第三十話 変わりゆく二人
「ごめん。待たせたね」
「宇宙」
「帰ろう。俺たちの部屋に」
部屋の外で待っていた私を迎えに来た宇宙はいつもどおりの宇宙だった。
「満月、辛い思いをさせてごめんね」
帰り道、宇宙が私に向かってそう言った。
「幸せになろうな。俺たち」
宇宙の言葉に私は泣きながら頷いた。
あの日部屋に戻ってからも、宇宙は私に何も聞かなかった。
何事もなかったかのように朝ごはんを食べて、お互い仕事に行き、帰ってきて夕ごはんとその後のお茶をしながら、その日あったことを話す。
休みの日には近くの公園を散歩して、帰りにパン屋さんに寄ったり、たまには遠出してみたり。
でも、宇宙は営業に戻りたいと言わなくなったし、私は結婚の話ができなくなった。
ちぐはぐなまま、表面上だけは穏やかな日々が一か月を過ぎたころ。
「仕事帰りの勉強、また始めようと思うんだけど、いいかな」
夕ごはんの時に宇宙がおずおずと切り出した。
とっさに紅花さんの顔が浮かび、嫌だと言いかけて言葉を飲み込む。
「そんな、私に確認しなくてもいいよ。全然構わないよ」
「本当に? 大丈夫?」
心配そうに私に聞き返しながらも宇宙は少しほっとした顔をしていた。
その顔を見て、これでよかったのだと私は自分に言い聞かせた。
次の日から、今までより少し宇宙の帰りが遅くなった。
でも、前のように本を買ってくることも、本の話をすることもなかった。
「勉強、はかどった?」
帰ってきた宇宙をできる限り明るい声で出迎える。
「えっ? あっ、あぁ、うん」
びっくりした宇宙の返事に私は余計なことを考えてしまう。
「私も一緒に勉強しようかな」
口にしてから、しまったと思った。宇宙の顔に困惑の色が浮かぶ。
その顔を見て私は慌てて話題を変える。
「今日はガパオライスに挑戦したの! 早く食べよう!」
宇宙の返事を待たずに私は宇宙に背を向けて部屋に戻った。
それからに二週間がたち、また少し宇宙の帰りが遅くなった。
「あっ、しまった」
掃除をしていて宇宙の鞄を倒してしまった私は慌てて鞄を元に戻した。
その時、鞄の中を見てしまったのは偶然だったのか、それともわざとだったのか。
宇宙の鞄の中には、あの日、宇宙が好きと言っていた作家の新作が入っていた。




