第10話(中編) 地下聖堂の囚われ人「後悔」
杉本と大森が待機していた部屋の扉を開けたのは、澄江ただ一人だった。
彼女は小声でひっそりと話しながら、足早に移動を促す。
「追手が来る前に、ミラノーラへ退避しましょう。長瀬様は捕らえられてしまいました」
詳細は向こうで話すと言いながら、大広間を越え、長い廊下を渡る。
やがて、荘厳で巨大な扉が彼らの前に立ちはだかった。
「大丈夫。私は十二使途のアクエリスです。転移門の起動は、知識として刷り込まれています」
そう言って澄江が扉に触れると、まるで自動ドアのように軽く開いた。
その先には、五芒星のような文様が床に描かれた小部屋がいくつも並ぶ、分岐路のような空間が広がっていた。
転移門と聞いて、扉や門をくぐって遠くへ行くものだと思っていたが、それは誤解だった。
扉の先にある魔法陣によって、遠方へと転移する――それが正しい認識だった。
澄江の案内に従い、小部屋へ足を踏み入れる。
陣の中央に立つよう促され、杉本・澄江・大森の三人が並ぶ。
中型のエレベーターほどの広さだろうか。五、六人が立てるほどの円形の陣だった。
澄江が聞き取れない言語で呪文のような詠唱を始めると、煌めく粒子のような光が三人を包み込む。
意識が途切れるような感覚に襲われ、辺りが暗転する。
闇の次元に落ちたような感覚に包まれ、ふと意識を取り戻すと、部屋に入った時とは間取りが逆になった小部屋に立っていた。
「ここは……ミラノーラなのか?」
杉本は狐につままれたような表情で辺りを見回し、澄江に問いかける。
「はい、ミラノーラです。まずは……早乙女様と合流しましょう。長瀬様を救出するために、彼の協力が必要です」
「そういえば……長瀬が捕まったって?」
思い出したように動揺する杉本に、澄江は「はい」と応え、足早に移動を始める。
「ラビハブラにしてやられました。どうやら、最初から長瀬様の身柄を拘束するチャンスを狙っていたようです」
ラビハブラ――あの蛇のような男か。
神経質そうな、ひょろ長い容姿が脳裏に浮かぶ。
そもそも、異世界神シイゴとの争いを巡って論争していたはずなのに、杉本も大森も蚊帳の外で放置されていた。
それに……。
---
ラビハブラ──あの蛇のような野郎か。
神経質そうな、ひょろ長い容姿が脳裏に浮かぶ。
そもそも、異世界神シイゴとの争いを論じていた割には、杉本も大森も蚊帳の外に置かれていたのは、どうにも腑に落ちない。
それに……。
「俺、最近ちょっとおかしいかもな……」
杉本は、澄江と大森に聞こえないように、ぽつりと呟いた。
敵がいる敵地で、敵の親玉に無謀に突っ込んで戦いを挑む。
しかも、敵が味方してくれるかも?なんて、都合のいい期待までしていた。
実際、敵側には運良く友人の長瀬がいて、助けてくれたのだが……そのせいで長瀬は、ラビハブラに貶められ、捕らわれてしまった。
冷静に思い返せば、ありえないことだ。
杉本は、自分の身に何か異変が起きていることに気づき始めていたが、それが何なのかは、まだわからなかった。
「俺が無謀に飛び出したせいで、長瀬が捕まった……。何やってるんだ、俺は……」
自責の念に駆られながら、ふと長瀬の言葉を思い出す。
(次の十八年は、人々の抗争。数の暴力に押されて散った。
力の差を認識せずに無謀に力押ししてくる人間は、何よりの脅威となることを知った。
力の差を理解して近づいてすら来ない魔物の方が、ずっと賢かったと知った)
本当に怖いのは、人間だったのかもしれない。
女神の杖が見せてくれた残滓の中で聞いた、長瀬の言葉が胸に刺さる。
杉本は、後悔と焦燥を繰り返しながら、肩を落として嘆いた。
---
夜の帳が降りると、ミラノーラの街は幻想的な静寂に包まれる。
『聖なる島』の大聖堂奥から、転移陣を使って彼らはミラノーラ郊外へと飛んだ。
転移陣は本来、ミラノーラの地とは繋がっていなかったが、以前衛兵と揉めた際に野営を張った林付近の岩場に転移先を調整し、早乙女悠真に会うために訪れた。そして──
三人──杉本真也、藤沢澄江、大森剛志──は、城壁の外れにある古びた礼拝堂跡へと向かっていた。
石畳を揺れる松明の灯りだけが、彼らの足元を淡く照らす。
「ここが早乙女の言っていた神殿の地下入口か」
大森が崩れかけた礼拝堂の柱を指し示す。
長い時を経て朽ちた石造りの壁は、かすかに光を反射しながら、マナの躍動を帯びていた。
アーカム魔導学院で弓術を学びながら魔術の研究をしていた早乙女悠真と長瀬は、顔見知りだったらしい。
彼は長瀬が捕らわれたことを知ると、神殿の地下へ向かえと指示してきた。
異世界神側の何か、重要な情報を掴んだのだろうか。
杉本たちは、早乙女を信じ、すぐに行動に移した。
だが、この先に何が待ち受けているのかは、誰にもわからない。
万全を期すために、澄江は杖を高く掲げ、周囲に結界を張り巡らせる。
「闇と光が交錯する場所……」
揺れる松明の灯りが柱の影を映し、朽ちた窓から差す月明かりと交差する。
杉本は探索者の目で壁面のひび割れを透視し、小さな隠し扉を見つけた。
「しっかり封印されている。だが、あの古い封印符文を解析すれば開けられるはずだ」
薄暗い通路に潜む霧は冷たく、崩れかけた湿った石畳が足を滑らせる。
壁面に浮かぶ符文の輪郭を、澄江が光の魔力でなぞると、文字が淡く青白く光った。
「解除します……光と闇の調和を以て、門よ顕現せよ」
紋様が震え、壁に刻まれた古代文字が次々と消え去っていく。
石扉がゆっくりと軋みをあげて開き、中から冷たい風が吹き出した。
扉の向こうは螺旋階段。深い闇の底へ、三人は慎重に降りていく。
階段を降りた先は、荘厳な地下聖堂だった。
壁面には祭壇の名残があり、その影から、小さな一体の人形が現れた。
ひょこっと顔を出すと、小さな手足でちょこちょことこちらに近づいてくる。
「な……長瀬?」
人の手首ほどの大きさだろうか。
柔らかそうなぬいぐるみのような人形が、どことなく長瀬を思わせる雰囲気を漂わせていた。




