第10話(後編) 地下聖堂の囚われ人「次元倉庫」
早乙女の指示に従い、杉本たちは古びた礼拝堂跡の地下へと向かった。
そこでは、捕らわれているはずの長瀬に似た小さな人形が、まるで出迎えるかのように待ち構えていた。
人形は三人の顔を見上げて確認すると、こっちへ来いと言わんばかりに手をちょいちょいと動かし、祭壇へと案内する。
そして澄江に向かって両手を広げ、祭壇に乗せてほしいと訴えるようなゼスチャーを見せた。
「か、かわいい……」
その愛くるしい仕草に、澄江は心を奪われたように人形を抱きかかえ、微笑みながら祭壇にそっと置いた。
人形は寸足らずの胴体を折り曲げてペコリとお礼の仕草をすると、壁に向き直り、腕をくるくると回しながら空中に魔法陣を描き始める。
魔法陣は、振り回す腕に合わせてキラキラと輝きを増し、壁に円形の陣模様が浮かび上がる。
やがて中央がブンっと揺れ、何かを映し出した。
まるで丸いモニターのように、鉄格子で囲まれた一角が映し出され、格子の向こうからかすかな呼吸音が聞こえてくるようだった。
(長瀬、おまえ……なんか仕草があざとくないか?)
そう思いながらも、杉本はそっと円形陣の中を覗き込む。
すると、薄暗い檻の中で長瀬良治が腰を落としていた。
「長瀬!!」
彼の衣服は破れ、手足には意図的に巻き付けられた紐が残っている。
表情は静かだが、目を閉じたまま深い痛みを抱えていることが見て取れた。
澄江は円形陣モニターの前で膝をつき、祈りの光を優しく放つ。
「長瀬様、必ず救出いたします。もう少しの辛抱です!」
澄江が救出に向けて動き出し、杉本は息を潜めて見守る。
大森は扉の方へ警戒の意識を向け、刃先を確かめながら周囲を探る。
「警備は……今は無いな。誰も来ていない」
その言葉に反応するように、人形が拳を握って「大丈夫」と伝えるゼスチャーを見せる。
続いて霧を振り払うような仕草をすると、円形陣モニターが霧散するように消え、壁には何もなかったかのように模様だけが残った。
――こっちだ!
言葉を持たない人形の意思が、確かに伝わってくる。
その案内に従い、聖堂の奥へと続く通路を進むと、不意に壁面が歪んで見えた。
探査スキルが告げる――大量のマナが一点に集中している。
「ここだ……」
杉本が結晶杖を掲げると、闇と光の矛盾するエネルギーが壁を半円形に押し広げた。
その先には、蒼白い渦が不規則に回転するポータルが浮かんでいる。
澄江は息を呑んだ。
「ここは……次元空間?……入り口?」
転移陣とも異なる、歪んだ入り口が壁面にぽっかりと口を開けていた。
ポータルの中を覗くと、霧状に霞んだ無数の世界が映像のように浮かび上がっている。
ゆらめく記憶の欠片――折れた剣、囚われた魂。
そして、微睡むように横たわる長瀬の実体が見えた。
「本体……? 彼は、アバターではなくこの肉体が“真の長瀬”なのか?
そうか!………円形陣で見た“捕らわれた長瀬”がアバターか!」
杉本の声には、動揺と安堵が入り混じっていた。
突然、ポータルの霧が収束し、長瀬の実体の眼がゆっくりと開いた。
「――よく来たな、杉本」
長瀬の声が、ポータルの奥、遥か深層の次元から響いた。
「長瀬様!ご無事でしたか!」
澄江と杉本が駆け寄ると、長瀬は微笑みながら軽く頷いた。
「アバターの私が幻なら、こちらが君と歩んできた“真の私”だ」
ポータルの中では、その他のアバターたちの残滓がうごめいていた。
過去に滅びた肉体、再生を繰り返した魂――
それらはすべて次元倉庫に蓄積され、世界進化のための“素材”とされていた。
「この神殿は、次元倉庫の非常口に繋がっていたんだ」
長瀬は静かに語り始める。
「光と闇を融合し出入口を象り、さらに炎と水、土と風――四元素を結合し、別次元の箱庭を創り出す。
封じ込められた本体は、そこで保護されたまま保管されていた」
「光と闇の融合? まさか、女神テラと異世界神シイゴがグルだったと?」
ポータルの入り口を挟み、杉本が長瀬の本体へ疑問を投げかける。
光、すなわち女神テラ。
闇、すなわち異世界神シイゴ。
そう思っていた。
「あぁ、違う違う。女神が光ってわけでも、シイゴが闇ってわけでもないさ。
神って存在は、そもそも光や闇といった偏った概念に囚われてはいない。
元々が闇でもあり、光でもあるのさ」
「概念?……すまん、長瀬。わからん」
疑問への答えは簡潔だったが、杉本には伝わらなかった。
不思議そうな表情で、さらに分かりやすい説明を求める。
「んー……簡単に言うと、神は元々全属性が使える。
それぞれに得意な属性はあるけれどね。
次元倉庫は、君たちが思っているより遥かに高次元の、特別な全属性魔法って感じかな」
「よっ」と言う掛け声と共に、
蒼白い渦が回転するポータルから、長瀬は這い出しながら説明を続けた。
「人形の案内も上手くいったようだね。
私のアバターは囚われたままで、マナ容量が足りなくてね。
これを動かすのが精一杯だったのさ」
案内をしてくれた長瀬人形は、電池の切れたロボットのように動作を止め、
長瀬本人に抱きかかえられると、腰に掛けていたポシェットのような小さな鞄に仕舞われていった。
聖堂地下の欠けた天井から、朝日に似た光が静かに差し込む。
その光に包まれるように、ポータルはゆっくりと収束し、入り口を閉じていった。
「これで君の……長瀬の魂は救われたと思っていいのか? だが、次元倉庫は止めなければならないな」
杉本は杖を携え、決然とした声を上げる。
澄江も立ち上がり、瞳に赤い輝きを宿す。
「世界を均衡させる歪みを、私たちで正します」
大森は盾を肩に担ぎ、背後の扉を見据えながら静かに言った。
「行くぞ。仲間たちのために、そして自分たちの意志のために」
石の香りが残る地下聖堂を後にし、三人は深き闇の底で見た真実を胸に誓いを立てる。
その誓いは、やがて世界の命運を左右する戦いへと繋がっていく――。
**──次回、第11話「闇属性の罠と使途の襲撃」**
狡猾なる敵が罠を巡らし、世界の命運を握る使途たちが再び試される。
闇の力が蠢く中、彼らは己の信念を武器に、運命の扉を開く。




