第17話(中編) 光と闇の終焉「最後の戦い」
ブゥゥゥン……
空間そのものが震えるような低音が、世界樹の根元に響き渡った。
次の瞬間、澄江の結界が波打ち、肌を刺すような圧力が四人を襲う。
(来る……! 重圧を隠れ蓑にした斬撃か!)
正面から僅かに左、虚空に走る黒い裂け目。そこから急激なマナの膨張が確認された。
刹那、闇が形を取り、シイゴの影が矢のように突進する。
「っ!」
杉本は身を翻し、すべてを薙ぎ払うような広範囲の斬撃を紙一重でかわす。
しかし刃の軌跡は虚空を裂き、残滓だけで石床に深い亀裂を刻んだ。
「……くっくっく………これを交すか」
シイゴの低く笑う声が響く。
人の域を超えた破壊力。
驚嘆すべき魔力と物理力を兼ねた一撃。
これが“世界そのもの”を敵に回すという代償か。
たった一撃で、圧倒的な力を示していた。
「うおおぉぉあぁぁ!」
その一撃を受け止め、なおも大森が咆哮を上げて前に出る。
その姿は、獣の咆哮に応じる城壁のようだった。
シイゴの影が振り下ろす黒刃と、大森の盾が激突する。
ガァン! 大聖堂の残響を思わせる轟音が響き渡り、空気が震える。
「ぐっ……!」
骨が軋むほどの衝撃に、大森の足元の床石が砕け散った。
「フィジカルブースト!」
杉本は即座に詠唱し、全身を強化する。
筋肉が熱を帯び、視界が鮮明になる。
だが――それでも押されている。
「マジック・ラピッド・アローズ!」
早乙女が遠距離から結晶弓を引き絞り、蒼白の矢を放つ。
矢は闇を裂き、シイゴの影を穿つ。
一瞬、瘴気が霧散し、空気が澄んだ。
「……無駄だ」
シイゴの声が空間を震わせる。
霧散したはずの影は、粉塵のように舞い上がり、再び渦を巻いて形を成す。
「清浄結界、展開!」
澄江が詠唱を重ね、光の膜が仲間を包み、同時に影を焼く。
闇の触手が結界に触れるたび、火花のように光と闇が弾けた。
「くっ……!」
杉本は杖を振り抜き、迫る影を弾き返す。
だがその一撃ごとに、腕が痺れ、骨が悲鳴を上げる。
(流石に訓練の時とは違うな……一撃一撃で命が削れる)
シイゴの影が再び肩口を狙って振り下ろす。
大森が盾で受け止めるが、衝撃で巨体が後方へ吹き飛ぶ。
床に膝をつき、息を荒げる。
「まだだ……!」
大森は立ち上がり、剣を天へ突き立てる。
「ストレングス! ライフフォース! 我に守護騎士の栄誉を!ロイヤルガード!!」
再び赤い紋様が鎧を走り、彼の身体を支える。
「……面白い」
シイゴの影が嗤う。
その声は、世界樹の枝葉を震わせ、星々の光を揺らした。
四人は互いに視線を交わす。
まだこれは“試し”に過ぎない。
命を削る戦いは、今まさに始まったばかりだった。
「……ならば、もっと抗ってみせよ!」
シイゴの影が再び膨張し、世界樹の根元から黒い触手が無数に伸びる。
それは蛇のようにうねり、四人を絡め取ろうと襲いかかる。
「来るぞ!」
大森が盾を構え、正面から迫る触手を受け止める。
衝撃で床石が砕け散るが、彼は踏みとどまり、仲間の前に立ちはだかった。
「フィジカルブースト!」
杉本は身体強化を重ね、盾の隙間から飛び出すように杖を振り抜く。
闇の触手を叩き斬るように打ち払い、空いた空間を切り開いた。
「クイックシュートアロー!」
早乙女が結晶弓を引き絞り、三本の魔法矢を同時に放つ。
矢は疾風のように走り、シイゴの影を穿つ。
だが、闇は霧散してもすぐに再生し、嘲笑の声が響いた。
「無駄だ……何度でも蘇る。通じぬぞ、お前たちの矢も、剣も、光も!」
「ならば、封じるまで!」
澄江が後方で両手を組み、詠唱を開始する。
「コンセントレーション……多重結界……浄化の鎖よ、我が声に応えよ!」
彼女の周囲に光の紋様が浮かび、鎖のような光が編まれていく。
「時間を稼げ!」
杉本が叫ぶ。
「任せろ!」
大森が盾を叩きつけ、シイゴの注意を引きつける。
その隙に杉本は側面へ回り込み、杖を逆手に構えて突きを放つ。
「はああっ!」
闇の影がそれを弾こうとした瞬間、早乙女の矢が死角から飛来し、影の動きを止めた。
「今だ!」
杉本の杖がシイゴの胸元を打ち抜き、闇が大きく揺らぐ。
「封印結界――顕現!」
澄江の詠唱が完成し、光の鎖が四方から伸びる。
鎖はシイゴの影を絡め取り、世界樹の根元へと縫い付けた。
「ぐぅぅ……!」
シイゴが呻き、闇が暴れ狂う。
触手が暴風のように吹き荒れ、結界を破ろうとする。
「押さえ込め!」
大森が盾で突進し、暴れる触手を受け止める。
早乙女は矢を連射し、影の再生を阻む。
杉本は全身の力を込め、杖を大地に突き立てた。
「〈クリスタル・リニューアブル〉逆理――物質の核よ、崩れろ!」
彼の詠唱に応じ、シイゴを覆う闇の結晶が軋みを上げる。
「やめろ……! 我は星、我は理、その存在を否定することは――」
「否定するのではない!」
杉本が叫ぶ。
「お前の歪んだ力を、正しき理に還すのだ!」
光と闇が激突し、世界樹の間全体が震えた。
澄江の鎖がさらに輝きを増し、シイゴの影を締め上げる。
早乙女の矢が最後の一点を射抜き、大森の盾がその暴走を押さえ込む。
「今だ、封印を!」
三人の声が重なり、澄江が最後の詠唱を放つ。
「聖なる光よ――邪神を縛り、永遠の眠りへと還せ!」
轟音と共に、光の奔流が世界樹の間を満たした。
シイゴの影は断末魔の叫びを上げ、やがて霧散していく。
残されたのは、砕け散った闇の結晶と、その中心に輝くひとつの聖石だけだった。




