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「冬木先輩。あれ、予備校は?」


リビングに顔を出した冬木先輩の黒髪が姿勢を戻した拍子に柔らかく揺れる。無難な髪型なのに妙に洒落て見えるのは顔が小さいせいだろう。顔立ちは端正だけど普段から口を引きしめていることが多い上目力が強いので、少し怖い印象を抱かれがちな人だ。それでも剣道経験者故の真っ直ぐ伸びた背すじときりっと引締った雰囲気は十分女の子の目を引きつける。

今頃は予備校で受験勉強に専念している筈の相手に驚く私に、先輩がふぅと短い息を吐く。


「教室のエアコンがトラブった。図書館も席がとれなかったから帰ってきたんだ」

「えっ災難ですね。じゃあ家で勉強するんですね。音大丈夫ですか?煩かったらリビングのテレビ消しますよ」

「いい、ちょっと休憩する。今別の皿持ってくるから待ってろ」


トレーいっぱいに並べた餃子を確認し、隣の皮とくっついたら致命的だと呟く冬木先輩。持ってきてくれた大きめのトレーに更にクッキングペーパーを敷いてくれるあたりが非常にマメだ。くっついたら羽つきにしたらいいじゃないと思ってしまう私とは正反対で感心する。


「先輩ってA型ですか?」

「まあ、それ以外だと思われたことはないな」


他にも手際よくスプーンと水を準備して私の隣に座り込む。キッチンにいった際手も洗ってきたんだろう、気付けば当たり前のように並んで餃子を包み始めた。ついでに麦茶を入れたコップが二つ机の上に乗せられた。しかもストロー付きとかどんな配慮だ。


「わ、嬉しー。ありがとうございます」


冷たい喉越しが嬉しくて、にこりと笑ってから気がついた。


「……って何手伝ってくれちゃってるんですか!ここはいいから一息ついたら勉強してくださいよ!」

「もちろんやる。でもこんな餃子の山見たらさすがに手伝うだろ」

「先輩が世話焼き長男だってことは知ってます。けど、うちにきたのはお家のことや下の弟妹の面倒やらで受験に集中できないのが理由じゃないですか。ここで手を出したら意味ないですよ」

「……いいだろ、たまには」

「その台詞、私この間も聞いた気がします」

「うるさい、いいから手を動かせ」


えー逃げたよこの人。

先輩は子供みたいにふいと顔を背けて餃子づくりに集中するフリをする。こうなるとテコでも動かないので、結局私が諦めた。どちらにしても譲らないなら、さっさと餃子を包み終えてしまえばいいのだ。私の手が空きさえすれば先輩も心おきなく勉強に集中できる。先輩は実家で日頃から家事や何かをしていたという話だし、実のところこうした手伝いは息抜きの範疇なのかもしれないけれど。私はせっせと餃子を包むスピードをあげた。



現在、みーちゃんを除いた菠薐の住人は全部で四人。何れも男性で、社会人になったばかりの春さん、大学生の夏目君、高三の冬木先輩、高一の秋山君。朝食に限ってのみ、これに隣家の幼馴染、高二の祐成が食卓に加わる。

前世のみーちゃんは同じくらいの年頃の子供に馴染みがなく、病院の先生や年上の入院患者といった余裕のある優しい男性に憧れていたのでヒーローは殆どが年上だ。唯一同い年の秋山君は人一倍落ち着いた性格にしていたはず。

実際の彼らをすべて把握しているわけではないけれど、年齢や外見は想定通りだし、それぞれの性格も大体近いと思っている。勿論細かい違和感はあるけど、彼らが実際に生きていることを思えばさほど重要視することではないと思う。

それより今重要なのは、彼らとみーちゃんとのまるで進展しない関係だ。

考えてみると、作業しながらとはいえ忙しい先輩と二人だけで込み入った話ができる機会というのも珍しいかも。


「……先輩、最近みーちゃんとはどうですか?」

「は?どうって?」


あれ、なんか変な訊き方したな。


内心慌てるけれどうまい代替案が浮かばないあたり裏工作に向いてない。出来ればみーちゃんを好きになって欲しいのだけど、真正直に言うのもおかしいし。だけど、会話をさりげなく誘導するのは私には難しいのだ。これまでにやらかした失敗が浮かんで哀しくなる。怪訝な表情になる先輩にかぶりを振って、私は困った顔で問いかけた。


