試験1
賑やかな都市部から、遠く離れた辺境の地。ここは一般に言う田舎だ。しかし、穏やかな雰囲気は一切ない。あるのは、ただ殺伐とした冷たい空気だけ。
それもその筈。ここは、罪人を収容する監獄なのだから。それも、死刑が決定している囚人ばかりがいる処。こんな場所に近づく者などいないのが普通だ。
しかし、今日だけは違う。監獄の門番のもとには、わりと多くの訪問者が訪れていた。そして、その誰もが死刑囚と見間違えるほどの、殺気を放っている。
そんな奴らが訪れる中、あまりにも場違いな人物が二人、混ざっていた。
その二人は見るからに14・5歳の少年で、金髪碧眼の全く同じ顔をしていた。門番が、まさかこんな処で迷子にでもなったのかと不思議に思っていると、少年達が近付きて来た。
やや目付きのキツイ方が門番に訊ねる。
「おい、ここが『オルトロス』の試験会場か?」
少年は何故か苛立っていた。
相手の態度に門番はピクリと眉を動かす。
「…そうだが、ガキがこんなところに何の用だ」
「試験受けにきたに決まってんだろ。じゃなきゃ、こんなくさったとこになんか来ねえよ」
少年は心底嫌な表情で吐き捨てる。
少年の言葉に、門番は呆れた口調で言った。
「話にならん、さっさと帰れ。ここはガキの遊び場じゃねんだ」
「試験受けにきたっつってんだろ…」
少年はそう言って、強引に門を突き進もうと歩き出した。それを止めようと、門番は横を通り過ぎる少年の腕を掴む。
「おい、貴様――」
「…離せ」
少年は抑揚のない声色で、瞳だけを門番に向ける。殺気に満ちたその目は、門番の体温をも下げた。門番は、蛇に睨まれた蛙のように、ビクリと全身を震わせて固まってしまった。
「殺すぞ」
続いてのとどめの一言で、門番は素直に少年の腕からゆっくりと手を離す。
彼は感じたのだ。今の少年の言葉が嘘ではないことを。
(――こいつ、何て目をしやがる…この目は、やばい。これは躊躇なく命を奪う目だ)
固まっている門番に、もう一人の少年が話しかける。
「すいません。兄は短気でして…でも、試験を受けに来たのは本当です。通してもらえますか?」
こちらは正反対に、とても柔和な表情と口調だった。
「ああ、行け…」
門番はやや放心に近い状態で答えた。
「ありがとうございます」
恐らく、弟であろう少年は丁寧にお辞儀をして、さっさと行ってしまった兄を追いかける。
醜い監獄に向かう少年二人の背を見て、門番は思う。
――あの棲さまじい殺気、一体あの歳でどんな地獄を経験したのか…。
「今年の試験は荒れそうだな…」
門番は、のどかと言うべきか、殺伐と言うべきか、うまく言い表せない空を見上げ、深く息をを吐いた。
◇◇ ◇◇
――ギイイっ……
滑りの悪くなった重たい扉を開けた先には、これまた重々しい空気が漂っていた。
おそらく、自分達と同じく試験を受けに来たのだろう。いかにも危ない雰囲気のオッサンばかりが集結している。
オッサンの塊の向こう側には、鉄柵に囲まれたリングらしきものがある。
なんとなく、これから行われる試験内容が何なのか、分かってしまった。少しげんなりして溜息を吐く兄、スヴェン・アルフォード。隣では、周囲からの痛々しいほどの視線をものともしない様子で微笑む弟、シャロン・アルフォード。
彼らを含め、総勢48名の前に三人の試験官らしき人物が姿を現す。続いて、真ん中の中年男が一歩前へ踏み出した。
「これより、『オルトロス』加入試験を開始する。今回の合格者は4名までとし、必ずしも4名全枠が埋まるとは限らないということを肝に銘じておけ。また、ここにいる全員の実力が見合わないとこちらが判断した場合は、今回の合格者はなしとする。何か異論のある者はいるか?」
試験官は品定めをするような目で48名を見渡し、再び説明を続けた。
「――では、次に試験方法について説明する。試験はいたって単純だ。これから一名ずつ、この前にあるリングの中へ入ってもらい、囚人と戦ってもらう。相手を殺すか、参ったと言わせれば勝ちとなり、また、自分が降参、死んだ場合は負けとなる。負けた者はその時点で不合格。勝ち進み、残った4名が晴れて『オルトロス』に入ることを許される」
試験官から「死」の言葉を聞いて、集団からざわめきが聞こえ始めた。
「…それでは、これからナンバープレートを各自配布する。その番号が今回の受験番号だ。番号を呼ばれた者からリングへ進むように。では改めて、これより試験を開始する。……皆の健闘を祈る」
そう言って、試験官たちは各々の定位置へつき、「では、1番の者リングへ」と言った。
受験番号1番のマッチョな男は自信満々にリングへと上がり、対戦相手を待つ。石の扉が重たい音を立て、徐々に開いていった。すると、扉の向こうから現れたのは、真っ赤に染まったのこぎりを片手に持った囚人だった。殺気丸出しの囚人を見て、リングを見る外野達はゴクリと喉を鳴らして唾を飲んだ。
「…駄目だな、あいつ」
スヴェンは欠伸をし、眠そうな顔で言った。
そんな兄にシャロンはリングへ憐れみの目を向けつつ答える。
「兄さん。可哀想だから言ってあげないで。本人はやる気満々なんだから…」
「可哀想?自分の実力も図らずここへ来たあいつが悪い。見ろ、あの顔。未だに自分が勝つと思ってやがる」
そう言って、スヴェンはリングに立つマッチョ男を顎で指した。
確かに、余裕の笑みを顔に讃えている。
「――始め」
試験官が合図をし、ようやく試験が始まった。第1試合、かかった時間はたったの1分。当然、勝ったのは囚人。受験番号1番は、はやくも不合格。死体は迅速にかたずけられ、リングは綺麗になっていた。
スヴェンは44番、シャロンは45番。二人の出番まではまだまだ時間がかかるようだ。
余りある時間を、スヴェンは退屈そうに過ごしている――。