1.色のない少年
世の中には「持っている」人間と「持っていない」人間がいる。
前者がテレビでよく見る芸能人やスポーツ選手といったところだろう。
幼い頃から才能を発揮し、その分野でトップクラスに上り詰める存在。それが「持っている」のだと思う。
俺の場合は後者だった。「持っていない」奴だ。才能も無い。明るく話すことも出来ない。
ただ、皮肉なことに「病気」は「持っていた」。それも不治の病を。
これを「持っていない」として何と言うだろうか。
よく、至って健康な大人に頑張れだの絶対に治るだの言われたが、治る治らない、ましてや頑張るなどの問題では無い。俺は単純に「持っていない」だけなのだ。だから成人を待たずして死ぬ。
いつしか俺は外部を完全に拒絶していた。余命宣告を受けた時にもお見舞いに来たのが数人程度でも何も感じなかった。
もう俺は諦めていたのだ。この世で生きることを。
ただベッドに横たわり、ぼんやりと1日を過ごすこの人生を。
諦めていた、諦めたかった。
そんな俺を、ある日母は平手打ちした。
小さな痛みながら、俺は絶対にその痛みを忘れないであろう。
母は叩かれたのがさも自分かのように泣きじゃくり、俺に「生きる」よう必死に願い泣いた。
治るとか、頑張れ、とかでなく「生きろ」と言った。
唯一母は俺の理解者だったのだ。
そんな母の姿ももう見ることはない。
なぜなら俺はもう死んだのだからーーー。
*
春の木漏れ日が窓から差し込み、俺はそれを満遍なく浴びながらグッと大きく伸びをした。
天蓋付きのベッドの隣ではメイドであるセルダが立っており、彼女の冷酷な視線が俺に突き刺さる。
彼女の目は俺が朝寝坊して朝食に遅れていることを言わずもがな物語っていた。
温度が急に冷え込みガタガタする俺は手で体をさすさすしながらベッドから出てスリッパを履く。
「ねぇ、セルダ怖いんだけど」
「へぇ、何がですか?」
ニコッと笑うセルダは貞子にも勝ちそうなホラー笑顔を浮かべる。
俺は何も見なかったことにしてダイニングルームへ向かった。
*
さて、なぜ一度死んだ俺が、こうして人間生活を送れているのか。
理由としてはまぁ察しているだろうが「異世界転生」したからだ。テンプレの神様なんかには会っていないが状況的に間違いない。
前世で「持っていない」人間で病死した俺は、生まれ変わって「持っている」貴族様へと転生したのだ。
それも男爵程度ではない、一つの都市を受け持っている領主の次男に。
・・・ま、田舎の領主なんだけどな。
それはともかく俺は「転生」して、実際この館にいるわけである。
それも二回目の人生ではもう9歳を迎えていた。
幼い頃から前世の知識を生かして勉学は超優秀、見たこともない物を開発する天才児!
.....になれば良かったのだが、あいにく前世はずっと病院生活なので勉強は出来ても、開発?何それおいしいの?状態なのである。
しかもこの世界、なんと難易度ハードの世界だ。だいたい転生者にはチートのプレゼントが約束されているような物なのに貰った覚えもない。
それにこの世界の一番厄介な点は......まあ後で語るとしよう。ダイニングルームに着いた。
思考の渦にいながらずっと歩けるほどの広い廊下の突き当たりには家族勢揃いで食事をするダイニングルームがある。
田舎の領主と言っても都市一つ持っている分権力は中々で、確かこの家は伯爵家だったはずだ。
そのためとにかく屋敷が広い!デカイ!東京ドーム何個入るんだ!?ってぐらい大きすぎて迷子になるぐらいなのだ。
実際3歳の頃に迷子になって泣きべそをかきながら歩き回った苦い思い出がある。
家で迷子になるってどんなんだよっ!と思うがそれももう慣れた。
ともかくこの屋敷はデカイのだ。
それはダイニングルームも然り。
俺の家族は俺を合わせて六人構成なのに百人ほど座れるでっかい机と椅子で食べている。
某CMの「百人乗っても大丈夫!」の声が聞こえてきそうなぐらいにはデカイ。
そんなダイニングルームには2人の男達が座っていた。
1人は机の一番奥に座る男性、着こなした貴族風の服装はくたびれていて、顔もどこか疲れているように見える。というか今寝てる。
それが俺の父、シャルウィークだ。
一方もう1人の男は、父よりも年齢がかなり若く、父から受け継がれたと思わしき綺麗な金髪と整った顔立ちで真正面を向いて背筋をピーンと座っていた。
通称真面目の彼こそが俺の兄、ヒセルだ。
その2人は俺が来るのに気がつき、父は嬉しそうな顔を、兄は不機嫌そうな顔を露骨に俺に向ける。
「お父様、お兄様、おはようございます」
丁寧に挨拶を交わし、自分の席へと歩き、よっこらしょと椅子を引く。
まだ9歳の子供には似つかわしくない豪華なデッカい椅子だ。
どれだけデカイのが好きなのだろうか。
「シェル、遅い!それにいつも髪を整えて来なさいと言っているだろう。貴族としての振る舞いをしっかり正すんだ。
セルダ、お前も世話係ならしっかりやれ。
2人ともいいな?」
「はーい」
兄の小言に俺は返事を、セルダは頭を下げそれに応える。
な?これで真面目さがわかっただろう?
「まぁいいじゃないかヒセル、それより朝食を摂ろう」
父がパンパンと手を叩き、ドアから料理が運ばれてくる。兄は苦い顔をしていた。
そういえば先ほど家族は六人構成だ、と言ったが残りの三人は別のところにいる。
別に別居とかじゃない。旅行に行っているのだ。 母と、姉と、妹が。
いつもは騒がしいだけの彼女らがいないと少し寂しく感じるのは、男連中が静かすぎるからかもしれない。
ま、たまには男だけで食べるのもいいかもな。
俺はそう思うことにした。