「みーちゃんは越してきたの一番最後だったし、一人だけ女の子だから、ちゃんと皆と馴染めてるかなと思って」

「ああ、なるほど。……そういう意味だと悪い、今のところ俺はあまり交流がないからよくわからん」

「えっ、三ヵ月も経ってるのに?」


予想外の言葉に私は目を見開いた。


「高校も俺一人だけ違うしな。朝は補習で早いし、帰りは予備校で遅いし、すれ違うっても夜くらいしかないだろ。彼女が遅い時間に一人でリビングにいるのは見たことないし。居たとしても相原が一緒で、そうすると相原と話すことのが多いだろ」


驚いて振り向いた私に先輩がひとつ頷き返す。

恋愛どころかそもそもの接点がないとか、一つ屋根の下に住んでいるのにあっていいのか。私ですら先輩と話す機会はあるぞ。


「ええー、だって私、二人を置いて途中で下に降りたりしてますよね?」

「そうするとそのまま上も解散になることが多いな」

「そうなんですか?!」

「ああ。相原は朝食や弁当作りで早く起きるし、夜食もらう時にも会うからそんなに接点ない気がしないけどな」

「じゃ、じゃあ掃除当番は?共同エリアは順番ですよね?」

「俺は受験で休みの日でも家にいないことが多くて掃除機かけるにしてもタイミングが難しいから、担当は男エリアだけにしてもらってる。というか、今のところ女性エリア使ってるのは一人だけだから、リビングやなんかは男で担当してるはずだ」

「えぇっ、あ、でもそうか……それは気付かなかった」


確かに、そうでなければみーちゃんの負担分だけが多くなる。担当エリアに対して人数が多い男性が共有部分を担当しているということだ。


「それに彼女、一見頼りなげに見えるけど、結構しっかりしてるだろ。甘えていい相手とそうでない相手をきっちりわけてる。幼馴染とは気軽に話すけど、他にはそれなりに一線ひいてる。兄と妹に挟まれた姉って感じの、特定の相手であれば甘えることもできるし他へのフォローも上手にできる、所謂手がかからないタイプだな。俺からすると多少放っておいても安心して任せられるところが好ましい」

「えええっそんな放っておかないでくださいよ!そして先輩の兄貴目線はどんだけですか!あと残念ですがみーちゃんは一人っ子です!」

「……安心しろ、お前みたいなタイプは気付くと暴走してるから目を離すのが恐ろしい」

「屈辱です! いや、私のことはどうでもよくて!だって先輩、みーちゃんとっても可愛いでしょう?!」

「は?」


いきなり変わった話題に先輩が目を白黒させる。

姉として、みーちゃんはしっかりしてると評されたことは嬉しい。けれど先輩相手に放っておかれたら恋が育つ気がしない。少なくとも、目を離してばかりはいられないのだと意識してもらわないと致命的な気がして焦ってしまう。


