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どうにかなるだろ

作者: 竹仲法順

     *

 俺も常日頃会社のフロアに詰めて、仕事をしていたのだが、いつも思っている。「どうにかなるだろ」と。今後の事を考えすぎても仕方ない。未来は予測不可能だからだ。いくら会社で課長職にいたとしても、先は見えない。適当にやっていることもあった。ずっとパソコンのキーを叩き続けているのだが、日々ほとんど変化はない。

「藤谷君、ちょっといいかな?」

 営業部のトップである部長の原岡に呼ばれたので、

「はい」

 と言って席を立ち、すぐに部長席の前へと行く。原岡が椅子に座り、コーヒーを一口飲んでから、

「君のいる販促課は大丈夫なのかね?」

 と訊いてきた。一瞬意味が分からなかったので、

「大丈夫……と申されますと?」

 と訊き返した。原岡が、

「あのね、社内でもいろんなデータがあるんだ。私もオンライン化された分は全部目を通してる。販促課が一番成績が悪いんだよ。君、課長だろ?今の状況を全く分かってないのかい?」

 と言われる。俺も言い返しようがなかったので、

「ええ、まあ……」

 と言葉尻を曖昧にした。原岡が一呼吸置き、

「――あまり私を心配させないでくれよ。君だって首切られたりすると大変だろ?」

 と言って俺を脅す。昔からこの男はそうだ。何かと部下を恫喝するような言動を繰り返す。俺も知っていた。原岡には楯突かない方がいいと。人事部の人間とも何かと仲がいいからだ。相当警戒している。一礼してデスクへと歩き出す。椅子に座って、スタンバイ状態だったパソコンで作業を続けた。原岡も脅すのは上手いのだが、俺の方としてもどうにかなるだろうなと思っている。

     *

「藤谷課長」

「何?」

「今年の販促課の成績はやっぱし悪いですね。どうしたものですか?」

「私も分からんよ。でも君なんか最前線にいるんだから、分かるだろ?」

「まあ、そうですが……」

 部下で係長の松浪がそう言ったのだが、言われた方の俺としてもどうしようもない。こればかりは捉えようがないからだ。ずっと松浪が指摘するたびに、俺の胃は痛む。さすがに疲れてしまっていた。だが弱音は吐けない。松浪にいったん喋るのを止めさせ、

「松浪君、後日、飯でも食いに行かないか?俺も課長として食事を奢るぐらいの金は持ってる。さすがに金に換えがたい以前のような若さはないがね」

 と言った。松波が笑顔を見せて、自分のデスクへと戻り、パソコンのキーを叩き始める。彼もしんどいようだった。俺もずっと課長席に座り、マシーンを使っていろんなものを作る。社自体がそう大きくはない。所詮、地方の一企業だ。中堅の商社としてある程度儲けは出ているのだが、社員同士が協力し合ってやっと動いている。その程度なのだった。

 街はクリスマス前とあってか、あちこちでイルミネーションツリーが飾ってある。夜間通ると、ライトアップされていた。もう年末なのだし、何かと冷え込む。俺も出社時と退社時はコートを羽織っていた。黒いロングコートで、この季節は欠かせない。スマホを取り出して、恋人の美奈子に連絡を入れる。

     *

 しばらく呼び出し音が鳴り続けた後、

「はい」

 と言う声が聞こえてきた。

 ――ああ、俺。聡史(さとし)。今どこ?

「会社出たところよ。どうしたの?」

 ――いや。無性に君の声が聞きたくなってね。

「聡史も結構単純ね。あたしもそういった点は憎めないって思うわ」

 ――まあ、別に俺の方は気にしてないんだけど。

 思わず笑ってしまう。ずっと会社に詰めていると、こうやってアフターワークの息抜きが大切になってくるのだ。美奈子が、

「また週末会いましょ。あたしもゆっくりしたいから」

 と言って電話越しに元気な感じでいる。さすがにあまり落ち込んでもいられないと思い、

 ――ああ、分かった。君も出勤したときはしっかり仕事しなよ。また連絡ちょうだい。待ってるから。じゃあね。

 と言って電話を切る。美奈子も俺とは馬が合った。いつも朝晩二度のメールは欠かさない。気持ちは一緒だ。スマホをスーツのポケットに仕舞い込み、自宅マンションまで歩き続けた。社と自宅の往復はいつも徒歩だ。歩いて十五分ほどである。遅刻することはない。街の目抜き通りの裏手に自宅マンションがあった。

