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第三十三話 「クローンとオリジナルは別人でしょ」

***side宇宙***

「あれ? お久しぶりです」


 会社の近くの書店に併設されたカフェで本を読んでいると聞き覚えのある声に話し掛けられた。

仕事帰りに本屋に寄ることは満月みつきに言ってあるし、ただ少し一人になれる時間が欲しかっただけで、別に紅花べにばなを待っていた訳じゃない。

そんな言い訳を頭に浮かべながら、いざ声を掛けられてみれば、やっぱり待っていたのかもと思い、急に落ち着かない気持ちになってしまう。


「お邪魔でしたか?」

いつまでも返事をしない俺をみて紅花が立ち去ろうとする。

「あっ、いや。最近いろいろ忙しくてこれなくて」

「微妙に回答になっていませんが」

慌てて答える俺に苦笑いしながら紅花はもう一度俺の方を向く。


「珍しいですね。宇宙そらさんがお仕事以外の本をここで読んでいるのは」

「……うん。営業に戻るの諦めたんだ」

俺の言葉に紅花は一度大きく目を見開いた後で、そうですか、とだけ答えた。


「ねぇ、クローンの存在意義ってなんだと思う?」

思わず零れた言葉はずっと誰かに聞きたかったことで。

でも、なぜそれを紅花に言ってしまったのか……

「はい?」

「あっ、ごめん。なんでも」

「人間の生きる意味とかそう言う話ですか?」

慌ててなかったことにしようとする俺に紅花は怪訝そうな顔で聞き返す。

「いや、そうじゃなくて、クローンの存在意義」

訂正する俺に紅花は眉間の皺を深くする。

「人間のクローンの話ですよね? 羊とかではなく」

「もちろん。あっ、でも大した話じゃないから忘れて」

「だったら、人間の生きる意味ってことですよね?」

「いや、クローンってオリジナルの遺伝子からできているんだよ。コピーじゃん。コピーの存在意義というか」

「クローンとオリジナルは別人でしょ」

「えっ……」

予想外の紅花の言葉に俺は一瞬理解が追い付かなかった。

「えっ、だってクローンだよ。オリジナルと遺伝子同じなんだよ」

一瞬の間の後にでた言葉は自分でも驚くくらい震えていた。

「遺伝子が同じなだけでしょ。それでコピーとか言ってたら一卵性の双子はどうするんですか」

そんな俺の動揺に気づかず、何を当たり前のことをと言いたげな顔で紅花は言葉を続けた。

「え~。宇宙さんの読んでる本、そんな話なんですか? その作者、ちょっと気になっていたんですけど、読むのやめとこうかな」

そう言って紅花は俺の手元の本を覗き込んできた。


「ねぇ、もしも、宇宙に一卵性の双子の弟がいたとしたら、紅花さんならなんて名前にする?」

「はい?」

紅花は何を言ってるんだと言いたげな顔で俺を見つめるが、俺はその顔を見つめ返して返事を待つ。

少し考える表情をした後で紅花はポツリと言った。

「カイとか?」

「カイ?」

「海って書いてカイ。空と海ってことで」

かい……」

「安直すぎますね。友達でいたんですよ。三人兄弟でりくうみそら

「それはお父さんはやっぱり」

「八百屋です」

「はい?」

「はい? でしょ。だから余計に印象に残っちゃって。すみません」

「海か。俺の名前、空じゃなくて宇宙って書いてソラなんだけどね」

「あらら。そうでしたか」

そう言って苦笑いする紅花の顔と彼女の言葉に、あの日からずっと重くのしかかっていたものが一瞬フッと軽くなった気がした。


「いいな。かい。うん、いい」

紅花のつけた名前を噛みしめるように口にする。


「で? 海は何があったの?」

そんな俺に紅花はまるで友達のような気安さで言った。

「え?」

驚く俺に紅花はその態度を崩さず続ける。

「今は海ってことで」

「なんでタメ口?」

止めた方がいい。わかっているのに俺はそれに乗っかった。

「その方がいいかと。やめます?」

「いや。海って呼んで。タメ口で」

今だけ。ここだけでいいから。

逃げ場が欲しかった。


「……うん。で、どうしたの?」

少しの間を置いて、でも、紅花も乗っかり続けた。


「いや、どうもしない」

「なんだそりゃ。……あっ、そろそろ仕事戻らないと」

「あっ、ごめん。引き留めて」

「いいよ。また来るでしょ?」

「うん」

「じゃあ、またね」

「うん。また」


後から何度も思い返した。

この時、俺がこれに乗っからなければ。紅花が冗談だと笑い飛ばせば。

あんなことにはならなかった。

でも、何度思い返しても、同じ状況になったらきっと俺も紅花も同じ選択をしていたとも思った。


俺は、どうしたらよかったんだろう。

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