たぬきといぬのおまつり
いまだ夜の帳はあけることもなく、佇んでいた。
ピィーーーー!
遠くに聞こえる汽笛の音に男たちは反応し、お互いの顔を見て笑う。
「さぁて、久々のお仕事ってヤツだ。いっちょ気合入れますか!」
「やれやれじゃわい。こんなおいぼれをひっぱりだして、何をするかと思えば・・・。
誘拐の片棒を担げとはのう。この貸しは大きいぞぃ、綜嗣やい」
「へっ!ほっといても死ぬだけのじじぃに生きがいを与えてやろうって言ってんだよ。
感謝こそすれ、貸しなんていわれる筋合いはねーよ」
孫と祖父とも見える二人は、決してそのようなほほえましい会話をすることなく笑っている。
とても誘拐犯には見えない、明るい笑いだった。
綜嗣と呼ばれた青年。24,5歳だろうか。
人懐こい笑みを常にたたえるその顔は二つの特徴がある。
顔の左側を隠すように方まで伸びた髪がかかっている。
その左目。
本来眼球があるはずの眼窩には、青く光る宝石が眠っていた。
タリスマン。
魂の結晶といわれ、高密度の魔力の結晶体とも言われている。
博物館や国際規模の研究所にしか存在しないといわれ一個買うのに国が傾くといわれる高級品である。
しかしそれも普通は小指の先程度の物であるはずだ。
彼のそれは、眼窩にきっちり収まっている。
まるでそこにあるのが当然といった趣のそれは、義眼そのものの大きさであり、
彼にとってはまさしく義眼そのものでもあった。
いまひとり。
小奇麗な服装をし、好々爺然としたその老人は、いまだ背筋すら曲がっていない。
小柄に見えるがそのゆったりとした着物のような服は、彼の肉体のすべてを隠すためにあるようなものだった。
「じじい、そろそろだ。予定通り頼むぜ?」
「わかっとるよ。わしを誰だとおもっとるんじゃ?」
「心配なのはやり過ぎないかって方だ!こっちは手間がかかるんだ。
相手がじじいの時間稼ぎできるなんてかんがえてもねえよ」
「ほっほ、ようわかっとるのう!」
「おいおい!わかっとるのうじゃねよ!頼むぜ、じじい・・・。」
「まかしとけぃ!今回はちいとわしも頭にきとるでな!」
「おう。お嬢ちゃん、返してやんないとな」
ピィィィーー!!
何度目かの汽笛の音を聞きながら、
二人はゆっくり近づいてきた黒い船を見つめていた。
黒船。
船自体に名前はきっとあるのだろう。
しかしながら異国の言葉で書かれたそれは単なる記号に過ぎず、
この国では何をも現すことに成功していなかった。
この国の名は倭。
八百万の神々が住まい、人々に恵みを与える国。
野山が謳い、人はそれを聞いて季節の恵みをいただくのだ。、
そしてそれは多種多様の神を権現させる。
しかしながら近年、海を渡りいくつかの国が倭に訪れた。
それはまさしく貿易のためでもあったが、別のものも入り込んだ。
『異国の神』
まさに怒涛の勢いであった。
それまで八百万の神々を奉っていた神社は異国の神々により蹂躙された。
異国の神々はそれぞれ勢力を持っており、特に
『仏』と呼ばれる集団と『絶対神』と呼ばれる唯一無二の存在に従う集団との
2種の集団が恐るべき力を持っていた。
神とは存在するものである。
人が権現させる奇跡であり、力である。
しかしそれは誰にでもできるものではなく、極限られた人間がそれを可能にするのである。
倭ではそうした人は村や町に必ず一人はおり、大きな町になれば
偉いものに取り入ってうまい汁を吸おうという偽者や本物がしのぎを削っている。
そしてそうした人々のなかにも、異国の神に取り入り、新たな力を得たものもいるのだ。
『仏』を信じることにより、六道すなはち、
地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道の六つの世界から力を借りる。
大物になると、それぞれの世界を支配する『六観音』といわれるものの
力をも操るものがいるそうだ。
また、『絶対神』を信じるものもいる。
絶対神に祈りをささげ、その御使いの力を借りるのである。
同じく大物ではその御使いそのものになれるものもいるという。
また、『絶対神』に反逆した『堕天の者』がいるとも聞く。
『権現する神、仏の力は人の思いに比例する。』
それらの力を呼び出すとき、それに比例する代償がある。
その呼び出すものの『魂』とか『精神』といわれるようなものである。
それらを総称して『意志力』と呼び、そのものがいかなるものか、
そしてそれを神に示し、認められた者だけがより大きな力を使えるのである。
思いの強さが、そのまま権現するものの強さになるのである。
こうした奇跡の権現から、多くの国はそれぞれの守護神をもち、
仏閣、神社、教会といったそれぞれの宗教を推し進めていたのである。
そしてその権現させる人種のもつ力がそのまま国の強さとなっていた。
如何に強き者を味方につけるか、それが国が求める最大の目的だったのである。