「神様の言う事にゃ」
その日もいつものように家事手伝いという名のニート生活を満喫していた亜紀は、時間も深夜という事もあり大きなあくびをし、いそいそと布団に潜り込んだ。
迫り来る眠気に抗う事すらせず眠りに入る亜紀。
「おーい、起きろー」
誰かに呼ばれる声によって目を開ければ、亜紀の顔の真ん前には不思議と顔が認識出来ない男がいた。
「うわっ!」
若干どころか明らかに女らしく無い驚きの声をあげる亜紀など構わず、男はニコニコしながら(顔の上半分だけ認識出来ないようで、口元は笑っているのがわかった)こう言った。
「ちょっと世界を救ってくれない?」
まるでおつかいを頼むかのように。
「は?あの…?」
上手く頭が働かない亜紀は、混乱して男の言葉が理解出来ない。
亜紀の戸惑いを感じたのかはわからないが、男は更に言葉を続けた。
「まぁ、簡単に説明すると君の良く知ってる最強主人公みたいな感じでさ。君にある世界を救って欲しいんだよ」
「え?」
亜紀の知識としてそうした最強主人公(おそらくチートも含む)というのは何かに秀でている。
頭脳だったり運動神経だったり、或いはオタク知識だったり。
しかし、亜紀にはそのようなものは全く無い。
至って平均的な能力しか無かった。
そんな自分が世界を救う……。
正直、もっと良さそうな人物は沢山居る。
そういう人間に頼めば良い。
そもそも、何故こんな不思議な夢を見てしまったのか…。
自分にこんな願望があったとは…。
「うん、夢じゃないから戻って来ようか」
亜紀が軽く現実逃避していた事に気付いたらしい。
「さ、ちょっと詳しく説明するから座って座って」
そう言って、男は亜紀を起こした。
亜紀が座り、話を聞く準備が出来た事を確認すると、男は再び話し出した。
「まず、何故君が選ばれたのか。さっき君は自分は平均的な能力しかない、と思ってたけどそれは違う。君は“色んな世界で最強になれる”能力があるんだ」
男……神が言うには、亜紀は色んな世界と波調が合い、それぞれの世界から色んな能力を授けて貰う事が出来るそうだ。
しかし、自分の住むこの世界では特に何も無い。
それを神に聞くと……
「う~ん…だって、君はいずれ他の世界飛ぶんだから、そんなのいらないかなと思ってさ。あげなくて良いって言っちゃった!」
全く悪気の無い感じで言われると腹が立つ。
そしてプロローグの最後に至る訳だが……。
神は何故亜紀が不機嫌なのか、わからないらしい。
これ以上神に何かを言っても無駄だと本能的に悟った亜紀は、とにかく話を進める事を優先した。
「いずれってどういう事?それに…“色んな世界で最強になれる”てどういう意味?」
その、訳のわからない能力を持っていたとして、だからといって信じられる訳がない。
「ほら、世界には沢山最強主人公の話とかチート主人公の話があるじゃん?それって実際にそれぞれの世界で本当に起こった事なんだ。それをたまたま波調があった人間が物語として書いてるだけ。これだけならよくある話で何の問題も無い。でも、中には最強主人公が世界を滅ぼしちゃったりする話もあるんだ」
最強主人公だって色々あってその選択をしたのだろう。
自分には関係ない事だが。
「こっちとしては、そういう仕事は俺みたいな神がしなきゃいけないんだ。神以外が世界を滅ぼすとその世界は二度と甦らないんだよ。中にはそうやって世界を滅ぼして渡る最強主人公もいてね。被害が拡大するばかりなんだ」
その最強主人公はいったい何の目的でそんな事をしているのか。
話から察するに、そいつがこの先亜紀に関わって来そうな気がした。
「まぁ、そいつは結局他の最強主人公が倒したんだけどね」
「…で、そいつとうちが“世界から色んな能力貰う”んと何か関係あるんな?」
倒したんかいっ!とツッコミそうになった亜紀だが、ここで突っ込んでも話が進まないと直感したため諦めた。
「うん。そいつが倒される前、そいつを倒す存在が必要だって話になってね。で、特に普通に生活する分には何の秀でた能力の無い、でも色んな世界と波調が合うっていう能力を持つ、まだ赤ちゃんの君を見つけたんだけど、赤ちゃんはさすがに無いだろってなって。君がそれなりの人生を送ってそいつの二の舞にならないように待ってた訳。そしたらそいつが倒されてさ。あれ、必要無くなったね、ってなったんだ」
もう、亜紀は呆れるしか無かった。
しかし、まだ話には続きがあるようで我慢して耐える。
ぶっちゃけ、さっさと解放して欲しいのだ。
この空間から。
「でも、問題が起きた。そいつが世界を滅ぼした影響で、他の世界にも破滅の予兆が現れたんだ。その、ほとんどの世界には世界の危機を救うような存在がいない。そこで、君の出番だ」
じっと亜紀を見つめる神。
「…つまり、予兆が出て来よる世界の救世主みたいな事せぇって事?」
はっきりとは顔を認識出来ないが、神が真剣な事は伝わって来る。
「そう。そのために、色んな世界と波調の合う君に、君が望む能力を授けてくれって世界にお願いしたんだ」
と、ここで一つ亜紀に疑問が浮かんだ。
「あの…。世界が滅亡していくっぽいんやったら、そんな能力とか授けれんのちゃう?」
「ああ、基本的には身体能力の向上とか魔法が使えるように、とか簡単なものだよ。他の難しいの…例えば、不老不死とかは俺の管轄。今回、君には沢山世界を回って貰わなきゃいけないからね。君が望む能力は必要になれば随時授ける。もう、元の世界に戻れない君への餞別でもあるしね」
「は?」
今、神は何と言った?
「元の世界に帰れんって…?」
「?言葉通りだよ?」
「何で…」
「色んな世界を回るんだけど、世界と世界の時間の流れが違う。君が元の世界に戻ったとして、君の家族が生きている可能性はまず無い。それに、君が回る世界はどんどん増え続けている。戻る暇すら無いよ」
なんて迷惑な事をしてくれたんだ、と亜紀は既に倒された最強主人公を恨んだ。
というか、自分が世界を滅ぼす最強主人公よりも質の悪い存在になる可能性とか考えなかったのだろうか、と神を見ながら思った。
ある意味……というか確実に一番哀れな巻き込まれである。
「さて、じゃあそろそろ行ってもらおうかな。こうしてる間もどんどん増えてる訳だし。大丈夫。最初だからわかりやすいファンタジーの世界に行ってもらうから」
そう言って神が手を振り、それと共に亜紀の下に穴が出来た。
「えっ?」
亜紀の身に起こる浮遊感。
落下していく自分。
にこやかにこちらに手を振る神。
それが、亜紀が意識を失う前に最後に認識した事だった。