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日常 地域 こんなことあんなことそんなこと

ゆびをけがして

作者: 池畑瑠七
掲載日:2026/03/16

 あっ!


 やっちゃった・・・・・・・(-"-;A ...


 活きのいい水菜に出逢った。安くなったなあ~そういえばこの春、初だ。

「連れて帰って~」透明なパック袋のなかとても窮屈そうにしている元気な水菜が、語り掛けてくる。

 洗うの面倒だけど…せっかくだからいつものサラダに乗っけようかな。

 一袋、連れ帰った。


 丁寧に洗って水を切りまな板の上に並べる。春の原っぱに茂る野草みたいに、先端までツンツンに伸びた濃い緑の葉っぱ達は一層、元気モリモリだ。


 ザクザク、いつも通りに切り分ける。


 ざく。


 あっ…


 やば。


 やっちまった……。


 ワシャワシャと茂った水菜、その葉っぱの陰に隠れてしまってた左手親指の先端も、爪ごと葉っぱと一緒に切り離されてしまった……


 痛さよりも驚きで一瞬血の気が引く。


 ヤバい止血止血…!流血が始まる前に咄嗟にティッシュを被せてギューッと圧迫。

 頭の高さまで手を上げ絆創膏を取りに走る。とりあえず3枚の耐水絆創膏できつくきつく巻き上げ、止血した。


 少ししてからズキズキ痛みがやって来る。でも、思ったほど流血してないみたいだ…どの程度の傷かよく見てないけど、何とかなるかなあ…?

 痛さをこらえつつ、時折襲ってくるクラクラを「大丈夫大丈夫」と自分に言い聞かせながら、きっと翌朝には血も止まってるだろう…と根拠なく淡い期待。


 残りの水菜を片手で洗い直し何とか切り終えると、タッパーに押し込む。見えないようにしたい気持ちが何処かにあって、せっかく買い求めた新鮮な水菜だったがその晩は使わず、早々に冷蔵庫へ仕舞いこんだ。



 お風呂を済ませていたのは幸い。しかし寝る前に一度、絆創膏を貼り替えなきゃしようがない…。あれから3時間位は経ってるし、どうやら止まってるみたいだしな。

 傷が軽い事を期待して、恐る恐る、剥がすと。


 ありゃりゃ…予想以上の出血で、また頭がクラクラ。こりゃ、絆創膏でどうにかできるもんじゃなさそう…(;´д`)

 家族の強い勧めもあり、あさイチでかかりつけのお医者さんに診て頂く事を決めた。

 そしてその晩は新しい軍手をはめ、手を高く掲げたまま就寝した。…のだが。夜中、痛みで度々目が覚めてしまった。

 そして迎えた朝。出血も痛みも止む気配が無く、絆創膏剥がすのも怖くて夜の軍手のまま、医院へと駆け込んだのだった。



 状態を診て頂くと、思ったより傷は深かった。かつ、削ぎ落とし縫合も無理だったため、止血用の特殊な溶けるガーゼってやつで処置してもらって、抗菌薬と痛み止めの頓服が処方された。

 そして2日後に再度通院を、との指示だった。

 負傷したのが利き手と逆だったのは不幸中の幸いと言えるのだが、さてこれから治癒迄の間をどうやって乗り切るか…。


 当初は添え木をして包帯グルグル。でも年度末で爆発状態の仕事を休むわけにもいかない。つい先日産後のお手伝いに連休を貰ったばかりでもあるし。

 明日はとにかく、やれることをちょっとでもやって殺到するオーダーを少しずつでも捌いていくしかないなあ…。

 とはいえ添え木に包帯では仕事にならないので外して、包帯の上にゴム手袋で作業に当たることにした。


 実は以前右手薬指の手甲骨を骨折して、1.5カ月ほどギプス生活をしたことがあった。

 その時も今と同じ仕事に携わっていたので、当時の経験から今回の降って湧いた不測の事態に、頭の中では「ああやって、こうやって…こうすれば何とかなるかなあ…」とシュミレーションをしながら出勤したのだが。


