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第8話(3)黒帆のギルドと女神の杖「交渉」

市場の人混みを抜けると、狭い裏通りにシルクや革製品を扱う露店が並んでいた。

一見無害な商人に扮して現場を探るため、杉本は背中に背負った旅袋に杖を隠して歩いた。

大森は斧槍を畳み、澄江は胸元の護符を緩めて結界の痕跡を消している。


「視界の端に『女神の杖』のマナ痕を捉えた……あの路地の先だ」


探索者スキルが指し示すのは、赤い糸のような結晶のライン。

三人は無警戒にうろつく商人のふりをしながら、足早にマナの軌跡を追った。


杉本の発動している探査スキルに導かれ、裏路地を進むと、やがて少し広めの広場に出た。

その一角に建てられた集会所は、古い倉庫を改装したような石造りの建物で、入り口には黒い帆布が垂れている。

看板代わりの帆には、細長い月の紋章が織り込まれ、意味ありげに風に揺れていた。


「ここから中に入るには……」


大森が集会所の扉を押して中に入ろうとすると、内側から低い笑い声が響いた。


「おぉ? 新顔の商人さんか? 通らせてやってもいいが、その前に一つ、手土産がいるなぁ。」


扉の隙間から顔を覗かせた怪しい男が、短剣を見せつけるようにちらつかせた。

予想はしていたが、薄暗い路地裏にはこういう輩が出没する。まさに典型的なごろつきだった。


騒ぎを大きくしないために、何か握らせてもいいが……さて、どうする?

杉本は、この世界の日常に疎い。

咄嗟に澄江と大森に視線を移し、どうすべきかと切実な眼差しで訴えた。


大森は杉本の視線に意図を感じ取り、即座に懐から数枚の銀貨を取り出して、ごろつきの手に握らせる。

すると羽振りの良い客に見えたのだろうか、男は短剣を腰に仕舞い、ニチャリとした粘つく笑みを見せた。


「へへっ、どうぞお通りください。」


ごろつきは奥を指しながら軽く会釈し、下卑た笑みを浮かべたまま室内へ通してくれた。


---


帳場の向こうには、陰鬱な木箱の山が並んでいた。

中央のテーブルに載っているのは、青白い光を放つ結晶片──。

探索者スキルが煌々と存在を示している。


『女神の杖』の断片だ。


見つけた! と思わず息を飲み、ごくりと喉を鳴らす。

すると、尊大な態度で座っていた男が、静かにランプを回して杉本たちを照らした。

男は低くどすの効いた声で、刺すような鋭い眼光を放ちながら言った。


「誰だ?……なんか要か?」


杉本は唇を噛む。

探索者スキルに導かれてここまで来たものの、今になって重大なことに気づいた。

高価な品を買えるほどの金貨を、持ち合わせていない。


ならば交渉か、あるいは力づくか。

いやいや、力づくなんてありえない。

いくら得体の知れない連中が相手とはいえ、正面切って強盗行為はさすがに許されない。

どうしようかと額に汗がにじむほど悩んでいると、こちらの目的に感づいたのか、向こうから声を掛けてきた。


「目的はコレかい?………買いたいのか?それとも………奪うか?」


見た目のとおり、声も態度も無骨だったが、それでも精一杯の礼を示そうとしているようだった。

尊大な態度で座っていたリーダーらしき無骨な男は、周りの部下に指示を飛ばすと、小さな丸椅子を3つ用意して交渉の場を設けた。


ギルドなのか盗賊なのか、正直見分けがつかないが、ギルドの長が進めるまま椅子に腰をかける。

真ん中に澄江、右に杉本、左に大森。


そういえば、長く一緒に旅をしてきたせいか感覚が鈍っていたが、澄江は帝都ルーメンで正式に修道者として修業を積んで来たエリートだ。今はアクエリスと言う12英雄の肩書さえ持つ正真正銘の高貴な存在だ。

その立ち振る舞いは、杉本から見ても気品が感じられ、当然主人として扱われてもなんら不思議ではない。


交渉の場を提供され一度は席に着いた澄江だが、恭しく静かに立ち上がり祈りの声をかける。


「……お話し合いを、させていただけませんか。」


結界の粒子がほのかに揺れ、空気がひんやりと震えた。


「私達は天の意思の元、ここに訪れました。長く失われた神の残滓を追い求めて来ましたが、ようやく今、望みは叶い目的の遺物に邂逅出来たようです。」


静かに、だが凛とした澄江の言葉に力が籠る。

どうか目の前にある結晶の欠片をお譲りいただけないかと、真っ直ぐ正直に交渉を切り出す。

澄江の言葉を聞いてギルドの長は重々しく、そして慎重に言葉を選び無骨な声を絞り出した。


「なるほど、これをお求めで。この品は遠洋の漁業で偶然網にかかって引き揚げられた品です。なにか神々しい力を感じてウチで引き取ったものの、どう扱うべきか迷っていたところでした。」


尊大で無骨な印象があったギルドの長は、澄江の言葉遣いに合わせたように、驚くほど丁寧な言葉で応答した。

しばしの沈黙の後、ギルドの長はさらに言葉を続ける。


「帝国金貨で100枚。それだけあればこの結晶をお譲りできるでしょう。私どもも入手に元手が掛かっております。元より慈善事業を行って集まっているわけでもない。どうです?」


そのギルド長の提示額に、大森が驚愕の表情を見せた。

帝国金貨は日本円にすると1枚が約20万円に相当する。物価の差もあり普通に暮らす平民なら月1枚もあれば楽に暮らせるだろう。その帝国金貨を100枚提示してきたのだ。


杉本の探知スキルで強大なマナの残滓を確認して、価値を知っている者からすれば、それほど法外な額ではないのかもしれない。けれど、何も知らない連中からすれば、ただの綺麗な石だ。それに金貨100枚とは、法外な要求だ。

杉本達の動揺は勿論、ギルド側の無骨者達も俄かにざわめき始めた。


「お頭、お頭、いいんですかい?それは朝市で銀貨3枚………」

「しっ、黙ってろい!今大事な商談中だ……」


(おい………おまえら、聞こえたぞ。)

声を細めているが、杉本達は度重なる戦闘で、常人を遥かに凌ぐ感覚を得ていた。

今では数メートル先に針が落ちた音でさえ聞き分けられるほどに秀でている。

おそらく大森や澄江にも、連中の呟きが聞こえただろう。


「高い!……」


大森は呻くように呟きを漏らした。


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