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第5話(前編)神々の加護と人の疑念「時の狭間」

村の広場は、昨夜の戦いを忘れさせるほど華やかに飾られていた。

二つの月明かりに踊る闇影の襲撃、迷子の捜索、そして旧教会跡地での幻影との邂逅。

杉本がこの村を訪れて、わずか二日の間に三度の戦闘を経験していた。


村の復興と戦いの傷跡を癒すため、激励を兼ねた祝勝会が連日行われていたが、

その間中断されていた祝福の祭事が、三日目にようやく再開された。


木製の屋台には収穫の実りがずらりと並び、小さな提灯が夕暮れ空を暖かく照らす。

澄江が織った魔除けの紋様が風に揺らめき、村人たちは笑顔を取り戻していた。


大森剛志の背後には、小高い祭壇が設えられている。

村長が振る舞い酒を掲げながら、口火を切った。


「今宵は我らの守護者、英雄“使途”十二柱を祝おう!」


村長の祝儀の言葉に誘われ、村人たちは発狂するかのような歓声を上げ、

盛大に祝福の祭事が開会された。

広場の周囲を、十二の英雄を象った人型の像を抱えた祭服姿の人々が、

両手で慎重に運びながらゆっくりと行進してくる。

それぞれの装飾には村ごとに伝わる紋章が施されており、

その佇まいには不思議な統率感があった。


ある程度の予想はしていたが、昨日の旧教会跡地でアバター実験場を発見した件を村長に報告すると、

「ふぉふぉ、廃屋の探索は楽しめましたかの?」と、

催し物の一つとして曲解されたのか、軽く聞き流されてしまった。


「英雄の配置は完了した!」


突然、背後から低い声が響き、誰ともなく顔を見合わせる。

声の主──祭壇の脇にぽつりと立つ青年がいた。

黄金色に輝く黄昏時の陽光を背に受けたその横顔は若々しく、

どこか見覚えのある面影があった。


「長……瀬…?」


杉本真也の胸に、あの夜の記憶が甦る。

赤羽駅前で異臭に倒れた男、長瀬良治。

彼は陰影に攫われ、行方不明になっていたはずだった。


「久しいな、杉本。君も神の使徒に選ばれたのか?」


貫くような冷たい声が杉本の耳に響く。

青年はゆっくりとこちらを見つめ、仮面のような薄い笑みを浮かべた。


澄江が眉を寄せ、杖の光で青年を照らすと、ヴンと低くくぐもった音が発生し、

同時に長瀬を中心として、尋常ではない高濃度のマナが辺りを包む。

幾度となく共に戦った仲間の大森も、停止した時の中に囚われていた。


世界が凍り付いたように停止する。

鳥は中空で静止し、風に靡く木々さえも凍ったように停留し、

広場の人々も皆、彫刻のように動かない。

長瀬と杉本、そして澄江の三名だけが、止まった時の中で意識を保っていた。


「少し都合があってね、時を止めさせてもらったよ。

この停止した時の中で動けるのは、十二使途の候補となった者だけだ」


長瀬の口調は、先ほどの機械じみた冷たい発音とは異なり、

わずかに温かみが増したように感じられた。


怯えるようなか細い声で、杉本は長瀬に尋ねる。


「長瀬か…本当にお前なのか?」


杉本の問いに、長瀬は静かに頷き、ニコリと笑った。


「長瀬……無事でよかったとは思うが……十二使途?時を止める?

すまんが理解が追いつかない。できれば説明してもらいたいのだが」


「あれ?・・・んー、これは想定外だな」


何が想定外なのか、見当もつかない。

狐につままれたような不思議な表情をしていた杉本に応えるように、長瀬が口を開いた。


「んー、さっきも言ったけど、今この場の時間は停止されているはずなんだ。

ボクがシイゴ様──おっと、この異世界の神と言った方が杉本さんには伝わりやすいかな?

その異世界神様の力を借りて、次元停止の魔法を発動してるんだけどね……」


理解の及ばない説明に、放心したように立ちすくむ杉本。

それを気にも留めず、長瀬は一方的に話し続ける。


「この次元停止は、強い加護の力を持った人以外は動けないんだよ。

異世界神様の加護を受けたボクや、これから十二使途に昇格する藤沢さんのようにね。

だから、この停止中の世界でも動ける杉本さんも、異世界神様の加護を受けていると思ったんだけど……」


神の加護を受けた強力な人として、藤沢澄江は唐突に紹介された。

澄江は、少し罰が悪そうな微妙な表情で静かに佇んでいる。


ここ数日、杉本と共に戦い、共に涙した澄江とは、それなりに親しく話すぐらいの友人──

いや、戦友だと思っていた。

だが、実はかなりの権力者だったと明かされた。


今にして思い返せば、大森という頼もしい護衛に守られ、村長には敬語を使われていた。

権力者としての片鱗はすでに見せられていたのだが、

まさか神に関連するほどの存在だったとは──。



「おっと、強力な術だから、あまり時間はかけられないんだ。早急に聞くよ?

