4.ルーデンの魔術師
「そう言えばシェルに合わせたい人がいるの」
なぜかカエデと一緒に木剣で素振りをしていると、カエデが木剣をふと止め俺の方に向き直る。
だが合わせたい人がいる、という割には何故かカエデは苦々しい顔をしていた。
もしかして剣の師匠とか言いださないだろうな。ならば俺は全力で断るぞ。
「合わせたい人って.....誰?」
「変な人.....だけど悪い人ではないわ」
ならば何故そんな目を伏せる.....。
*
カエデに連れてこられのは村はずれの道をしばしば進み、ちょっとした森の中にあるこじんまりとした小屋だった。
小屋のそばには木が積まれており、前世の病室のテレビで見た山小屋に似ている。
こんなところに住んでいるのは大男か野蛮人というのが鉄板だがカエデはそんなやつに俺を合わせて何をする気なんだろうか。
そんなことを思っているとカエデが小屋の扉をノックする。
「師匠、話した人を連れてきました」
そこで俺は「おや、」と思った。あのカエデが敬語で話すなんて。それこそ俺の父である領主にも時々口調が崩れてしまうのに。
一体どんなやつがこの小屋に入るというのだ。
「ほぅほぅ。例の坊主か、お主が好いておる」
ボンッ、とカエデの頭がゆでダコのように真っ赤に染め上がった。それからギギギと効果音でもあるかのようにたどたどしく俺の方を向いた。
「き、聞いた?」
「ん?何を?聞いてないよ?」
ごめんなさい。聞きました。
俺のその返事にホッとしたのかカエデは染め上げられた顔の温度を下げていくとキッとその声がした扉を睨む。
それにしてもカエデが俺をなぁ....。俺的には幼馴染にしか思っていなかったのだが。
ま、俺としては今の関係を変える必要はないと思う。アレだ。女の子が小さい時に「○○くんのお嫁さんになる!」的なアレだろ。
実際にしても俺の精神年齢と釣り合わないし。
「早く開けなさいよ!」
「ほいほい」
カエデがイラついたらしくドアをガンガン叩くとそのドアがガチャリと開き、顎にたくましい髭をこさえた老人が姿を現した。
背の低い、髭が体の半分近くある老人だ。
「ほぅ。お主が噂に聞くシェルか。中々興味深いのぅ」
俺をじっと見据えた老人の目が細く薄まる。
その光景はまるで不気味な蝋人形のようで身震いした。
「取り敢えず中へ入るといい」
老人は片手でドアを抑えると俺たちに入るよう促す。
遠慮なくカエデの後に続き家に入るとその雑多な家具家具に目を奪われた。
雑多で乱雑に置かれているように見えるが実はキチンと整えられている何かの用具、本棚に山積みに積まれた本、机の上には書きかけの羊皮紙と羽ペンが転がっていた。
この世界では羊皮紙はとても高価だ。貴族でも大量に買うのは負担であり、一般には羊皮紙ではなく木で作られた木簡のようなものを使うのだ。
それは本も然り。紙を使ったものは高級で印刷技術ももちろんないため全て手移し。そのために本一冊で1ヶ月は楽に暮らせるような値段がついたりする。
何を言いたいかというと、こんだけ本を持ち紙が散らばっているのは大富豪の印だということだ。
部屋の景色に圧倒されていた俺を老人は滑稽に笑う。
「ほっほ、この反応久しぶりじゃ。カエデはそんなこと知らんもんのぅ」
クツクツ笑う老人に不思議そうにカエデが首を傾げる。土足で落ちている羊皮紙を踏んづけているあたり、知識は皆無なようだ。
「カエデ、この人どっかの王族?」
そう聞くとカエデはブンブン首を振った。
「違うわ、ただの変態魔術師よ」
カエデの後ろで老人が固まっているのは見なかったことにしておこう。
それにしても.....
「魔術師?つまりこの世界には魔法があるの?」
俺がカエデに聞くと彼女は不思議そうな顔をする。同様に後ろの老人も口を半開きにして驚いている様子だ。
「驚いた!お前さんは貴族の息子なのに魔術を知らないのか!?」
俺はこくりと頷く。
「よかろう。教えてやろう。そこへ座れ」
老人はそう言い二つの椅子を指し示す。
言葉通り俺が座ると続いてカエデも椅子に座った。老人は奥の椅子に座った形だ。
「お前さんが魔術を知らんのは意外じゃが....。まあともかく教えてやろう。
魔術とはこの世の不思議な現象を人為的に起こすもの、言うなれば自然の力じゃ」
「自然の力.....」
「そう、あくまで人為的じゃがな。
魔術は空気中のマナを使って行うのじゃが....マナは知ってるかの?」
「知りません」
「マナも知らんのか....。ともかく、空気中にはマナと呼ばれるものが存在するのじゃ。
ただし、マナはそれだけでは意味を成さん。マナを魔力に変える物、それが「魔感房」と呼ばれているものじゃ」
「魔感房?それはどこにあるんですか?」
俺がそう聞くと、老人はほっほと笑う。
「体の中じゃ。魔感房は体の中にある」
「えぇっ!?」
地球ではなかった臓器があるってことか?ならば転生者である俺にはそれはあるのだろうか。
そもそも器官で魔術を生成?どういうことだろうか。
「話を続けるぞ。
魔感房には7つの種類がある。それぞれの種類が魔術の属性になるのじゃ。
火、水、土、風、光、それに加えて氷と雷。これらが属性じゃ。
例えば、赤の魔感房ならば火属性の魔術が使える。それ以外は決して使えん。複数持ちは基本おらんし、1人が使えるのは一つの属性のみじゃ。
さらに魔感房がある人間とない人間がいるからのぅ。なかなか厳しい世じゃよ」
「ない人もいるんですか?」
「ああいるとも。
逆に持っているものが少ないのじゃ。確か全体の10%ほどじゃ。だから持っているものは「魔術師」なんて呼ばれとる」
10%......。この数値は俺が前世で患った病気の一年間の生存率と同じ。
決して高くなどない。
「わしは青の魔感房を持っとる。水の属性じゃな。
ゴホンッ、さらに、魔術の威力、大きさ、才能は魔感房の大きさに比例する。魔感房が大きければ大きいほど魔術は使い勝手がよくなる。
......まあこんなところじゃな。どうじゃ?」
面白かったか?という風に老人は俺を見る。
凄い....は凄いがいささか思っていたのと違う。これが老人の嘘だとしてもそれほど悲しくはならないかもしれない。
「じゃあ折角じゃし見せてやろうかの。"#整頓__クリーン__#"」
老人が指を振るうと、まるでディズニー映画のように散らばっていた本や紙が綺麗に整頓されていく。
さすがに感心せざるを得なかった。
隣で座っていたカエデも目をキラキラさせてその風景に魅入っている。
が、俺の視線に気付くと顔を赤くして横を向いた。
「すごい!その魔感房があるか無いかってどうすればわかるんですか?」
そういうと困ったように老人はほおをかく。
「うーむ。調べるのは基本的に難しいのぅ。もっと都会へ行かんと無理じゃ。
じゃが、基本的に魔感房は遺伝じゃ。父か母に聞いてみるといい」
老人はそう言い優しく笑う。
俺は大きく頷いた。