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「バーベキューに必要なもの、色々書き出してみたんだ。みーちゃん、後で一緒にみてくれる?」


夕飯の片づけの最中、そう言って私が声をかけたら、みーちゃんがぱっと顔を輝かせた。

食事中の気まずい空気を彼方に追いやり、こくこくと頷く素直なみーちゃんにほっとする。

祐成の言葉から私が考えたことは間違っていなかったらしい。急に機嫌が上向いたみーちゃんの頭に手を置くと、脳裏に祐成のにやにや顔が浮かんできた。

祐成の方がみーちゃんのことをわかってるとか、ちょっとむかつくんだけど。

だけど今回は感謝しないといけないようだ。少しした後我に返ったのか、少しばつの悪そうな顔になるみーちゃんに気付かないふりをして私は頭を撫でた。



「候補日は第三週の土曜。駄目だったら翌週だね。未だ確約とれてないのって誰だっけ?」

「えっと、秋山君が誘った高泉君と祐ちゃんの2人かな。でもたぶん大丈夫だろうって言ってたよ」

「そっか。夏目君や冬木先輩は他の人呼ぶの面倒って言ってたし、結局新しい顔は4人だね」

「うん。果歩ちゃんは友達誘わないの?」

「今回は私もいいや。祐成もいるし、募ったりしたら収拾つかなくなりそう」

「今の時点で十人以上いるもんね」

「なかなかの人数だよね。じゃあ次は皆のお腹を満たすためのメニュー、それから必要なものをあげて、買わなきゃいけないものを整理しようか。とりあえず思いついたもの端からあげてくから、みーちゃんは見落としとか何か気付いたことがあったら随時教えてくれる?」

「……うん!」


みーちゃんの良い子のお返事に満足げに頷いて、私はノートを広げた。みーちゃんの部屋の勉強机前に陣取って二人でノートを覗き込む。

内容は大まかに分けて、お肉、野菜セット、焼きそばセット、シーフードセット、それから調味料。必要な食材を細かくあげて、予算や旬を考慮し削っていく。終わったら、グリルや椅子等の大物機材、箸やお手ふき等の小物を挙げて、準備の方法を検討して漏れがないか確認する。


「男の人がいるからご飯も炊いた方がいいよね」

「だね。多めに用意しておいて、余ったらおにぎりにすればいいかな」

「最初から握っておくのはどう?焼きおにぎりとかも美味しそう」

「それいいね!じゃあ軽い箸やすめも用意しようか。キムチとかおしんことか」

「お味噌汁とかは必要かな?」

「私は汁物欲しいなあ。余ったら翌朝に回せばいいし、作っておいて、希望する人に渡すようにしようか」


一人で事足りると思っていた作業もみーちゃんとするだけで凄く楽しいものになる。焼きそばはソースにするべきか塩にするべきか、とか、シーフードは数を数えないと争奪戦になりそうだ、とか。話している内に話題はあちこち飛んで、昔はフランクフルトとホットドッグの違いがわからなかったとか、マシュマロを鉄板でやこうとして怒られたとか、思い出を懐かしんで二人で笑った。


楽しそうな顔のみーちゃんを眺めていると、私の焦りが少しずつ溶けていき、代わりに懐かしさが沸き起こる。

かつて、妹だったみーちゃんともこんな風に二人でたくさんの話をした。家族のこと、学校のこと、病院のこと、大好きだったたくさんの物語のこと。病と闘う現実は厳しくて、挫けそうになることもいっぱいあった。哀しくても負けてしまわないように、辛くても挫けてしまわないように、もう一度顔を上げられる自分になるために、私とみーちゃんはたくさんの物語を二人で綴った。最後には必ず幸せになる、そういう物語を思い描いて、いつか彼女に負けないとびきり幸せな女の子になれるようありったけの願いを込めた。そのおかげで今があるとしたならば、あの時間に心からの感謝を捧げたいと思う。


―――果歩がアホ面してっから美空は心配してんだろ。


自分の視界が狭くなってたこと、祐成に言われて初めて気がついた。

私はずっと、みーちゃんが輝けるとびきりの舞台をぬかりなく準備することにばかり気をとられていた。固定観念に捕らわれていた私は、イベントにしても、それこそ毎日の夕飯の準備にしても、二人で取り組んだことが殆どない。舞台裏は私の担当だと思い込んでいたから、みーちゃんと一緒に楽しむという選択肢が頭になかった。