 いざ仕事を始めてみると、やっぱり想像とは勝手が全く違った。勿論ギプスで利き手を覆われていた時よりはまだマシ、と言えるのだがあの時は手甲以外は使う事が出来る形のギプスだったため、指先は全部がフリーだった。不便を強く感じつつも、手先を使う事で振動が骨の早期再生に繋がるとの指導で、それを支えにギプス生活を乗り切ったのだった。


 今回は、利き手の相棒としての左手その要の親指が、全く使えない状態。

 モロモロの作業が上手く運ばず、騙し騙し他の指でサポートしながら進めるのだが通常の3倍くらい、優に時間も手間も掛かってしまう。

 遅れた分にどんどん積み重なっていく急ぎの年度末注文。今更ジタバタ足掻いてみたところでどうにもなりはしないんだけど、どうしても気が急きジリジリと焦りが募っていく。


 やっぱり滅茶クソ忙しい仕事仲間に「ごめんね!」と申し訳ない思いで手伝って貰いながら、ひとつひとつの作業にお腹に力を入れては、湧き上がる焦りと痛さを飲み込みつつ潰していく日々。

 処置と処方薬のお陰で1日2日3日と痛み自体は徐々に収まっていったけど、家事・仕事に限らず何か一つ動作をやるごとに、いつも当たり前に動かしていた左手親指というたった一つのパーツが使えないことに、大変な不便を感じた。いつも不自由を感じずに使えていたのが、なんとありがたい事だったか……。


 ありとあらゆる手指を使う作業。その動作何れもが、親指ってものに非常にウェイトがあるということを一瞬一瞬痛感させられるばかりだ。

 特に、掴む。つまむ。に関しての困難が顕著だった。


 スティックコーヒーパックの口を切るとき。道具の要らないイージーオープンなのに、切り取ることができない。口を切るのは右手だけど、力のかかるパックの口元を支え持つのは左手だからだ。諦めて鋏で切る。

 お守りにしてるネックレスを付け外しするとき。いつもは何も考えず首の後ろで指先感覚でかけ外ししてるのだが、口金のメス側をホールドできずいつまで頑張っても輪に掛けられない…。

 針・糸や布を扱う縫製関係である仕事のみならず、日々の炊事、洗濯、掃除、着替え、風呂、洗面化粧、運転、買い物…困らない事が、まるでないのだった。


 そして痛みと不自由さで凹みつつ、その使えない不便さの斯様にも大きい事を知って、親指が「親」ゆびであることの凄さを改めて認識したことも。

 指先って頭脳そのものであり、特に親指のありようは人間の進化ってやつの要だったんじゃないか?なんて思い始めた。


 何と言っても、他の4本と向かい合うことが出来る「位置の絶妙さ」が、すごい。向かい合う指を使ってモノがしっかりと掴めるってことの、何と便利なことだろう!

 物を(ツール)を持ち、それを極めて自在に微細に操れることと、人類の脳が発達してきたことはきっと無関係ではないんだろうなあ!


 鶏が先か卵が先かわかんないけど長い進化の歴史の中で、親指がそんな形に生まれてきたヤツが上手にそれを活かすようになって生き残り、DNAが引き継がれてきたのかな!

 なあんて、進化論なんて学校でちょびっと聞きかじった知識以上の事はまるで知らないんだけど、当時教科書に載ってた進化ツリーなんかを頭ん中に思い描いたりして、勝手にうんうんと納得したり。



 だいぶ昔になるけど、子供達と一緒の活動で近隣の山や野に遊びに行くとよく、野生動物の足跡を見かけることがあった。

 街中からは大分離れていたから、犬猫のよりキツネや狸、兎、しか、イノシシ、鳥、とかが多かった。


 川岸や湖岸、山あいの田畑の畔や未舗装ハイキング路の道脇。点々と続くナニカの足跡を見つけると「あー!足跡だあ!」と心が躍った。

 駆け寄ってはしげしげと観察、持ち主をあーだこーだと想像しながら指差し子供達と跡を辿り。

 何匹いたんだろうね、親子?ついたばかりだね!こっちは消えかかってるから古いね。水飲みにきてたのかな、ここがいつもの水場なのかな!?


