としよりのひやみず
「はようこんとお前の分なぞ残してやらんぞ。皆で食べた鍋と一緒じゃ」
「残り物には福があるってな。おいしいとこはいただくさ」
実にいいかげんな会話をしながら歳不相応に軽やかな足取りの老人と
歳不相応にだるそうに佇む若者の二人は、別れたのである。
「ほっほっほ。おじいさんは芝刈りに、、、といったところじゃな」
なんとも不適な笑みを浮かべて言ったもんである。
散歩にでも行くようなつもりなのか後ろ手に組んだままほいほいと近づいていく。
「芝の代わりにいったい何を刈る気なんだ」と綜嗣は思ったが、あえて口には出さなかった。
「すいませんのう、ちいと中を見せてもらうわけにはいかんかのぅ」
「・・・・」
「・・・・」
船体を港に繋いでいる梯子には、先ほどの黒服男が二人、仁王像よろしくたっているのだが。
「のう、兄さんら。じじいの後生じゃ。物見遊山に見せてはもらええんかのぅ」
「・・・・・」
「・・・・・」
前を見たまま一瞥もよこさない。
通ろうとすれば二人して行く手をさえぎり、引けばまたもとの位置。
これをかれこれ十数分繰り返し、頭をかいた。
「ほんにまぁ、頭も体も口も堅い人らじゃのう。
冗談みたいに岩のような人らじゃ。
存在自体冗談にせんでも顔で十分笑えように。
それでは嫁ももらえんて」
ピクッ。
一瞬動いたようだったが先ほどと変わらず前を向いている。
いや、少々額に血管が浮いたように見えるのは錯覚だったかもしれない。
「OH~、DOしましたノカ?ゴルゥジン~」
明らかに間違った外人のイメージを地で行くような耳障りな声が聞こえる。
船の上のほうから男たちと似たような黒い服に身を包んだ男が現れる。
先刻からいる門番男(×2)と比べて違うところといえば、、、
その男はいかにも貧弱であったが、階級章のようなものを右胸につけていた。
よく見れば男の後ろにはさらに数人の門番男(類似品)がいたのである。
「どうもこうしたもないさね。後生じゃから中を見せてくれというのに この兄さんらはうんともすんとも言わんのじゃ。
あんたは怪しげだがしゃべられるようじゃのぅ。どうじゃ、中を見せてくれんかのう」
「オオオゥ~、ゴルゥジン申し訳なかとYO!
一般のピーポーは中には入れない約束事アルね。
Doかニンニンしてかえってござれマス」
「いろいろまざっとってなにがなんだかわからんが、 いわんとしたことはわかった」
「おおぅぅ~、ゴルゥジン、話が早くて助け船~。とっとこ帰るヨロシ」
「いやじゃ」
「断られました~。But、無理なもんは無理難題」
「碧眼金髪の割りに妙な四字熟語をしっとるな」
「そりゃ、勉強してますから」
「何じゃおぬし普通にしゃべれるではないか」
「オオゥ、ワタクシメとしたらばこっとが、何たるSHITい!かくなるUPはあなたのその体に蓄えた妙なものを見せてもらいましょうかねえ」
「ほ?これはこれはあなどりすぎたかの? まさかおぬしの様な珍妙なヤツに見抜かれるとはのう。
老いにはかてんとはよくいったもんじゃのう」
反省しているようなのは言葉だけで、実に楽しそうな面持ちである。
「ふん、倭の異能者か。単なる異能ごときでは我らには勝てんよ。
さぁ、祝福されし戦士よ、力を解き放て!」
ウオオオォォ!
門番男(複数形)が答えるように唸る。
光が辺りを包んだと思うと男らの影は先ほどとは明らかに変わり
羽の生えた異形の使徒となっていた。
「ひーふーみのよ、と。ふむ。
総勢11人の天使軍か。しかも異能の中でも稀な融合者とはのう。
全力を引き出せるのは融合者だけといわれておるからのう」
「ふん。余裕ですな。この私もいるというのに。」
そういうと貧弱男も光を帯びていく。
それは先ほどのそれとは違い、より輝く翼を持っていた。
「大天使」
「よくご存知で。ご自分の死が受け入れられましたかな?
一人でハーモニクサー(融合者)の天使11人はつらいでしょう。
よしんば倒せたとしても、私は彼らすべてを優に凌ぐ力を持っています。
あなたの体の下に隠しているものは何か知りませんが、もはや関係ありません。
神の慈悲にひざまずき、そして死になさい」
「ほっほ。よしんば、ときたか。いまどき若者でも使わんがね。成る程勉強しとるわい。
勉強ついでに聞いていけ。
わしは別に隠しとらんよ。おぬしらがきちんとみとらんだけじゃ」
いいながら老人の体は陽炎のように揺らめき、揺らめくたびに一人、また一人増えていく。
増えた老人は天使の軍を囲むように、周りをまわりはじめる。
「幻術ですか?その程度では我らの攻げ・・・」
「まぁ、最後まで聞いていけ。
わしの体はいくつに見える?
わしの体はなににみえる?
わしの体はどこにある?
答えてみせい、天使ども!」
そういうと9つに増えた老人は一斉に印を組む。
『臨むる兵、闘う者、皆陣烈れて前に在り!』
『降魔舎法、一の陣!』
叫ぶと同時に円陣の中心、天使軍の目の前に巨大な門が現れる。
「なにぃ!これは?!!」
「どうじゃビックリじゃろう。これからもっとビックリせい!」
『開門!!』
ギシィィィィィィィィィィイイイイイイイ!!
ひどい軋みをたてながら巨大な門は開いていく。
「昔から、人ならざるものを裁くのは地獄の閻魔と相場が決まっておるもんじゃ。
ほれ、わしに仇なすバカどもよ。永劫地獄で苦しむがよい」
開いた門からは何か分からぬ巨大な手が現れていた。
門は、高さは優に6mはあり、横も5mはありそうな正方形に近い形であったが、
その口から現れた腕は二の腕ほども見えていなかった。
刹那。刹那である。その腕が動いたかと思えば天使たちは捕まっている。
「ギィィィィ!!」
とても天使とは思えない声を上げながら、腕に抗うこともできず門に消えていく天使たち。
そのまま門が閉まると元の通りに門は消えていく。
それを片腕になりながら、大天使は見詰めていた。
「あ、危なかった・・・。腕一本もっては行かれたが・・・。貴様いったい何者だ?!」
「ふん、死にに行くのに相手の名前も知らんというのは可哀想か。
手向けに一つおしえてやろうかのう。」
『倭に異能の家系あり。
産土に、見初められしはその家系。
もって狐狗狸と放たれん』
「な、なにを・・・?」
「のう、異国の若人よ。
我ら倭の国ではな。言の葉を話すというのじゃよ。
話すというのは元々は矢を『放つ』と同じ語源からきておる。
言の葉を、言の刃を、言の破を、我らの国は放つのじゃ。
神代の時代より継がれし我が家の名、身をもって知るがよいぞ。
貴様らのあの船に隠してある女子は我らの同胞。
貴様らに渡すことなぞ、断じてない。
その魂に刻んでおけ。
我が名は 狸皇 宗雅。
貴様を食い殺す産土の皇の一人よ!」
その姿は先ほどまでの好々爺ではもはや、ない。
四肢を大地に付け、むき出す歯はまさに肉を引きちぎるためにある。
巨大な狸の姿のそれは小鳥を喰らうが如く、喰い尽くしていった。