第三十四話 宇宙の決断、満月の答え
木霊さんに喫茶店でホットケーキをご馳走になった日、部屋に戻ると宇宙はすでに帰ってきていた。
私はやっぱり宇宙に何も聞くことはできず、早く帰っていた宇宙が作ってくれたカレーライスを一緒に食べた。
不揃いのジャガイモが入ったそれを食べながら、宇宙も私の帰りが遅くなった理由を何も聞かなかった。
あの日から一か月。
昼間はまだまだ夏の暑さが残る一方で、日暮れの早さと時折吹く風の冷たさが確実に秋の訪れを知らせていたある日の夜。
仕事から帰ると珍しく宇宙が先に帰ってきていた。
「あれ、早いね」
部屋に漂う重苦しい空気に気づかないふりをして、私は殊更明るく宇宙に話かけた。
「話があるんだ」
そんな私の努力も空しく宇宙が重苦しく口を開く。
あぁ、とうとうこの日がやってきたのか。
なんとなくそう思った。
「とりあえず、座ろっか」
心の中では今すぐにでも逃げ出したいのに、口からは真逆の言葉がでていた。
「満月とは結婚できない」
テーブルに向かい合わせで座った宇宙はすごく辛そうな顔でそう告げた。
別れを告げられているのは私の方なのに、傷つけられているのは私の方のはずなのに、これじゃ逆みたいだ。
「この部屋も出て行くよ」
「……紅花さんのところにいくの?」
自分でもびっくりするくらい低い声がでた。
「ごめん。自分が何を言っているかはわかっているつもりだ。……どうしてくれても構わない」
私の質問には答えず、宇宙はそう言うといつの間にか足元に用意してあったバッグを持つと席を立った。
「これからのこと、後で連絡する。本当にごめん」
自分の言いたいことだけ言って宇宙は出て行った。
部屋に一人、私を残して。
「寒い……」
どのくらいそうしていたんだろう。
西日の差しこんでいた部屋は気づいたら真っ暗になっていた。
網戸になっていた窓から夜の冷たい空気が流れ込んでくる。
それでも私はテーブルから動けないままでいた。
「どうして……」
あの日、本屋さんで楽しそうに紅花と話す宇宙を見た日から、ずっと考えて、ずっと答えがでないでいる疑問が口から零れ出た。
あの夏の事故がなければ、今頃は宇宙と私はとっくに結婚していたはずだ。
だからあの事故をなかったことにするために宇宙を蘇らせたのに。
宇宙が帰ってきてくれさえすれば全て元通りになるはずだったのに。なんで?
なんで今、私は二人の部屋に一人っきりなんだろう?
「あっ……」
その瞬間、稲妻が走ったように感じだ。
私はやっと見つけた答えに思わず笑みをこぼす。
そうだ。あの日、思ったじゃないか。
宇宙はクローンになってまで帰ってきたかったのだろうか?って。
そもそもクローンを創ったこと自体が間違いだったのだ。
宇宙が言ったじゃないか。「どうしてくれても構わない」って。
戻ろう。クローンを創る前のあの日に。私ならそれができる。
宇宙と私はあの夏の夜に終わっていたはずだったんだ。
やっと見つかった答えに私は安堵して席を立つ。
もう夜だ。シャワーを浴びて寝よう。
明日は仕事だし、仕事帰りに寄らないといけないところもある。
今まで心に重くのしかかっていたものが嘘のようになくなった気がした。