 それぞれに特徴が異なり、指(肉球)と爪が生態に適合する形に発達してるわけだけど、足跡を見ると、今はそこに居ないけど彼らがリアルにここで生きてるんだ、ってことが体温もって実感出来る感じがして、教本と照らし合わせ「これは○○のだ!」なんてゲーム感覚で調べるのが、とても面白かった。 

 包帯グルグル巻きで動かすことのできない親指を眺めて、そんなことを思い出す。


 蹄が発達した奴は、大型の草食哺乳類。指よりも爪が強くなり速く遠くへと走ることに特化して、厳しい生存競争を生き残ってきたんだろうな。

 鋭い爪の四つ足のやつは、速く走ること&獲物を捕らえることに優位性が生まれて、地面を踏むのにクッションになる立派な肉球と鋭い爪に。

 猿とか人間とかの霊長類ってやつは、物を掴める指が発達したことが進化の競争をかいくぐるキーになっていったのかなあ……。


 ここにきてちょっと、いつものようにググってみた。霊長類の親指とは、なんぞや?

鈎爪かぎづめ平爪ひらづめに変化し、指には指紋がある。手足は枝を掴むために進化し、親指が他の4指と向かい合う「母指対向性」を持つ』とあった。

 ふーん、母指対向性っていうんだ!特別な呼び名が付いてるってことは、やっぱこの親指の向きって人間にとって凄い重要な事なんだね。


 そうか、鋭い鉤の爪から進化してこの平たい爪になっていったのか。

 樹上生活できると外敵から身を守りやすいうえ、高い所に生ってる果実を取ったりも容易だから、生存メリットつよつよだ。

 でもカギ爪だと細かい作業をするには引っ掛かって具合が悪い。掴む、っていう作業で力が掛かる指先を支え且つ保護するために平たい爪の方が具合が良い訳なんだー。

 そういうことかあー。


 今回不覚にもこの大事なパーツの一部を削ぎ落してしまうまで、親指が使えることも爪がある事もあまりに当たり前すぎて、進化とか有用性とかそこまで突き詰めて考えてみたことなんて無かった。


 生物である故に限界は当然あるんだけども、この傷ついた細胞を自ら治癒再生する力が生命ってモノに宿ってること、ホントに凄いなあー。無機物だと一度壊れたらそれまでで、傷を塞ぎ元に戻る自然治癒とかってありえないんだもんなあ。


 この世に生まれ出でた命の凄く沢山のものにこの再生システムが当たり前のように備わっている事。それを延々と何億年も引き継いできていること。

 確かに、途轍もなく凄い奇跡だよなあ、なんとありがたく何と不思議でよく出来たシステムか…とつくづく思ってしまう、今回の怪我だった。



 ここ2週間近く、義母の介護用に買い置きしてあったニトリル手袋が滅茶苦茶役立ち、ずっと手放せない毎日を送って来たけども。やっと昨日あたりから防水絆創膏と軟膏で過ごせるようになって来た。

 青い顔で駆け込んだ朝の医院で「大丈夫、ちゃんと生えてきますよー」

「栄養と休息十分に取って、早く生えてくる(笑)ように。再出血や化膿しないようなるべく安静にしてね、保護してあげてくださいねー」

優しく励まし手当して下さった看護師さん達や先生。てきぱきした処置とにっこりあたたかな心強い笑顔が、しみじみ思い出される。


 ありがとうございました。

 ちゃんと、失くした組織も仰るように無事また、生まれてきました。

 爪が再び指先をしっかりとカバーしてくれるまでは、あと少し。

 自由に使える指、健康ってものの有難味をぎゅーっと噛みしめながら、次が無いように気をつけて大事に、頑張ります。


 お店では あの時よりも更に活きが良く至極瑞々しい水菜が「おいでおいで~僕ら食べ頃だよ~!」と毎日のように手招きしてくるんだけど、まだちょっと…手に取る勇気がない私である。(^_^;)))









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