こんな些細な話し合いがこれほど心浮き立つものならば、みーちゃんだけじゃない、皆だって巻き込んで、最初から一緒に楽しめば良かった。イベントは、当日は勿論のこと、準備だって楽しいものだ。面倒だってなんだって、仲間が集まればどれも思い出深いものになるはずなのに、全く思い至らなかった自分に呆れてしまう。


誰だって、一緒にやろう、という誘いを断られればがっかりすると思う。

わざとではなかったとはいえ、結果的に差しのべられた手を払い、みーちゃんに寂しい思いをさせてしまった。おまけに何も気づかないまま、あっかんべえしたみーちゃんが可愛くて悶えてたとか、的外れもいいとこだ。独り善がりだった自分を突きつけられて、今更ながら後悔の念が沸き起こる。


あの頃、自分の体だけで精いっぱいだったみーちゃんが、今私の前で、準備も当日も一緒に頑張りたいと言ってくれている。嬉しくて嬉しくて、だけど心のどこかが切ないと訴える。あの頃は叶わなかった『一緒』が、泣きたくなるほど胸を圧す。


「果歩ちゃん……春川さんのこと、そんなにショックだった?」

「……え?」


急に胸が詰まって俯いた私は、不意に落ちたみーちゃんの声に顔をあげた。手を止めたみーちゃんの心配そうな瞳とぶつかる。私は申し訳ないと言わんばかり下がったみーちゃんの眉に目を瞬いた。


「……ごめんね。本当は果歩ちゃんから言ってきてくれるの待ってようって思ってたんだ。だけど果歩ちゃん話してくれそうにないし。せめて一緒にバーベキュー準備したいって持ちかけても平気だからって断られるし、どうしたらいいかわかんなくなっちゃって」


だからってあの態度はなかったよね、と。みーちゃんが言うのはたぶんあかんべぇのこと。むしろ凄く可愛かったなんて正直に言ったら空気読めないにも程があるか。私が他に気を取らていた隙にみーちゃんの言葉は続いていく。


「落ち込んでた時祐ちゃんに会って、言いたいことはちゃんと言わなきゃ伝わらないだろって怒られたの。だけど誰にだって言いたくないことってあると思うし、……だからその、言いたくなかったら言わなくていいんだけど……果歩ちゃん、」


春川さんのことが好きなんだよね?


痛ましいものを見る眼差しで物凄く言いにくそうにみーちゃんが口にする。

まるで予想していなかったその台詞に、私は顎が落ちるかと思うくらいぽかんとした。


「え……は、はいいっっ?!」


みーちゃんの衝撃発言に盛大な音を立てて立ち上がる。勢い余ってダイニングから持ち込んだ椅子が倒れ派手な音がその場に響く。動転極まり大きく肩を揺らしたみーちゃんに詰め寄った。

