「修行の日々」
だいぶ疲れていたのか、亜紀が目を覚ましたのはもう昼頃だった。
すっきり……とまではいかないが、だいぶぐっすりと眠れたため亜紀の体調は良かった。
ちらっと周りをみてみると当然と言えば当然か、フェンリルの姿は無い。
しばらく亜紀がぼーっとしていると、扉をノックする音が聞こえて来た。
「はい?」
亜紀が扉の方を見ると、昨日案内してくれたであろうウサギがいた。
ウサギは亜紀が起きている事を確認すると亜紀に一礼し、その手に持っていたものを亜紀に差し出した。
どうやら服らしく、それをおとなしく受け取る。
「これ、着てええん?」
亜紀がそう尋ねると、ウサギはこくりと頷いた。
せっかくなので着てみる事にした亜紀は、ひとまずベッドから降りた。
渡された服を広げてみると、RPGで村人が着ているような服だった。
しかもスカートではなくズボン。
何故?と亜紀は思ったが、文句を言える立場でもないので大人しく着る事にした。
亜紀が着替え終えた事を確認したウサギは、亜紀の手を取り部屋の外へと促した。
「え、何?着いて来いって?」
突然の事に驚いた亜紀は、戸惑いながらもウサギに問いかけた。
ウサギがそれに頷いたので、亜紀は着いて行く事にした。
そして、ウサギに連れて来られた所は大食堂らしく、多くの動物で賑わっていた。
どんな物を食べているのか気になって周りを見て見ると、野菜や木の実ばかりで肉類は無かった。
(まぁ、仲間は食べれんわな……)
亜紀がそんな事を思っていると、食堂の中でも一際豪華な席に案内された。
「よく眠れましたか?」
そこにはエンドドラゴンが座っていた。
側にはフェンリルもいる。
「ええ。だいぶ寝坊してしもて……」
ここまで遅いのは珍しかったが、それほど疲れていたのだろうと亜紀は思った。
「とりあえず、食事にしませんか?肉類はあいにくお出し出来ませんが……」
「あ、いえ……気にせんでください」
何となく肉類が出ない理由が予想出来るので、亜紀はそんなに気にしていなかった。
そして、エンドドラゴンの向かい側に座る。
すると、直ぐに亜紀の元へ料理が運ばれて来た。
(なんか申し訳ないなぁ……)
待たせてはいけない、と亜紀が食堂に入って来た瞬間から準備していたのだろう。
亜紀は申し訳ない気持ちになった。
しかし、持って来た動物がニコニコしているので、特に気にしない事にした。
置かれた料理を見てみると、野菜たっぷりのスープにグラタン、そして焼きたてであろうパンが二つ。
どれも美味しそうだった。
半日……いや、もっと長い時間何もお腹に入れていなかったので、亜紀はもうお腹がペコペコだった。
少し気分が浮上するのを感じながら、亜紀は食べる事にした。
「いただきます」
いつものように手を合わせて言うと、不思議そうな目をしてエンドドラゴンとフェンリルが亜紀を見ていた。
「……何か?」
何故そんな目をするのかわからなかったので、亜紀は恐る恐る聞いてみた。
「先程のものは……いったい何の儀式なのですか?」
興味津々……とまでは言わないが気にはなるようで、エンドドラゴンが聞いてきた。
まさか、どこかでよくあるような質問をされるとは。
そういえばここは異世界だった、と亜紀は思った。
「あー、えっと、これは食べ物とかに感謝するっていうので、儀式みたいな仰々しいのとは違うのんです」
「成る程……食べ物に感謝、ですか。素晴らしいですね」
ニコリと微笑んで、エンドドラゴンも早速亜紀の真似をした。
それを眺めながら亜紀は食事を始める事にした。
まず、野菜たっぷりのスープから口にしてみる。
一口すすると、口の中に野菜の旨味が広がり、今まで食べたものとは違う味わいだった。
「美味しい……」
思わず口に出てしまった。
「それは良かった。私達の味覚に合わせているので、貴女の口に合わなければどうしようかと思っていたのです」
安心したようにエンドドラゴンはほっとした。
