第11話(前編) 闇属性の罠と使途の襲撃「理想と警告」
世界を体現する巨大な大木、世界樹。その虚の奥深く、煌めく癒しの空間に、異世界神シイゴとパイシス――長瀬良治の二人、いや一柱と一人が佇んでいた。
「だからね、ボクは地球の……日本のような平和な世界を創りたいんだ」
シイゴは目を輝かせて語る。まるでロボットのおもちゃを手に入れてはしゃぐ少年のような、熱い瞳で。
「シイゴ。君は……人間の良い部分、いや“良かった”部分しか見えていないんだ。人間は星にとって善良な生物では決してない。むしろ害の方が多く、扱いが難しい。きっと女神テラでも苦労しているはずだよ」
子供を諭す聖者のように、長瀬は静かに語りかける。
「どうしてさ? 地球と違って、この世界にはマナ、魔法の力もある! きっと素敵な世界が創れる! 神の力を使って、世界に均衡を与えることだって可能なんだ! 知ってるよボク。地球のゲームっていう仮想世界では、クエストっていう探求を繰り返して人は成長していくんだ。強制的に人を善良に育てることだって、きっと可能さ!!」
長瀬の忠告に耳を貸さず、シイゴはなおも自らの理想――桃源郷計画を力説する。
「魔法の力は確かに魅力的だ。ただね、人間の本質は変わらない。人間は……人は君が思うよりずっと怠惰で、欲深い生き物だ。強大な力を持つ君でも、きっと持て余して扱いきれない日が訪れるよ」
「そんなことない! そんなことない!! ボクの力が足りないなら、それを補う機構を創ればいいんだ。そうだ、君の世界には星を守る十二星座の物語っていうのがあったね? 十二星座……いいじゃん! よし、ボクも十二人の守護者を作って……長瀬! 君にも協力してもらうからね?!」
永遠の叡智を得た代償に差し出す対価。
世界樹の枝を折って生まれた槍は、やがて枝の傷を広げるように大樹自身を蝕み、弱らせていく。
葉は黄ばんで落ち、木はついに枯れてしまった。
シイゴ……君が追い求める理想の世界を作るには、統治機構は確かに必要だ。
けれど権力は……人の欲望は、最も暗くて最も醜い猛毒になり得るんだよ。
長瀬はワーグナーの楽劇をBGMに、シイゴの夢物語を聞きながら、心の奥底でずっと心配していた。
その記憶の中の仮想世界は、暗転し……暗闇の奥へ奥へと吸い込まれるように消えていった……。
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「……さま!……長瀬様!! 大丈夫ですか?」
意識の奥で、澄江の声が聖堂の地下に響く。
「……はっ!」
杉本に支えられた状態で、長瀬は意識を取り戻す。
キョロキョロと周囲を見渡すと、彼を囲む心配そうな顔が三つ、目に映った。
「大丈夫か?」
心配そうに問いかける杉本に、長瀬は明るく声を返す。
「ごめん。次元の膜を破るのは精神的な負荷が強くてね。ちょっと無理しすぎたかな。でも、もう大丈夫」
長瀬は混濁した意識の中で、この世界へ渡ってきた直後の記憶を思い返していた。
何か悪いことが起きなければいいが……。
心の奥底に沈む不安を表情に出さぬよう、明るめの声色で言葉を続ける。
「さて、杉本。
救出に来てくれたことはありがたいけれど、私は別行動を取らせてもらう。
アバターの身体がラビハブラに捕まったままだからね。
あのアバター以外の私が動き回っていたら、不審に思われてしまう。だから、しばらくは姿を隠して行動するよ。
君たちは、早乙女君の協力を得て、今後どうするかを決めるといい。
彼は若く見えても、もう十年以上この世界で生き続ける賢者だからね。きっと良い道を照らしてくれると思うよ」
「わかった。俺が言うまでもないとは思うが……気をつけてな」
こうして、長瀬救出作戦は成功した。
いや、長瀬として活動していたアバターの身体は捕らわれたままなので、現状は“可もなく不可もなし”といったところか。
それでも、長瀬の本体――魂を宿す本物の長瀬を救出できたことは大きな成果だ。
戦力的にも、諜報的にも、異世界神シイゴとの戦いにおいて、今後より確かな結果をもたらしてくれるだろう。
ともあれ、今後どうするか。
それを決めるためにも、長瀬救出の結果報告をするためにも、もう一度早乙女に会う必要がある。
杉本たちは、救出した長瀬本体と別れ、早乙女が拠点とする同盟都市ミラノーラのアーカム魔導学院を目指していた。
次元倉庫に捕らわれた多くの魂――本物の身体を救出するためには、解決すべき障害がいくつもある。
コールドスリープの解除、次元倉庫へのアクセス、そして地球への帰還方法。
これらの問題を解決するには、異世界神シイゴの手駒である十二使徒への対応も避けては通れない。
さらに、シイゴと直接対峙する可能性も考慮すれば、彼らと戦うための力を身につける必要がある。
力なき正義は、無力に等しい。
杉本たちは、数々の立ちはだかる大きな問題に対処するため、より緻密に作戦を練り、慎重に準備を整えなければならなかった。
そのためにも、長瀬に「彼は賢者」とまで言わしめた早乙女の協力を得て、今後の行動方針を相談するつもりだった。
――そのはずだったのだが。
洞窟の狭間から抜け出した三人──杉本真也、藤沢澄江、大森剛志──は、深い霧に包まれた古びた広間に足を踏み入れていた。
天井の裂け目からこぼれ落ちる薄暗い光が、湿った岩壁を淡く照らす。
まるで眠りから覚めた墓室のように、空気は冷たく、重かった。