あまりの驚きに自分の頭が正常に回っている気がしない。


「待って、なんでそうなるの?ちょ、違うよ?!そんなんじゃないよ?!」

「え、ええっ?違うの?私の勘違い?でも、好きだったからびっくりしちゃったんだよね?」

「いや、好きだけど!好きだけど、私にとって春さんはお兄ちゃんみたいな存在っていうか、家族同然っていうか!」

「……あっもしかして果歩ちゃん、自覚してなかった?」

「え……。って、いやいやいや、だからそういうんじゃなくて……っとにかく違うんだってば!好きは好きでも家族愛、恋愛の好きとは違うから!」

「そうなの?本当に?」

「本当に!!」


私の必死の訴えに押されてみーちゃんが漸く頷いた。自覚云々のくだりでは、うっかり口にしてしまったとばかりの真剣さに一瞬のまれてしまうとこだった。危ない。

いつかみーちゃんに恋をするはずの春さんに、私が恋をしてどうする。

なんとか頷いたものの未だ得心がいかない様子のみーちゃんに私の方こそ混乱しそうだ。

心臓に悪い思い違いに体力をガリガリ削られて私は大きく天井を仰いだ。深く息を吐きだしたら気力も一緒に落ちてしまった。よろよろとみーちゃんのベッドにもたれかかった。


「……もしかして、ずっとそうだと思ってた?」

「思ってたっていうか……春川さんがもう一人連れてきたいって、あの話の後から果歩ちゃんおかしかったでしょう?だからてっきり」

「あー……うん。そっか、なるほど」


そうか、それは勘違いもするか。

確かに、春さんの話の後で、寝不足の顔、食欲不振、全部一人で準備を進めようとする頑なな態度、とくれば疑念も確信に変わって不思議じゃない。実際にはみーちゃんのお相手であるはずの相手に既に恋人がいるという事実に仰天しただけなのだけど、事情を知らないみーちゃんからすれば、タイミングにしても発言にしても誤解して当然だ。

じゃああれか、みーちゃんが態々教室を訪ねてきてくれたのも、バーベキューの準備を手伝おうとしてくれたのも、春さんに失恋した私に対する気遣いだったのか。

うん、優しいなみーちゃん。そして何してるんだ自分。


「果歩ちゃんは全然知らなかったみたいだったし、その、好きな人に彼女がいるっていきなり聞かされたらショックに決まってるって思ったの。……バーベキューの準備も、ホントはやりたくないのに無理してでも祝わなきゃって思い込んでるんじゃないかって。だからなんとかしなきゃ、って」


でもなんて言っていいかわからなくて言葉濁してばかりだから全然うまくいかなかった。反対に八つ当たりしちゃってごめんね、と。苦笑いするみーちゃんが大きく息を吐く。勘違いだったのかーって脱力する。随分緊張していたみたいな様子に、見当違いだったとはいえ、みーちゃんの思いやりを感じてほろりとくる。


やれやれ。誤解がとけたところで私は自分が倒した椅子を元に戻した。

思わずオーバーリアクションしちゃったけど、お茶が零れなくて良かった。

机の上に置いた湯のみに変化がないことを確認し、すっかり終わったと思った後。

更なる爆弾発言が続いたのに信じられないほどの衝撃を受けた。


「……じゃあ、果歩ちゃんが好きなのはやっぱり祐ちゃんなんだね」

「げほっ!!」

「うわあ、果歩ちゃん!大丈夫?!お茶、お茶飲んではい!」


気を抜いたところに食らったボディブローが骨へと響く。盛大に咳きこんだせいで涙が滲む。差し出された冷めた緑茶を勢いよく傾けて、私はごくごくと飲み干した。なんだこの連続ダメージ、滅茶苦茶辛い。懸命に背中をさすってくれるみーちゃんの手を掴み、私にできる最大限の力を瞳に込めて訴える。

それはみーちゃんの幸せの可能性であって、私が手にするものじゃないでしょ!


「全っ然違うから……っ!というか私そういう意味で好きな人とかいないからね?!」

「ええっそうなの?!あんなに傍にいるのにかけらも意識してないの?!」

「あれは最早兄妹の域だよ!」

「そんなあ!」


そんなあって言いたいのはこっちだし!

何がどうしてそんな誤解に繋がるのか、私にはみーちゃんの思考回路がわからない。

私が繰り返し訴えるも未だ納得がいかないのか、あれー?としきりに首を傾げるみーちゃんに頭が痛くなる。度重なるダメージに反論する気力を保ち続けるのが辛くて、私は再びベッドに倒れ込んだ。色んなものをごっそり持って行かれた気分だ。瀕死状態な気分で息をする。


みーちゃんがそんな勘違いしていたなんて、色々な意味でショックだ。その思い込みはちょっと酷い。

それにしてもどうしてそんな考えに行きついてしまったんだろう。

もしかして、下手に私から話を振って自ら墓穴を掘ることがないようにと、これまで具体的な恋愛話を避けてきたことが仇になっているのかな。


基本的に私は自分の恋愛よりもみーちゃんが優先だ。自分から己の恋バナを話題にしないことで興味がないことを示していたつもりだったけど、むしろ逆効果になっていたのかも。

