無理な召喚は召喚側の負担となります
『無理な返還計画は召喚側の負担となります』の負担が召喚の国にどう来たかというと――
召喚の国――正式名称は神聖ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツ
多くの勇者たちが旅立ったそこも、今ではすっかり寂れてしまった。
かつて理解し合えなかった異民族どころか異種族や魔族さえもヒト・モノ・カネが行き交うようになってしまった結果、勇者召喚は意味を成さなくなった。
異民族も、異種族も、魔族もトップ同士で相互理解が深められるようになり、勇者は不要となってしまったのだ。
世界平和に最大限貢献したのは魔王討伐に召喚された勇者ナギサ、ではなくその子供たち。
母親譲りのハーレム形成というチート能力で、気付くと異民族やら異種族やら魔族と婚姻を結んでいた彼ら。それも狙ったかのように権力者や有力者ばかりという、まさにチートとしかいえない状態の為、魔物の一大テーマパークを運営する元勇者ナギサが魔王の名を冠することで世界中の意見は一致した。
子供たちの婚姻で世界を牛耳られる立場になってしまったナギサ以外、誰が魔王に相応しいだろうか?
ナギサの後に魔王の地位に就いたのは魔族の血を引くナギサの子孫たち。子孫たちも密な親戚付き合いを欠かさない為、世界平和は百年以上保たれ、人間は近隣国同士で、異民族は同族内で、異種族と魔族は種族内での内輪揉めしか起きない。
そんな中、落ちぶれていくしかない召喚の国は、懲りずに勇者召喚を行い、召喚した勇者を対人間国同士の戦いに投入しようとして、ナギサの子孫たちにボコられたり、周辺諸国から制裁を受けたりして衰退を加速させていった。
気高き古の国王同様に良質ながらも綿や麻の衣服を纏った国王は考えた。
国王たるもの絹や錦を纏うべきであって、綿や麻ではいけない。
国に希望を持たぬ者たちは外国へと流れていき、特に容姿に自信のあるものは同じ囲われるなら召喚の国の王侯貴族ではなく、他の国の商人のほうが遥かに豊かな暮らしを約束してくれると出て行った。
国王の目に留まる貴族の娘にしても、諸外国にいる親類縁者を頼って出て行ってしまっている。残っているのは美貌というより愛らしいというか、十人前の娘ばかりで庶民の娘と何ら変わらない容貌。
勇者召喚できなければ、召喚の国には主だった特徴はなかった。
農業に適した地とも言えず、交易も発達しておらず、鉱山などの地下資源も、金属の加工技術も、産業も発達しておらず、商業の中心地でもなく・・・。
勇者は召喚できなくても、売り払う人材を召喚できるのではないかと、国王は思いついた。
そして行われる百年ぶりの勇者召喚。
現れたのは赤い目をした十代前半の少年少女たち。美貌を見慣れない召喚の国の王と重役たちの目には、全員が異様に整った顔立ちに見える。
美しき少年と少女の人数は合わせて四十人にもいた。
その場にいた召喚の国の首脳陣は皆、自分用に一人は確保しようと考え、これだけ優れた容姿をしているのだから高値が付くだろうと、数人確保できるのではないかと考えているどころか、既に下劣な妄想に耽っている者すらいた。
「お父さん」「お母さん」「兄さん」「姉さん」「アニ」「ヴァシウス様」「クァシウス様」
見知らぬ場所に戸惑い、怯え、震える少年少女たちは口々に親や家族の名前を呼んでいる。
見知らぬ人々の中でも、青い顔をしている神職の人物に少年少女たちは不安を駆り立てられていた。その人物が人質を取られ、召喚の儀式をさせられたことは知らなくとも。
奴隷として売り払うだけでなく、囲う気満々なのをおくびにも出さず、国王は安心させようと、脚を踏み出す。
そこに、何もない虚空から二人の人物が現れる。
一人は文字通り飛び出してきて、続く人物を守るかのように立つ深緑の髪の有翼人の若い男。
守られるかのように立つは煌めく白金の髪の青年。その目は召喚された少年少女たちと同じ色。
「「アニ!!」」
少年少女たちは白い翼の男に駆け寄る。
「もう、大丈夫だ。ヴァシウス様も来て下さった。何もなかったか? ん?」
有翼人は少年少女たちに表情を緩め、気安く頭や肩を軽く叩く。
「大丈夫」「何もないよ」「すぐ来てくれたから、大丈夫」
白金の髪の青年は少年少女たちと有翼人を優しい目で見守っていたが、国王たちに無感情な眼差しを向ける。何の感情もない眼でありながら、国王たちは全てを剥ぎ取られ、見透かされているように感じ、背筋が寒くなる。
その空気に気付いたのか、有翼人も怒りと嫌悪に満ちた目を国王たちに向けた。
「ヴァシウス様の後ろにいなさい」
有翼人の言葉に従い、少年少女たちは白金の髪の青年の後ろに移動する。
「・・・オーク。この世界は多くの怨嗟や恨みに満ちている・・・。世界とはこんなに憎しみや哀しみに、苦しみに満ちたものなのだろうか?」
視線を宙に彷徨わせて白金の髪の青年が言う。
有翼人は国王たちから一瞬たりとも目を離さずに答える。
「いくら人が自分より下の者を欲しがる生き物とは言え、異世界人の召喚に慣れきって、対話も相互理解も否定した結果でしょう。まさか、まだ召喚を行っているとは思いもよりませんでしたが」
「そうか。・・・この世界のことを知っているのか?」
「以前、召喚されました」
「して?」
白金の髪の青年は首を傾げる。
「勇者としてこの世界を救って欲しいと。時間がないので、断って帰りました」
「成程。お前なら何とする?」
「壊します。以前も管理者や精霊が出てきませんでしたし、この世界はいと高き方々の感情の起伏次第で壊れかねないほど脆いので、今壊そうが壊さなくても勝手に壊れるでしょう」
「と、言うと?」
「力の弱い精霊たちが本の中に作らされた世界、ということです。私たちの世界も精霊たちが本の中に作らされた世界ですが、こちらは精霊の力が弱すぎていと高き方々の感情に耐えられない、ということです」
「私たちの世界は大丈夫なのか?」
「この世界と同格だとしても精霊も残っておりますし、ヴァシウス様もおります。感情一つで消えるほどではありません」
「成程。この世界の怨嗟と悲哀を頂いても?」
「どうぞ。管理者のいない世界なら、ヴァシウス様のご自由になさって下さい」
白金の髪の青年は赤い瞳を輝かせて嗤う。
「嗚呼、なんと怨嗟と悲哀、嘆きと慟哭に彩られた世界だろう。素晴らしい。素晴らしすぎる・・・。――なあ、オーク。時々、異世界に渡って、負の感情を頂いても構わないだろうか?」
「この世界がお気に召したのですか?」
「ここだけではない。本の中に世界があるのなら、その世界全てから負の感情を頂くことがあってもいいのでは?」
「力の補給は出来ましたか?」
「充分に」
「では、その方向で行きましょう」
「しかしだな、我が祝福を受けし愛し子たちを攫った罰は如何する?」
四十一対の赤い目と一対の金の目が、話を見守っていた王たちに向けられる。
文化が花開いたわけでもなく、商業の中心地であったわけでもないその地は、今ではただの最果ての荒れ地が広がるのみ。
駆けつけてきた魔王の執り成しによって召喚の国は首脳陣だけ消されました。召喚の力を持つ家系は、魔王の監視下に置かれることになったそうです。
異世界の怖い存在は愛し子たちを連れて大人しく帰ってくれたそうです。