     *

 帰宅してすぐにアルコールフリーのビールをきっちり一缶飲む。さすがに仕事のしんどさは、この一本で癒される。慣れているのだった。ずっと仕事が続くのだが、極力疲労を抱え込まない。食事と入浴を済ませてしまったら夜の報道番組を見て、ベッドで眠る。夜中は自宅前の車道も人や車がそう多く通るわけじゃない。気にならなかった。雑音の類は部屋に静かなクラシック音楽を掛けて解消する。

 美奈子は同じ街にいて、俺の部屋からでも余裕で行ける。会社に行く感覚とまるで同じだった。休みの日は部屋まで歩いていき、訪問する。逆に彼女が俺の部屋に来ることもあった。別に気にならない。互いに一緒の街に住んでいて、不自然な感じはないからだ。

 美奈子は会社の女性社員で、普通に働く三十代だったが、元々都内の美大に在学していて画家志望だった。俺も初めて会った時、それを聞かされて知ったのである。画才がないと思ったのだろうか、四年生の前期までに全ての単位を取り終わり、卒業制作を提出してしまった後、今の会社に就職してきた。今から十年以上前の話である。

 当時は語学が出来て、パソコンを一通り使えれば、就職できた時代だった。俺も同世代で、就活する際にいろいろと悩んでいたこともある。果たしてこの会社でいいのかとか、教授からの推薦状が必要なのかなど……。言い出したらキリがないのだが、それが現実だった。そして今の会社の内定を取り、十年以上同じ水を飲み続けているのである。

 俺も元々勉強をあまりせずに大学まで行った。少なくとも同じ学部学科の人間よりも勉強不足だったのは否めない。中学・高校と部活ばかりで、一般試験じゃなくて推薦で大学に入った。そこで四年間腰を据えて、経済学を勉強したのである。全く知識がないまま、学問をしてみて改めて思った。「これは深いな」と。

 大学に入った後は勉強以外の時間を読書に充て、パソコンは大学主催のパソコン教室で教えてもらい、使い方を覚えた。学費を払っているので、当然ながら元を取る形でしっかりとやっていたのである。パソコンを使えるようになるまでは、提出するレポートなどは全部手書きしていた。今じゃ考えられない。手書きなどほとんどしないからだ。

 ゆっくりと会社員生活を送り続けていた。焦らず弛まずと言った感じで、である。ずっと頑張ってきた。もちろん合間で適当に息抜きしながら、だ。俺も入社してすぐにいろんなことを覚えた。研修期間があり、必要なことは全て叩き込まれたのである。確かに入社時はまだパソコンが古かったのだし、今使っているマシーンもOSは以前のものだ。

     *

 美奈子と会ったのは七年前の二〇〇五年八月である。俺もあのときはまだ二十代だったし、バリバリやっていた。街のカフェで偶然出会ったのである。たまたま相席になって。互いにコーヒーを飲みながら話をしたのをきっかけに付き合い始めた。比較的ゆっくりとした感じでカフェにいたのを鮮明に覚えている。

 あれから俺たちは休日会うようになった。別に違和感はなかったのである。ずっと同じ感覚で交際し続けた。互いのケータイの番号やメールアドレスなどを交換し合って、である。俺もあのときはある程度余裕があって、お互いのいろんなことが気にならなかった。相手があってこその人間関係であるのには間違いなかったのだし……。

 最初、夜を共にしたのはその年の九月だった。残暑がやけに厳しかったのを覚えている。俺の方が彼女の部屋に行き、同じベッドで性交しながら愛し合った。ゆっくりとした感じで体を重ね合ったのは、今でも記憶の奥底に焼き付いている。性交が終わって美奈子が、

「喉渇いたでしょ?今、冷えたミネラルウオーター持ってくるから」

 と言い、冷蔵庫へと向かう。そしてボトルを二本持ってきて、片方を俺に手渡す。

「ああ、ありがとう」

 一言礼を言ってキャップを捻り開け、ゆっくりと呷り始めた。部屋に冷房が利いてなくて、蒸し暑かったことが未だ脳裏にある。それから互いに一日二回メールし合うようになり、付き合いが続いた。それからずっと彼女と一緒にいる。美奈子は絵の方は完全に諦めたようで、持っていた絵の具や筆、キャンバスなどは処分していた。金輪際描くことはないと言っている。