せめて、私がうちの住人に恋をしているわけじゃないことだけはきちんと伝えておかないと。私までみーちゃんの邪魔にはなりたくない。


思いもよらなかった問題にぶつかって私は考えを改める。

先日は躊躇してるうちに言えなくなってしまったけれど、やっぱり少しずつでも、自分の気持ちをもっとみーちゃんに伝えていかなきゃだめだと思い改める。


例えば、春さんに彼女がいたこと。その相手を、今のタイミングで私達に紹介しようとしたことの意味。改めて思いを巡らすと、自然と一つの結論に導かれる。後からその事実に気付いた私が思ったこと。

色々と気が抜けた状態だからか、私の口からぽつりと呟きが落ちた。春さんのこと、と呟いた私にみーちゃんがぱっと顔をあげる。私は布団に顔を押し付け、くぐもった声で慣れない心情を吐露し始めた。


「……恋愛の好きじゃないにしても、やっぱり、ショックだったかも」

「……うん」

「……春さん、うちで一番長いし。ずっとお兄ちゃんみたいに慕ってたし」

「うん」

「知らなかったこともびっくりしたし、紹介したいって思ってることにも驚いて、」

「うん」


少しだけ、寂しい。

言えない言葉を飲みこんで、違う言葉にすり替える。


「幸せになってほしいって思う人であることに違いはないから……今は、準備も頑張りたい、って思ってます」

「うん」


まるで子供みたいな言い訳だ。本音を伝えるって、恥ずかしすぎて息が苦しい。自分の中に確かにあった、『好きなお兄ちゃんを取られた』という気持ちの告白に顔を上げられない心地になる。


うああああと悶える私の頭をみーちゃんが撫でた。

心なしか嬉しそうな気配に益々羞恥が沸き起こり、みーちゃんの布団の押し付けた頭で身悶える。


「準備、一緒にしようね。 私、果歩ちゃんと一緒にやりたい」


癒しの聖女かと突っ込みたくなるくらい、柔らかな声がじわじわ胸へと染み込んだ。

頷く私の耳に、ごく小さく、良かった、と呟くみーちゃんの声が届く。

ちらっと目線だけをあげると、こころなしか赤い顔で照れたように笑う可愛いみーちゃんを見つけた。その表情に少しだけ余裕が覗くのがちょっと悔しくて、むくむくと一矢報いたい気持ちが沸き起こる。


「……みーちゃんはいないの、気になる人?」


ぽろっと、いっそタブー指定しかけていた台詞が零れ出た。

しまった。一瞬で巡った思いに自らの言葉を否定する……より前に、みーちゃんに起こった変化は劇的だった。


固まった体躯。見開かれた瞳。赤くなった頬。パクパクと動かすのが精一杯で、声にならず消えていく言葉達。


てっきりいないと返されるとばかり思っていた私は体を起して唖然とする。


……いるんだ。


言葉はなくとも理解した応えに私の心臓が走り出す。

私にとってみーちゃんの反応は本当にまったくの予想外だった。

知らなかった。どの住人相手にもまだ距離があると思っていたけど、もう気になり始めている人がいたなんて。


誘いを蹴った夏目君? あまり話したことのない冬木先輩? 同学年の秋山君? 再び顔を合わせる機会が増えた祐成? 大穴で、一見受け入れてるように見えた春さんだったり?


一体誰がみーちゃんの心をとらえたの?


「だ、誰?!」


あまりのドキドキ感に、みーちゃんに問いかける声が震えてしまった。


「―――ち、違うよ! そんなんじゃないから!!」

「み、」

「果歩ちゃんの勘違い! あと、今日はもうおしまい! はい、おやすみなさい!!」

「え、みーちゃん? ちょっ……!」


我に返ったみーちゃんが大声で叫びつつわたわたと私を追いたてる。勢いよく押されに押され、私は部屋の外に転がり出た。

バタンッ!と勢いよくしまった扉を見つめ、こみ上げてくる衝動を必死の思いでかみ殺した。


遂にみーちゃんに春がきた……っ!!


みーちゃんの部屋の前、正座して諸手を挙げて万歳三唱する私を見つけた冬木先輩がぎょっと飛びのいた。通りかかった夏目君が笑いをこらえてお腹を抱えた。心配した春さんが私の額に手を伸ばし「熱いな」と呟いた後は強制的に部屋へと連行されていた。


その日の夜にみた夢は、花弁が舞い白鳩が飛ぶ、最高にキラキラしい夢だった。


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