第9話(1) 帝都ルーメンへ続く道「大海の渦」
蜃気楼のように揺れる燭台の光が、大広間の漆黒の天井を切り裂いていた。
高いアーチ型の窓から零れ落ちる月光が、鏡面のように磨かれた大理石の床を淡く照らす。――そこは、十二使途のために設けられた祝宴の場だった。
杉本真也、藤沢澄江──アクエリス、大森剛志の三人は、隠された階段から音もなく中へ忍び込む。
正装した使途たちが円卓を囲み、穢れなき笑顔で杯を交わしていた。
背後の壁には異世界神シイゴの肖像画が据えられ、まるで彼を讃える舞台装置のように威容を放っている。
澄江がそっと肩越しに囁いた。
「ここに集う者たちは、本来 ‘世界進化計画’ を担う精鋭。だが背後にあるのは…“新世界創造”の野望。杉本様と共に、光に導びかれた私も、彼らと同列に祀られている――」
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港町カルタリスから船で一日半ほど遠洋に出た場所に、小さな祭壇に祀られた聖なる島がある。
祭壇の奥に隠された地下への道を降りると、広大なダンジョンと大聖堂、そして神々が住まう神殿が広がっていた。そこが、次なる舞台として杉本たちを待ち構えている。
彼らは『女神の杖の欠片』の真の力を解放するため、聖遺物研究者の協力を得るべく、帝都ルーメンへの道を模索していた。
澄江は、ルーメンへは転移門を使うのが良いのではないかと提案する。
帝都ルーメンへ陸路で向かうには、カルタリスから辺境の村オレリウムへ戻り、さらにその約20倍の距離を南下しなければならない。
徒歩では100日以上かかる道のり。車もバイクもなく、馬車すら通らない辺境からの移動は、現実的ではなかった。
空路や海路など、他の手段を思案していた杉本は、転移門という魔法の存在に感激し、飛びついた。
転移門――その名の通り、遠距離を瞬時に移動するための魔法の門。
その門は、カルタリス沖に浮かぶ『聖なる島』にあるという。
澄江がアクエリスの名を授かった際に得た知識の中に、転移門や地下大聖堂の情報が含まれていた。
その島の大聖堂は、十二使途や異世界神シイゴが情報交換を行う場として存在し、世界各地の首都や主要都市、さらには天界へも繋がる転移門が設置されている。
この世界と天界を繋ぐ中間地点として築かれた場所なのだ。
さらに、大聖堂とは別に、荘厳な神殿も建てられているという。
こうして、杉本たちの旅の目標地点は『聖なる島』に定まった。
ただし、その島は町民はおろか、漁師たちですら近づかない聖光に守られた神域として、恐れ敬われている。
海を渡る手段を持たない杉本たちは、どうやって島へ向かうか悩んだ。
そこで思い出されたのが、商人ギルド『大海の渦』だった。
女神の聖遺物を入手した縁で知り合った『大海の渦』――黒帆のギルドの正式名称である。
彼らはカルタリスの裏路地に居を構え、表向きは海洋運送を生業とする商人ギルドだが、裏では疚しい仕事も請け負う荒くれ者の集まりだった。
海洋輸送が主な仕事である彼らは、当然船を持っている。
その『大海の渦』から聞かされた話では、海へと続く河川を遡れば、帝都ルーメンの近くまで行けるという。
杉本たちは、聖なる島からルーメンへ飛ぶルートを想定し、まずは海に出る手段として『大海の渦』を頼った。
しかし、ここで新たな海路ルート案が浮上する。
とはいえ、海路でルーメンへ直接向かえるわけではなく、陸路を経由して結局は30日ほどの旅程が必要だった。
海路か転移門か――相談の末、聖なる島経由でルーメンへ向かえば、途中でルーメンの守護者パイシス――長瀬に直接会い、協力を願い出ることも可能ではないかと話し合う。
要は、女神の杖の欠片――聖遺物の力を引き出すことが目的。
その元の持ち主である長瀬に協力してもらうのが最も早い。
ただし、長瀬は敵と仮定される異世界神シイゴ陣営の一員でもあるのだが。
「なんにしても、移動で30日は少し重いな。」
「では、やはり聖なる島経由でルーメンへ向かうのが無難でしょうね。」
『大海の渦』ギルドで杉本たちが話し合っていると、聖なる島経由の旅程にギルド側が猛烈に反対した。
もちろん、聖なる島の地下にある転移陣は一般には秘匿された情報。
次の旅先を模索するように装いながら、こそこそと小声で話していたのだが――どうやら「聖なる島」という単語を聞かれてしまったらしい。
「アクエリス様!いくら十二使途様の頼みとは言え、あまりにも無謀ですぜ!あの島に近づこう者なら、みんな生きて帰れやせん!」
その言葉を皮切りに、ギルド内は大騒ぎとなった。
『聖なる島』に行くなど、とんでもない――彼らはそう叫んだのだった。