     *

 その週の週末も俺たちは一緒に過ごした。彼女の部屋で、である。何気ない感じなのだが、別にいいと思っていた。共にゆっくり出来る時間がありさえすれば、それで構わないのだ。普段はずっとパソコンに向かっているのだから、しんどい。だがそれを癒してくれるのが美奈子だ。俺も休みはずっと彼女と一緒にいた。互いに気心が知れているので構わないのだ。俺も美奈子には心を許すのだし、彼女だって俺に対し、遠慮なくいろいろ言う。お互い様なのだった。七年も一緒にいれば、馴れ合いだって生じるだろう。

「君もずっと会社員だからきついだろ?」

「ええ。……心配事もかなりあるわよ。三十代に入って、いろいろ増えたわ」

「そんなにあるのかい?」

「うん。だって人間だから」

 美奈子もストレートに言ってくる。俺も販促課の課長で松浪たち部下の管理を任されているから、幾分きつさはあるのだ。ゆっくりする間は週末や休日しかない。それにこの冬という季節は何かと寄り添い合える。互いに距離が近くなるのだ。何も言わなくても心が通じ合うのが俺たちのような大人の恋人同士で、違和感はなかった。

     *

「聡史」

「何?」

「寂しい時はいつでもスマホに電話かメールしてきてね。あたしもなるだけ相手するから」

「うん。……君も普段は働き詰めだろ?」

「まあね。でも大丈夫よ。あたしなんか肩書も何もない平の事務員なんだから」

 彼女がそう言って笑い出す。俺も釣られて笑った。今のこの空気はすっかり馴れ合いになっている。具に感じ取れた。

「俺だってそうだよ。肩書なんて言ってもね、所詮は課のトップってだけで、何かあった場合、責任取らされることはあるけど、そう大きなことはないから」

「そう?あたしから見たら、あなたはとても重責だと思うけど」

「いや、大丈夫。慣れちゃってるから」

 俺も一言言えば済むのだ。確かに人間は腹蔵なくものを言えるのが一番いい。その相手が美奈子なのだった。ずっと言いたいことを溜め込んでいるとまずい。適度にガス抜きしていた。週末はゆっくりと過ごす。一緒の空間で。

     *

 日曜日が終われば、また新たな週に入る。毎週毎週、同じことの繰り返しだったが、仕方なかった。まあ、別に気に留めることもなく時間は過ぎ去っていくのだけれど……。彼女も同じようだ。似た者同士だからこそ惹かれ合う面もある。俺もそう思っていたのだし、美奈子も同様だった。単にいる会社が違うだけで、やっていることはそう変わらない。課長でも平の事務員でも、社の最前線にいる以上、やることは事務的なものが多く、淡々としている。

 スマホにメールが入ってくると、嬉しい。俺も一人の生身の人間だから、彼女がメールしてくれると素直に喜べる。いつも即レスしていたのだし、返信が来れば再度打ち返す。うちの社は業務時間中でもケータイやスマホの使用は黙認されていた。公私問わず、である。俺も仕事の合間に暇があればなるだけゆっくりしていた。社内に設置してある休憩室などでコーヒーを飲みながら……。

 時代は変わっている。少なくとも俺の入社時よりも、だ。そして仕事は絶えず続く。美奈子とは週末や休みの日に会う関係がずっと続いていた。仕事がたくさんあるから、普通の日は休めない。ただ俺も思い続けていた。「どうにかなるだろ」と。なるだけ気を楽に持ち、目の前の仕事に励む。

 彼女の部屋で休日会った時は変わらず、体を重ね合っていた。愛があれば、それに越したことはないのだ。ゆっくりと抱き合い、行為が終わった後、バスルームへ向かう。入浴して、体に浮いていた脂などを洗い落とした。そして入浴後、冷えたアルコールフリーのビールをもらい、きっちり一缶飲むのだ。何も特別なことはない。今をしっかりと生きることに変わりはなかった。互いに愛情があるのは分かっていたのだから……。

 夜は冷え込むので、一緒のベッドにいるときも毛布類を体に掛ける。俺も美奈子の自宅に泊ることが何度もあった。比較的ゆっくりとした感じで過ごせる。別に抵抗なく。これが俺たちの恋愛であり、愛情の表れなのだった。これからもずっと続いていくだろう。互いに愛し合う気持ちにウソ偽りはないのだから……。

                          (了)



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