君は異世界神シイゴに加護を受けた使途ではないようだけど、どうしてこの世界に来られたんです?」


未知の情報量に押しつぶされそうになりながらも、杉本はなんとか平静を保ち、長瀬の問いに答えようと口を開く。


「……どうしてって?俺は、お前が攫われた後、同じように闇に飲まれて……それを追うように落とされたんだよ」


「あぁ、あの後か。んー、となると随分と時間軸が違う気がするね。杉本さんは今、何巡目なんだい?」


何だ?何巡目って?

心配していた長瀬と再会できたのは良かったが、謎かけのような話ばかりで頭がついていかない。

勘弁してくれ……俺は元々そんなに頭が良い方じゃないんだ!


杉本は頭の中で悲鳴に近い叫びを上げながら、苛立ちまぎれに髪を掻きむしった。


何が何だか分からない。長瀬の言葉には理解が及ばず、まったく検討もつかない。

だが、その「何巡目」という単語に、吐息が洩れるような静かな呼吸で佇んでいた澄江が反応を示した。


「何巡って……まさか……やはりこの身体はまやかし物なのですか?

何となく違和感を覚えていましたが……」


「ごめんね、アクエリス。君には、時が来たら自然と分かる時が来るよ。

それよりも……今は杉本さんだ」


澄江の言葉に割って入った長瀬は、手と声で彼女を制し、話を続ける。


「杉本さん、この世界は“アバター”って言ってね。

地球人の意識を人型の肉体に写して、何度か人生をやり直せる不思議なシステムが構築されているんだ。

もちろん、原住民──元からこの世界で暮らす人間もいるけどね。

そして、この世界のために活躍した英雄は、十二人の選ばれし者として強大な力を授かり、世界の守護者になるんです」


早口で一気にまくしたてる長瀬に、何か応えようと口を開きかけた杉本を、澄江と同様に手で制して、さらに話を続ける。


「とりあえず、本題を進めさせてください。杉本さん、あなたはどうやってこの世界に来ました?

天界の実験室から落とされたアバター体ではないみたいだけど、だとしたらその加護の力はどこから得たんです?」


「どうやって?……闇に飲まれるように穴に落ちて、途中で女神に祝福……?を受けたら、森の中に放り出されて来た」


杉本は、慌ただしく話す長瀬に合わせ、即答できることだけをかいつまんで経緯を語る。

その言葉に、長瀬は何かを理解したように、静かに相槌を打った。


「女神……なるほど。女神ね……とすると……神子、かな」


「神子?神子っていうのは?」


「あぁ、知らないよね。たぶん自覚もないよね。えっと、どう説明したらいいかな……

異世界から突然やってくる神様の使いのことを指すんだけど……あぁ、そうだ、“異世界転生した人”って言えば分かる?

杉本さんはたぶん……地球側の神の眷属。便宜上、“神子”って呼んでいるんだよ。

対して、僕らは異世界神シイゴ様の眷属。そっか……シイゴ様も“いつか来るだろう”って言ってたけど、杉本さんがねぇ」


長瀬は勝手に納得して話を進めているが、相変わらず俺には理解できない。

神子?異世界転生?──俺は連れ去られて来たんだが、それも転生って言えるのか?


頭の中がパンクしそうなほど疑問だらけだが、とりあえず長瀬が無事だったことだけでも安心した。

なんとなくだが、長瀬は異世界神側の勢力で、俺は地球の女神側の勢力──そんな感じで理解した。

理解はしたが……まあ、今はお互い無事だったということが分かっただけでもいいか。


杉本は、頭の中で渦巻く疑問をひとまず棚上げし、若干すっきりした表情で安堵する。

けれど……長瀬の口調が、なんだか幼いように感じる……これはいったい、どういうことだろうか。


「ああぁ、ごめん。もう限界みたい。僕はパイシスに戻るから、後はなんとなく話を合わせて。

それとアクエリス、ごめんだけど君にも巻き込まれてもらうよ。

できる限りの制御はしてみるけど、違和感は感じると思う。けど……ごめん、耐えてね」


時を止める魔法の効果が切れたのか、水面に油を垂らしたように、マナがゆらりと揺れ、視界に広がる。

長瀬がこちらの言葉を遮ってまで話を急いだのは、本当に限界が近かったのだろう。

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