2.領地視察へ
「そうだ!シェル、ヒセル。今日の領地視察に一緒に行かないか?」
黙って黙々と食べ続ける父と兄に俺がげんなりしていると、この空気はさすがにまずいと思ったのか父がそう切り出した。
その一言にも兄は微動だにせず黙々と食べ続けているあたり兄は興味はないらしい。
「領地視察ですか?もちろん行きます!」
ちなみに俺は興味満々だ。ずっと家にいても退屈極まりないし、俺は年に数回の領地視察が大好きで毎回一緒に行っていたりする。
「ヒセル、お前はどうだ?」
「私は結構です。シェルに抜かれたままでは兄の威厳がありませんので」
兄は表情を変えず淡々と告げた。
兄はプライドが高い。
俺は先進国でこの世界よりも何倍も進んでいる黄金の国ジャパーン出身なので多少兄より賢いのは仕方がないことなのだが兄としては威厳がなく嫌っているらしい。
この世界の学問が遅れていることもあって俺の方が三歩ほど前に進んでいる状態なので少し気まずかったりする。
「う、うむ。学問もほどほどにな」
父はなぜか苦い顔をすると、気持ちを切り替えたのか俺に向かって笑いかける。
「シェル、それでは今日はどこへ行く?コールンの街か?それとも....」
「ルーデンの村が良いです!」
父は、だろうな、とばかりに苦笑する。
俺がなぜそこまでルーデンの村、という場所に固執しているかと言うと、ある女の子がいるからだ。
こう言うと俺が女の子に執着する変態みたいだがそうではない。いや、あながち間違いではないが変態ではない。
その女の子は俺の、何というか....恩人みたいなものなのだ。
前世のことで不貞腐れていた俺を叱責したというか.....無理やり励ましたというか....。
会えばわかるがハチャメチャな女の子なのだ。例えばイノシシを素手で殴り倒したりするような。そんな子だ。ゴリラ系女子とでも言うべきか....いや、後で殴り飛ばされるからやめておこう。
「シェルは本当にカエデが好きだなぁ。微笑ましいよ。将来の約束でもしているのかい?」
父が顎を組んだ手に乗せニヤニヤしてきた。
こう言う時の父は非常に鬱陶しい。
姉妹たちにも「お父様に絶対に、ぜぇーったいに恋愛話はしてはダメよ」と言われているだけあって子供たちの恋愛に興味津々なご様子だ。
逆にそこまで言われることがすごい。どういう神経してるんだろう。
「そこまでじゃないですよ~」
こういうのは適当に流しておくに限る。
*
カッポカッポ.....リズム良い馬の蹄の音がし、ブラブラ揺さぶれる頭を押さえながら長閑な景色へと目をやった。
ここ、俺の父シャルウィークが治める地、ブライダル領は緑の割合が80%を越す農耕地帯だ。領内に街はチラホラしかなく、農業専門の村々が数多くある。
王国名は何といったかな....、まぁその王国の農業作物の70%をシェアしている。ぶっちゃけ言えば田舎だ。
「モォーーゥ」
遠くから牛の鳴き声が聞こえる。
あたりを見渡せば一面の牧草地。そこには地球と同じマダラ模様の牛が点々としているだけで、視界を遮るような山もなく平原が地平線まで続いていた。
その牧草地を突っ切るようにして一本の小さな道が通っており、貴族が通るにはいささか平凡だが俺も父もこういった道と風景が大好きだったりする。
今はちょうど日本で言えば春に近い季節らしく、時々通る心地よい風と太陽の暖かい光で、俺は馬の上にいるのにも関わらずついついうとうとしてしまっていた。
閉じかけた目に淡い地平線が映る。
俺が転生したこの世界は地球とも違う、別の世界だ。「地球」のような世界名はなく、また大陸分布や正確な地図がないお粗末な世界。
建物や文化などは中世ヨーロッパや少し西アジアに寄っている気がする。
しかし何といってもこの世界の特徴は、自由に国や領地を行き来出来ないことにあるだろう。
それも別に国々が争っているから、とかそんなちんけな理由ではないのだ。
「魔物が強すぎるから」
その理由で人々は自由に行き来を不自由され、劣勢にあると言ってもいいだろう。
魔物1体にでも騎士50人がかりほどでようやく倒せるほど強く、またそんな魔物がうじゃうじゃいるのだ。
そのために人々は壁を構築し、それぞれの都市が城塞として独立して立っているような形で各地に存在している。
よって壁の外には出られず、中で人々は暮らしているのだ。
ここは内地の内地なので壁は見えないが、その壁が俺たちの命運を握っていると言っても良いだろう。
しかし別に全く出られないわけではない。
独立している都市でも産出品がある。その産出品を各都市に送り届けているのが商人であり、その護衛をしているのが冒険者だ。
この二つは命がけの職業として有名であり、未知の世界である外を見られ、珍しい光景を見られるが、常に危険と隣り合わせ。そのような職業として根強い人気と敬遠される両方の性質を持っている。
ちなみに俺はそれらになるつもりはない。だって危ないもの。
話がそれた。
そんなわけで、ここブライダル領も独立している一つの城壁都市であり、王国内で一番大きな都市でもある。まぁ最大と言ってもほとんどが農地だが。
そんな独立都市の中のルーデンの村に今は向かっているわけである。
「お父様、今回の視察は何が目的なんですか?」
道中、あまりにも眠気が治らないので興味はなくとも世間話を振った。
「ん?あぁ、領民との交流だよ。たまには顔見せしとかないとね」
俺に呼びかけられてビクリとした父も眠りかけていたらしい。
ぼんやりしている瞼を擦りながら父はそう答えた。
それにしても父の「たまには」というのは些か頻度が多すぎるように思う。
この前など夜に俺のベッドに入ってきて、
「たまにはいいだろ?」
などと言ってきたが3日に1回は入ってきているので「たまには」の限度を超えてるいる気がするのだが気のせいだろうか?
まあ許している俺も俺なんだけれども。
「それにしてもヒセルは勉強熱心だなぁ。あれなら安心して跡を継がせられるよ」
父が青々とした空を見上げ、人差し指を顎に当てながら嬉しそうに呟く。
「僕もお兄様を精一杯補佐していきます」
俺がそう言うと父は顔を綻ばせて俺に笑いかける。
「全く。出来た息子たちで将来が楽しみだよ」
そうして俺と父が笑いあっていると、うっすらルーデンの村が見えてきた。