第二十七話 満月の決意
宇宙から二度目のプロポーズをされた数日後、私は仕事を休んである場所に来ていた。
広い芝生の中の白い建物。まるで大学か大きな病院のようなその建物。宇宙のクローンを創った場所に。
「あの、電話で予約していた……」
受付で名乗るとすぐに部屋に通された。
以前に通された部屋と同じような白い部屋。
もう夏も過ぎたのに、壁には以前と同じように藤の花が飾られていた。
「お待たせしました。今日はどうされましたか?」
暫くすると藤さんが部屋に入ってきた。
「宇宙にクローンのことを話したいと思うんです!」
私は開口一番、宣言するように大きな声で言った。
膝の上で握り締めた両手が震えていた。
「そうですか」
神妙な顔で、でもそれほど驚いた風もなく藤さんは頷いた。
「あの驚かないんですか? 止めたりとか」
「しませんよ。多いんです。理由は様々ですが、最初はクローンのことを隠すと判断された方が、暫くするとご本人に告げたいとおっしゃることが」
「えっ、でも、最初に教えないのが一般的だって……?」
「はい、一般的です」
「精神に異常をきたす例が続出したって」
「はい、そうです」
「でも、多いんですか?」
「はい、皆さん、クローンと暫く過ごす中で自分たちは大丈夫とお考えになるようです」
「えっ、それで? 藤さんは止めないんですか?」
淡々と話す藤さんに私は思わず聞き返した。
「とめません。これはご本人たちの問題ですから」
「それって冷たすぎませんか」
そんな藤さんに思わず責めるような口調になる。
「ご本人たちが決める問題です。私たちの仕事はあくまでサポートです」
あくまで藤さんは淡々とした態度を変えない。
「そうですか」
勝手な話だとは思うが、そんな藤さんに裏切られたような気持ちになり、私は憮然とした表情で返事を返す。
「ご本人にクローンであることを伝えるということですので、手続きをさせていただきます」
藤さんの言葉に私は頷く。
「事前にお伝えしたとおり、今回のことに対して、お二人のご両親の同意書はお持ちになっていますか? それがなければ手続きはできませんので」
「はい」
私は両親たちから預かった同意書を差し出す。
今回の件について事前に両親たちに相談したとき、どちらの両親も私が選んだことなら、と納得してくれた。
「確かに。それでは、こちらの書類にサインをお願いします。今回の件は満月様自身の意思によって行われることであり、その結果について当施設は一切の責任を負わないことについての同意書です」
「はい」
私は書類にサインした。
覚悟していたことだが、全ての責任を自分一人で背負うしかないことを否が応でも実感させられた。
「はい。手続きは以上です。宇宙様への告知はこちらの施設で職員立ち合いの元で行っていただきます」
「えっ?」
藤さんの言葉に私はびっくりする。
宇宙が望むならこの施設にも連れてこようとは思っていたし、どこで言うかまでは考えていなかったけれど、ここで言うとは、しかも第三者が同席するなんて考えてもいなかった。
「告知後に宇宙様にも最初に満月様にご説明したようなことを説明させていただきます。それにクローンに関して口外しないという書類にサインいただく必要がありますので」
「なるほど」
確かにそうだ。
「事前にご了承いただきたいのですが、同意書にサインいただけない場合、告知はできません。宇宙様をお連れいただく際に宇宙様にもその旨はお伝えいただいた上でお連れいただきますようお願いします」
「わかりました」
「では、手続きは以上になります」
そう言って書類をしまう藤さんを見て私も帰る支度を始める。
「……満月様」
藤さんの少し躊躇うような声に私は手を止める。
「自分のことなのに多くのクローンは自身がクローンであることを知らずに生きています。それはおかしいと私は思うんです」
私はそんな藤さんを見つめる。
「私は信じてみたいんです。クローンが自身をクローンだと知った上で幸せに暮らせるのだと」
「藤さん……」
「申し訳ありません。個人的なことを言いました……忘れてください」
そう言って藤さんは書類を片付け席を立った。
「藤さん」
部屋を出ようとする藤さんに私は声を掛ける。
「私たち、幸せになります。絶対」
「はい、ぜひ」
振り返った藤さんは一言そう言うと今度こそ部屋を出ていった。




