試験2
「受験番号44番、リングへ」
その言葉を聞き、やっとか。と、伸びをしてリングへ向かうスヴェンに、シャロンが声をかける。
「兄さん、ほどほどにね」
スヴェンは肩を軽く上下させ、首だけをシャロンに向けた。
「さあな、それは相手次第だ」
それだけ言って、スヴェンは冷たく頑丈な鉄柵の中へと向かう。その光景を目にする全ての者がざわめきを抑えられなかった。
「おい、あいつ本気か?」
「はっ、子供がこんな試験受けに来るなんざ、死にに来たようなもんだな」
他の受験者達はスヴェン等のことを笑いながら言いたい放題言っている。スヴェンはそれらを完全無視し、すたすたとリングへと上がっていった。
準備万端で相手を待つスヴェンに、試験官が一声かける。
「44番、本当にいいんだな?」
試験官にまでそんなことを言われ、スヴェンは少し苛立った。
「いいからここにいるんだろ。早く始めろよ、暇でしょうがない」
上から目線のスヴェンから試験官は目をそらし、伏せた。
「…では、対戦相手を――」
その言葉がかかったと同時に、鉄柵の中にある扉から一人の男が姿を現した。対戦相手である男は、スキンヘッドで大柄、獲物は斧。対するスヴェンの獲物は、自身の背丈ほどもある大剣だ。彼は背負っていたそれを軽々と引き抜く。その動きは、重量感を全く感じさせなかった。
スヴェンは大剣の切先を囚人へと向ける。
「始めに言っておく、降参するなら今しかないぞ」
この言葉に、囚人はもちろん、リングを取り囲む受験者たちも一斉に吹き出した。
「馬鹿が、誰がお前みたいなガキに殺られるかよっ!」
スヴェンは憐れみを込めた目で囚人を一瞥し、呆れ気味に言った。
「あ、そう。じゃ、今後一切降参は認めない」
「いいぜ。だが、こっちも降参は認めねえぞ?」
スヴェンはニヤリと不敵に笑う。
「ああ」
二人の会話が終わったのを見計らって、試験官が合図をする。
「――では、試合開始」
合図とともに、囚人は斧を大きく振りかぶってスヴェンに襲いかかった。スヴェンはそれをヒラリと後ろへ飛びのき、回避する。先程スヴェンがいた場所は、豪快にえぐられていた。
その後も、スヴェンは相手の攻撃をかわすばかり。
「はっ!!さっきまでの威勢はどうしたっ!?避けてばかりじゃ勝てねーぞっ」
調子づく囚人をスヴェンは鼻で笑う。
「俺が手を出したら、早く勝負が着いちまうだろ。それじゃ暇潰しになんねえよ」
囚人は額に青筋を立てた。
「ガキがっ!ふざけたこと言いやがって…俺がさっさと決着つけてやるよ!」
囚人は斧を力任せに地面へ叩きつけ、えぐられたリングの破片がスヴェンへと飛び散る。スヴェンは片腕で顔面を破片から庇った。しかし、同時に何か大きなものが彼に接近していた。腕を退けた先に見えたのは一直線にこちらへ飛んでくる斧だった。このままではスヴェンの体は真っ二つにされるだろう。
この時、誰もが彼の死を予感した。
だが、この瞬間スヴェンは笑っていたのだ。そして、それに気付いたのは微笑んで見ていたシャロンだけだった。
スヴェンは飛んできた斧の柄を大剣とは逆の手で掴み、そのまま体ごと一回転し、遠心力を利用して囚人に投げ返す。
「――っな!?」
囚人は予想だにしていなかった展開に、体がうまく動かせず、左腕を見事に失った。
「ぎあああああああああっっ!!!」
あまりの痛さに、囚人は地面に這いつくばってのた打ち回る。黄ばんだ白色のリングが、囚人の左腕を中心にどす黒い赤色へと変化していった。
ガガガガッ…――
スヴェンはわざとらしく大剣を引きずって、うずくまる囚人へゆっくりと歩んで行く。大剣の奏でる不協和音は、まるで囚人へのレクイエムのように感ぜられた。
「まさか、もう終わりじゃないだろ?」
笑って言うスヴェンとは反対に、囚人はすでに戦意をを完全に消失していた。
「ま、参ったッ!…降参だ…頼む、見逃してくれッ!死ぬのだけは嫌だッ……――」
「何言ってんだよ。約束したはずだろ?降参は認めないって。俺、約束は絶対守る派なんだよね」
そう言って、スヴェンは表情を崩さずに大剣を振り下ろす。
びしゃっと音を立てて、二本の足が宙を舞った。
「――!?ぎいああああああああっっ!!!」
もがき苦しむ囚人を憐れむどころか、満面の笑みを顔に讃え、スヴェンはうずくまる囚人の目の前に屈みこんだ。
「それと、嘘つきは嫌いなんだ。だからこれは約束を破った罰」
両足を失った囚人は、それでもスヴェンから逃れようと、残された右手だけで地面を這う。
相手のあまりの反撃の無さに、スヴェンは白けた顔をする。
「つまんね」
そう言って、スヴェンは目にも止まらぬ速さで大剣を横へ払った。
囚人の首からは、噴水のごとく赤い液体が溢れだしている。司令塔を失った体はドシャリと地面へ崩れていった。
しばらく試合会場全体に沈黙が広がった。
「試験官、早くジャッジしろよ」
スヴェンにそう言われ、はっと試験官は我に返った。
「…44番の勝利――」
試験官が言い終わる前に、スヴェンはすでにリングを降りていた。シャロンの所へ向かうスヴェンの周りには一切障害物がなかった。皆スヴェンに恐怖心を抱き、道を開けていたのだ。
「おかえり。おめでと、兄さん」
シャロンは帰還した兄へ笑みを向けた。弟の言葉にスヴェンは渋い顔をする。
「別に、勝つのは分かってたし」
「まあね、とりあえず言っただけだよ」
「あっそ、てか次お前の番だろ。さっさと行ってこいよ」
シャロンは軽く肩を上下させた。
「言われなくても、行ってくるよ」
シャロンはニコリと兄に笑いかけ、リングへ向かった。