特に味の違和感は感じ無かったし、味付け自体亜紀の好みだったので、味覚に種族の違いは関係無いようだ。
それからも穏やかに時間が過ぎ、亜紀は出された料理を全て平らげた。
「ところで……アキはこれからどうなさるおつもりですか?」
食後にのんびりとお茶を飲んでいると、エンドドラゴンが亜紀に尋ねてきた。
「?」
「アキさえ良ければ私からこの世界の事を教えようと思っているのですが……」
「あー、それはありがたいです。ただ、今先にちょっとやらんといかん事があって……」
どれだけ時間が掛かるかわからないが、肉体的強化の制御をマスターしておく事が亜紀にとっての最優先だった。
エンドドラゴンの申し出は有り難いのだが、あまり迷惑をかける事が出来ない。
亜紀がそう思っていると、今までじっとしていたフェンリルが喋った。
『有り難く受けておけ。ここを出たとしても、お主が森から出られる保証は無い。我が共にいても、残念ながら我は人型になる事は出来ない。お主の事を細かく面倒を見れないが、ここでこの世界の事を学びながら生活する術を身に付けた方が、お主が役目を行うためにも効率的だろう』
確かに、狼の姿のままで出来る事は少ないだろう。
亜紀自身も、全くの無知の状態で森に出る事がどれほど危険な事か、なんとなくではあるがわかっている。
エンドドラゴンが期待に満ちた目で見つめてくる。
「えっと、じゃあ……お世話になります」
亜紀は肉体的強化の制御に慣れるまで、と期限をつけてエンドドラゴンの元で過ごす事にした。
「この世界は、五つの大国と三十五の小国からなります。今、我々が居るこの竜の森は、五つの大国の中でも上位に位置するアルデルセスにあります。アルデルセスは、リーグナーの中でも有数の魔法国家で、最大級の魔法ギルドも有しています」
エンドドラゴンの元に滞在する事にした亜紀は、エンドドラゴンからリーグナーの事を聞く傍ら、肉体的強化の制御をしていた。
「魔法ギルド?」
漫画や小説、ゲームによくあるようなものなのだろうか。
亜紀が疑問に思いながら聞く。
「ええ。何か困った事があれば魔法ギルドに依頼し、成功すれば報酬が発生します。依頼には難易度によってランク付けされ、ランクによっては無料で依頼する事が出来るんですよ?」
ますます漫画や小説の知識通りである。
自分のちょっとした知識があって良かった、と亜紀は思った。
「成る程…ん?」
ふと、亜紀はある事に気付いた。
「そういえば、エンドドラゴンさんは何でそんなに詳しいんですか?」
イメージとして、ずっとここに籠りきりというのがあったので、亜紀には不思議だった。
「私は、このリーグナーの光と闇を司っています。という事は、光と闇の元で起きた事…つまり、人の営みは全て私にもわかるという訳です」
「?それって一日中っていう事ですか?」
「ええ、簡単に言えば。まぁ、普段は入って来ないようにしていますがね」
常に情報が入って来る状態というのは亜紀にはわからない。
わからないが、それはエンドドラゴンとはいえ辛いものなのだろう。
「さて、今はこれぐらいにしておきます。アキもそちらに集中したいでしょうし」
エンドドラゴンの言葉を有り難く受け、亜紀はひとまず肉体的強化の制御に集中する事にした。
精神を集中させ、肉体的強化の段階を少しだけ引き上げてみる。
そして、事前に魔法で出した石を摘まんでみた。
すると…。
パキッと石が砕け散った。
「やり過ぎたか…」
微妙な魔力の配分が中々難しい。
それでも、なんとなくコツは掴めたので後何度か繰り返せば要領を得るだろう。
ふと亜紀が気が付くと、エンドドラゴンがじっと暖かい眼差しで見ていた。
「えっと…何か?」
一旦止め、エンドドラゴンに尋ねる。
「いえ、そろそろ夕食なので呼びに来たのですが、アキが頑張っていたので声を掛けずらくて。しばらくアキの修行を見せてもらいました」
「えっ」
それほど時間が経っているとは思わなかった。
しかもエンドドラゴンに修行の様子を見られていたとは恥ずかしい。