第三十二話 木霊の思い
「ホント、ごめん!」
喫茶店に連れられ席に着くなり木霊さんがガバッと頭を下げた。
「えっと」
「無理矢理連れてきちゃって驚いたよね。腕痛くなかった? 本当にごめん!」
深々と頭を下げる木霊さん。額がテーブルについてしまいそうだ。
「あの。大丈夫ですから頭上げてください」
慌てて私は木霊さんに声を掛ける。
「それに木霊さんが声かけてくれてよかったです。あのまま部屋に戻ったら宇宙に嫌な顔してしまっただろうから」
「満月ちゃん……」
「声かけてくれてありがとうございました」
そう言って私も木霊さんに頭を下げる。
「ここのホットケーキが美味しいのは本当なんだ。せっかくだから食べていこう!」
気分を変えるように木霊さんはそう言って店員さんに声を掛けた。
「おぉ」
目の前に置かれたホットケーキに思わずため息が漏れた。
ふんわりと厚みのある二段重ねのホットケーキ、そして、てっぺんに置かれたバターがとろりと溶けていく様子。
これは間違いなく美味しいやつだ。
「メープルシロップは多めがお勧めだよ」
木霊さんの言葉に従いメープルシロップをたっぷりかけ、少し大きめに切り取って一口。
見た目通りのふんわり温かな味に思わずにっこりしてしまう。
「お気に召したみたいでよかった」
そう言って木霊さんもにっこりしてコーヒーを飲んだ。
私もホットケーキと一緒に置かれた紅茶に手を伸ばし一口飲む。
ダージリンの優しい香りがホットケーキにぴったりだ。
「宇宙のことさ、ちょっと大目に見てやってよ」
木霊さんの言葉に私はホットケーキを食べる手を止める。
「宇宙から聞いた。結婚するんだって?」
「えっ……」
「宇宙、営業に戻りたいって言わなくなったらしいんだ」
戸惑う私に気づかず木霊さんは言葉を続ける。
「今どき、俺が幸せにします、って時代でもないけどさ。宇宙なりに家庭を持つってことの責任とか、いろいろ感じてるんだと思うんだ」
今の宇宙と私のことを思うとなんて返事をすればいいのか……そんな私の沈黙をどう捉えたのか。
「満月ちゃんとの結婚が嫌とかじゃないんだよ。もちろん浮気とかもない。それは俺が保証する。たださ、ちょっと息抜きって言うか、何も知らない人と話したい時があるんだと思うんだ」
「……そう……ですね」
「いや、だからって相手選べよって話なんだけどさ……って独身の俺が言っても説得力ないかもしんないけど」
「そんなことないです」
冗談めかして笑う木霊さんに首をふる。
多分、木霊さんの言うことは半分正解で半分外れだ。
宇宙は何も知らない人と話したいのだと思う。そこは多分、正解。
でも、知らないでいて欲しいのは、私との結婚ではなく、自分がクローンであるということだ。
私はクローンになっても宇宙に帰ってきて欲しかった。ずっと一緒にいたかった。
でも、宇宙はどうだったんだろう? どうなんだろう?
クローンを創ると決めたあの時、宇宙にそれを聞くことはできなかった。
そして、今はもっと聞けるわけがない。
聞いたところで、答えが否だったとして、私に何ができるというのだろう。
「木霊さん、ホットケーキ美味しいです。紅茶も。ありがとうございました」
本当のことは何も言えず、私は木霊さんにお礼を言う事しかできない。
「よかった。話くらいならいつでも聞くし、本当に許せない! とか思ったら我慢しないで言ってね。俺が宇宙にガツンと言ってやるから」
その言葉に頷き、私はホットケーキをまた食べ始めたけれど、冷めきったそれは最初の一口が嘘だったかのようにボソボソとして、いつまでも口に残った。




