第8話(1)黒帆のギルドと女神の杖「結んだ絆」
杉本たちは、心地よい陽光を浴びながらさえずる小鳥たちの声を聞きつつ、アーカム魔導学院の中庭を抜けて研究棟へと向かった。
石造りの回廊には魔導具の展示が並び、学生たちが談笑しながら講義室へ急ぐ様子は、まるで大学キャンパスのようだった。
魔力が流れるガラス扉をくぐると、静謐な空気に包まれた研究室が広がっていた。
早乙女は杉本たちを室内に案内すると、静かに扉を閉めた。
「さてと……何から話そうか。あぁ、そうだ。これも話しておいた方がいいかな……」
意味深な言葉を残しながら、早乙女は静かに語り始めた。
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「うぉぉ~!俺たちの仕事は終わったぁ~!」
杉本たちの旅路に付き添った村人二人は、早乙女との私闘が繰り広げられていた頃、ミラノーラの酒場で異世界の果実酒を片手に豪快に笑いながらテーブルを囲んでいた。
異世界の照り焼き風チキン、奇抜な色合いのフルーツ盛り合わせ、揚げ物、魚介類、山菜。
テーブルに所狭しと並べられた酒のつまみは、護衛料をすべて使い果たしたのではと思うほどの豪遊ぶりで、ミラノーラの酒場伝説として語り継がれることになったとか、ならないとか。
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「……って感じの酒場の報告が上がってきていてね。ずいぶんと頼もしい仲間みたいだね。」
そう言って笑う早乙女は、先ほど敵対していた時には感じられなかった、まるで漫画の話題で友人と盛り上がるような気さくな雰囲気だった。
「あいつら……羽目を外しすぎだろ……」
杉本は、身内の恥をさらされたように顔を赤らめた。
騒ぎすぎて店主に睨まれ、ご機嫌に酔い歌い、椅子から転げ落ち、酒場で知り合った酒飲み友達に担がれて宿へと運び込まれた挙句、高いびきをかいて眠りこける連中の様子が、直接見たわけではないが、容易に想像できた。
眩しい朝日が石畳を照らす頃、頭を抱えながら宿の階段をよろよろと降りてきて、
「うぅ……飲みすぎた……」
などと言いながら、二日酔いのまま荷物を背負い、ミラノーラの門をくぐる。
遠くに見える山脈の稜線に、故郷オレリウムの面影を重ねながら、彼らは静かに帰郷の道を歩き出すだろう。
薄くなった財布の皮袋を見つめながら……。
村人二人の明日の後景が、まるで未来視をしているかのように、ありありと目に浮かぶ。
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「さて、余談はここまでにして本題に入ろうか。」
楽しそうに想像しながら語っていた早乙女は、真剣な面持ちに戻り、自らが分析して導き出した異世界神シイゴの目的などについて語り始めた。
早乙女との会話は、時に楽しく、時に真剣に、そして時に怒号が飛び交いながら、ミラノーラの街並みに闇の帳が降りるまで続いた。
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宿のベッドに寝転がりながら、俺は今日一日の出来事を思い返していた。
早乙女と情報を共有し、意見を交わしたあの時間。あいつの話は、どれも妙に説得力があった。
早乙女の話によれば、異世界の神たちは――どうやら俺たちを殺すつもりはないらしい。
アバター実験が本来の目的ではなく、この世界を発展させることが最終目標だという話だった。
……正直、何のためにそんなことをしているのかは、俺にはさっぱりわからない。
早乙女は、異世界に連れてこられた時、アバターとして捕らわれる前に逃げ出したらしい。
その際、大怪我を負って死にかけたが、肉体や魔力が強化される“緊急保護システム”が発現したと言っていた。
生命を守るための機構がある……ってことか。
逃亡後は、何年も隠れて暮らしていたらしい。
神には逃げたことも、隠れていることもバレているはずなのに、なぜか見逃されている。
その理由を、早乙女はこう考えていた。
この世界の役に立つ人間だと思われているから――と。
魔法理論や生活知識を研究して発表していたらしく、だから“世界発展のため”に見逃されているんじゃないかって。
……と、思い返しているうちに、衛兵との揉め事も思い出してしまった。
あの時、早乙女に「脳筋野郎」って言われたんだよな……。
しかも、大森のやつが俺の暴言が原因だってバラしやがって。
早乙女、めちゃくちゃ驚いて、質問攻めにしてきた挙句、呆れた顔で盛大に説教してきた。
「普通、衛兵と争うようなことにはならんだろ?なんでそんなことになったんだ?」
「バッカじゃねぇの、この脳筋野郎……」
くそ、大森の奴、余計なことを言いやがって……。おかげで散々に罵られちまったじゃねぇか。
まぁ、俺もなぜあんなに暴言を吐いてしまったのか、正直よくわかってないんだが。
気を取り直して、回想の続きを思い出す。
えっと……あと何だっけ?
俺はもっと強くなれるはず。
この世界に慣れて、経験を積んで、力をつけろ。
その間に、早乙女は異世界脱出計画を練る――そんな話だったよな。
あとは…………。
どれほど考えていただろう。
気づけば、窓際の花瓶も月明かりに包まれて静まり返り、賑やかだった街も、大森のいびきくらいしか聞こえないほど静かになっていた。
早乙女の言葉は、どれも理にかなっていた。
だからこそ、俺たちは彼と手を組むことにした。
強くなるために、次の冒険に備えて、今はこの宿で英気を養っている。
隣では、大森が気持ちよさそうに大いびきをかいていた。
……おい、護衛が夜にぐっすり寝てていいのかよ。
さて、俺もそろそろ寝るか。
横目で大森をちらりと見て、いびきを背にするように身体の向きを変える。
そして、ゆっくりと目を閉じて――静かな眠りに身を委ねた。




