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第9話(2) 帝都ルーメンへ続く道「聖なる島」

無骨な海の男であるギルド長は、以前の交渉時のような礼儀正しい商人風の口調ではなく、まるで盗賊や海賊の手下のような荒々しい言葉遣いで、悲鳴を上げながら聖なる島への旅程を止めるよう懇願した。

この世界で最上位の権力者である十二使途のアクエリス――澄江との会話には、なんとか慣れたようで、緊張することもなく普段の口調で話せるようになっていた。

とはいえ、ギルドの長という立場の者が、賊の下っ端のような口調で話すのはどうなのだろうか。


「けどなぁ……『聖なる島』ってのは、聞けば聞くほど修行の場としては最適じゃねぇか。正式な訪問じゃないとは言え、十二使途様自らが行くんだ。何か問題が起こるとも思えん……」


杉本は、地元民である『大海の渦』が危惧する理由や、『聖なる島』の詳細は知らないながらも、なんとか話を合わせて会話を繋げた。


聖なる島近辺の海は、普段は人を寄せ付けぬほど荒れ狂っており、近づいた船はことごとく海の藻屑と化すと言われている。

その聖域ゆえに、豊かな海の実りがあるとされ、海の男たちにとっては恐れられる反面、魅力的な漁場でもある。

普段見かけないような珍しい魚に出会える可能性も十分にあるという。


「問題ありませんよ。『聖なる島』への道は、私が切り開きます。いえ、むしろ出迎えてくれるでしょう」


澄江は、アクエリスとして得た知識から、自分が同行すれば荒れ狂う海も静かに迎えてくれるはずだと説明した。

その言葉に、『大海の渦』の荒くれ者たちは目を輝かせ始める。

彼らは荒くれ者とはいえ、海の男たち。

普段は閉ざされている魅惑の漁場が待っていると聞かされれば、海男の血が騒ぐのだろう。

ギルド内は俄かに活気づき、皆が少年のような瞳で、先ほどとは逆の意味で騒ぎ始めた。


「するってぇと……聖なる島でアクエリス様たちを下ろした後、速やかにその場を離れれば安全にカルタリスへ戻れるってことですかい?」


「ええ。念のため船体に守護の結界を張っておきますので、その海域を離れる数時間は問題ないでしょう。真っ直ぐカルタリスへ戻れば、安全に海を渡れるはずです。漁業については詳しくありませんが、欲張らず適度に漁をする程度なら問題ないでしょう」


妙にテンションの高い海の男たちに、澄江は気遣いを見せつつ、安全重視で向かうよう念を押した。


「そりゃぁもう、何度か網を下ろす程度で十分でさぁ。たとえ漁獲がなくたって、聖域で網を下ろしたって話を持ち帰れば自慢の種にもなるってもんで!」


ギルド長は、つい先日まで目を濁らせてアコギな商談をしていたとは思えないほど、澄んだ瞳で声を弾ませる。

その様子を見て、澄江は再三、いや再四、安全重視であることを念押しした。

杉本も、彼らのはしゃぐ姿に表情を緩め、会話に加わる。


「じゃあ、聖なる島まで船を出してくれるってことでいいんだな?対価、報酬はそこで取れた資源類ってことで?」


「おぅ、いいぜ!いつ行く?」


杉本の言葉に反応して、ギルドの肯定の声がそこかしこで上がった。


---


旅立ちの日。港町カルタリスの泊地には、杉本たちが想定していたよりも大きな外洋船が係留されていた。

中世のキャラック船のようなその帆船は、100名とはいかないまでも、50人は乗り込めるだろう。

カルタリスに停泊する船としては最大級と言っても過言ではない。


(あいつら……結構いい船持ってるじゃねぇか……)


杉本は、『大海の渦』の意外な一面に少しだけ感心した。

実はこの外洋船、同業の海運ギルドから半ば無理やり借り受けたもので、自前の船ではない。

それでも、わざわざ他の船を借りてまで用意した大型船には、『大海の渦』の期待の大きさが窺えた。


ただし、外洋にはその船さえも飲み込むほどの巨大な海竜や、触手を持つイカのような生物――クラーケンのような敵性生物も存在する。

武装もそれほど強くないこの船は、大きいだけで外洋船としては最低限の性能だった。

もし船が大破すれば、『大海の渦』ギルドは破産の道まっしぐらだろう。


「ヨーソロ!」


杉本たちを含め、総勢30名を超える海の猛者たちは意気揚々と外洋船へ乗り込み、帆を上げて出港した。

内海を過ぎ、外洋へと飛び出した帆船は、荒波をものともせず進み続ける。

最初は高かった波しぶきも、カルタリスが地平線の彼方に消える頃には静まり、穏やかな航海が続いていた。


聖域付近の海上では、船員たちは緊張の面持ちで雲行きを眺めていたが、海は荒れる気配を見せず、普段なら難破してもおかしくない海域を揚々と進んでいく。


「でけぇ、それに多い!ひゃっはーすげぇぜ!!」


『聖なる島』の海域で、『大海の渦』の男たちは、まるで世紀末の悪役のような奇声を上げながら大はしゃぎしていた。

一度網を下ろすと、想定以上の魚がかかり、漁猟を調整して引き上げる必要があるほどだった。

網の中には、マグロのような大型魚や腕一本分はある小魚がぎっしり詰まり、見たこともない魚も混じっていた。

中には、ノコギリ鮫のような鋭利なツノを持ち、網を破りかねない魚も見受けられる。


「こりゃぁ、網じゃ何回も下ろせねぇな。どうする旦那方?報酬の漁量はもう十分だ。このまま島へ渡ってもいいが、釣りでもして少し海の旅を楽しんでみちゃどうだい?」


網漁ができないなら一本釣りだ。

海の男たちは各自、思い思いに釣竿を垂らし始めた。


ひとしきりの賑わいの後、一人のギルド員が突如、叫ぶような悲鳴を上げた。


「ひ、ひぃ!なんだこの影、海の色かと思ったら……魚影じゃねぇか?!」


海面を凝視すると、一見何もないように見えるが、波の動きに合わせて、ゆらりと僅かに揺れているような気がする。

視点を少し引いて、船の真下ではなく離れた海域を見渡すと、ようやくその影の全体像が浮かび上がってきた。


船の五倍はあるだろうか――巨大な蛇のような影が、海面下でゆらゆらと優雅に泳いでいる。

その巨体は、船を水面に浮かぶ木の葉のように意識することもなく、ただ静かに、堂々と海を滑っていた。


船内が俄かにざわめき始める。


「や、やべぇ……やっぱここは聖域だ。あの海竜が尾を振っただけで、この船なんざ粉みじんだ……!」


どうする?

すでに島は近いとはいえ、この影はまずい。

船が破壊されでもしたら、逃げる術もなく、ただの餌食になってしまう。


血の気が引くような青ざめた表情で、皆が澄江と大森に視線を向け、意見を求めようと振り返った――。

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