容易く破損。

 ひび割れた部分からはぷすぷすと煙が漏れ出て、八本の触手はだらんと伏していた。

 黒い煙を吐き出しながらも、それはもう動くことはなかった。

 そして、テッド・ブランデルは立ち上がる。


 それは勝利の証明——ではなかった。


 察したのだ。この鋼鉄のタコがほぼ無音で移動できるというのなら、今、この瞬間も近づいて来ているのではないのかと。


 影が再びテッドを覆う。見上げれば、塔に隣接した住宅の屋根にやはり、とあの化け物がいた。そして、周囲を見回せば、その数は二体、三体、四体、数えるのは無駄とばかりに増え続けていた。


「マズイことになったな……倒さないで逃げた方が良かったか? いや、どちらにせよ援軍は来たのか?」


 などと悠長に考えてる内に三度あの攻撃が迫ってくる。

 鋼鉄の爪が目前まで迫り、咄嗟に回避行動をとる。が、一戦目とは異なってそれは、四方八方からのものとなっており、逃げ道などなかった。


 瞬間、感覚が研ぎ澄まされ全てが遅くなったかのように錯覚する。

 この状況の中でも生き延びる方法を模索、もとい生きようと足掻いているのを自覚する。

 しかし、いくら探しても逃げ道はない。一撃は確実に食らう。その瞬間、少なくとも腕や足は胴体から切り離される。もしくは首と胴体だ。


 万事休す、と瞼をぐっと閉じる。切り裂かれる感覚をひたすら待つ。終わりを待っていた。その時、


「バウッ! ワウッ!」


 響いたのは犬の鳴き声だった。

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