「顔は可愛いし髪はふわふわで女子力高いし、性格だって素直で礼儀正しくて甘え上手で、もー私可愛くってたまりません!!」

「……そ、そうか」


私は顔をひきつらせる先輩に真剣に言い募る。頷いてはいるけどこの人絶対わかってない。もどかしさを持て余して訴える声に力が入る。


「私みーちゃんが大好きなんです」

「あー、はいはい、わかったわかった」

「適当にあしらわないでください先輩っ私はみーちゃんに絶対幸せになってもらいたいんです!」

「ええと、……つまり何が言いたいんだ?」

「みーちゃんがうちの住人の誰かと恋人同士になったら全力で応援する所存だということです」

「……はあ?!」


こほん、と咳払いした後の私の告白に、冬木先輩が目を剥いた。

先輩には、自分もみーちゃんに甘えてもらえるような存在になりたいと思ってもらいたいので簡明直截に告げてみた。


「いやお前、何がどうしてそうなった?!」

「みーちゃんの保護者として信頼できる人とおつきあいしてもらいたいんです。絶対幸せにしてくれるって人じゃないと安心して任せられないから」

「理屈はわかるが、それで何でうちの住人限定なんだ?春川さんなんかどれだけ歳離れてると思ってる?大体、本人の気持ちはどこいったんだ」

「年齢なんて数年もすれば問題になりませんよ。それに私、今ここに住んでる人達は皆素敵だから、誰を好きになってもおかしくないと思うんです」

「いや、それはお前が思ってるだけで、彼女が言ってるわけじゃないんだろ?それに住人側の気持ちもあるだろ」

「うちの住人が素敵だなんてことは世間一般の認識ですよ。それに、みーちゃんを好きにならない男性はいません」


断言する私に先輩は絶句する。こめかみに手を当て頭が痛いというポーズの先輩。

いや、確かに先輩には理解し難い理屈かもしれないけど、そういうものだということは動かないのだ。


「……相原はそれでいいのか?」


やがて大きな溜息を吐きながら、問いかけてくる先輩に、私は深く頷いた。


「みーちゃんとられるのは寂しいけど、幸せになるなら文句は言いません」

「そういう意味じゃない……」


きっぱり言い切る私に先輩が疲れたように項垂れる。

その後、ふと思いついたようにこちらにじっと目線を向けた。


「なんですか?」


何かを探るような眼差しが珍しくて首を傾げる。


「……相原からみて、今ここに住んでる奴らはいい男なのか」

「え?……それはまあ。皆優しいし、きっとみーちゃんを大切にしてくれると思いますから」

「俺のことも? 言っておくが、外見がとかいったら唇抓むぞ」

「何ですか急に」

「そこまでいうお前がどれだけのことをわかってるのかと思って」


なるほどテストというわけか。一頻り頷いて私は口を開いた。


「確かに先輩の外見は魅力的ですけど、それを超えてより素敵なのは世話焼きで情に篤いところだと思います。だいぶ細かいしだいぶ口煩いけど気遣いは抜群だし一度懐に入れた相手に対しては凄く大切にするでしょう?みーちゃんはしっかりもしてますけどつい頑張り過ぎる面もあるんです。お兄ちゃん気質な先輩ならその辺に対する気配りに信頼がおけます。みーちゃんが先輩にも甘えられるようになったら、可愛くてたまらんという私の気持ちがわかると思います」


寄り添う二人の姿を分析しつつ真顔で返した。

結構良いと思うんだこの二人。先輩はちょっと頑固兄貴みたいなところがあるけど、素直なみーちゃんにだけは意固地な態度はとれなかったり。みーちゃんもみーちゃんで、フォロー上手な先輩に頼りがいを感じたりで、お互いに必要としあえる仲になるんだ。あれ、なんかかなり良い感じ?


ふと気付くと、先輩がまじまじ私の顔を見ていた。

睨めっこじゃあるまいし、目力の強いイケメンがあまり真剣な顔で視線を固定しないでほしい。ちょっとむっとするけど、これも試験の一環だ。私の本気を伝えるべく真っ直ぐ見つめ返したら、すっと先輩の手が伸びた。


―――そしていきなり、額をぺしっと叩かれた。


「……なんなんですか」

「つい……すまん」


あれだけ凝視していた先輩なのに、急にふいと顔を背けて黙り込む。別に痛かったわけじゃないけど納得いかない。結局合格したの?してないの?


「……もうっ手伝ってくださってありがとうございました。全部包み終わったので先輩は勉強してきてください!」


わけがわからない先輩の反応に、私はふんっと顔を背けてがちゃがちゃ道具を片付け始めた。こちらの会話を余所にキッチンで楽しげに盛り上がってる母らに向かって終了を報告したら、さらっと追加依頼が返ってきた。


「ありがと、焼きと茹でもよろしくね」

「えええ?!」


次いで人の顔を見てぶふっと噴き出す母。急に何だと訝しむと、後ろから先輩の声が追いかけた。


「勢いよく突っ走るのはいいけど、たぶん色々見落としてるから気を付けろ」

「は?どういう……」

「果歩ちゃん、おでこが真っ白なのよ」


眉根を寄せた私に笑いをこらえた美佐江さんが答えをくれた。


腹を立てた私はその日一日先輩と口をきかないことに決めた。

微妙におろおろするみーちゃんが可愛くて抱きしめたら先輩との仲直りをお願いされた。仕方ないので翌日には赦してあげたけど、先輩はもっとみーちゃんに感謝すべきだと思う。

どうにもわかってなさげな先輩の様子にむっとしたので、私は先輩の夕飯のスープにたっぷりこしょうをかけて報復しやった。ちなみに目論見外れて先輩の元に行くはずのスープが夏目君に渡ったのは不可抗力だったと主張したい。

ぐりぐりされたこめかみがとてつもなく痛かった。

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