第7話(後編) 謎の学院と早乙女悠真
街を取り囲む外壁の裏路地まで辿り着くと、午前の光が雨雲を追い払い、正門の向こうには石畳の広場が広がっていた。
小路の先にはミラノーラの市街地へ続く橋が架かり、遠くには高塔と尖頂屋根が浮かんでいる。
郊外で衛兵と諍いを起こしていた杉本たちは、外壁の林で野営を張り、頭を冷やすように夜を過ごした後、澄江を先頭にミラノーラへの侵入を果たした。
衛兵は一瞬ざわめいたが、通行許可証と村長からの手紙を確認すると、入場を許可した。
「もう問題を起こすんじゃないぞ!」
衛兵は、澄江の傍らに立つ大森に厳重な注意を促す。
(お前らが騒ぎの発端だったじゃねぇか!)
入場の際、何か言いたげだった杉本の口を塞ぎながら、大森は頭を下げて正門を通過した。
ミラノーラの街は、街全体を囲む巨大な外壁と、その内側に聳える城壁の二重構造で守られている。
城壁の南東門をくぐると、街並みは一変した。
石畳の大通りには錬金術の店や魔力結晶を扱う露店が立ち並び、行き交う人々はそれぞれの言語で活気ある呼び声を上げている。
高くそびえる尖頂屋根の向こうには、「アーカム魔導学院」の塔が遠望されていた。
「これが都か……」
杉本真也は目を丸くしながら、物珍しげに杖の先で都市を探査する。
探索者の目によって、建物のマナ生成点や警備網を可視化し、都市の構造を脳裏に焼き付けていく。
「衛兵を避けて近郊を目指そう。情報収集が最優先だ」
衛兵詰所で状況説明と謝罪を済ませ、厳重注意程度で済んだものの、再び顔を合わせるのは気が重い。
澄江──アクエリスが頷き、細い路地へ足を踏み入れると、大森剛志も斧槍を背へとずらし、影の薄い抜け道を慎重に先導した。
──城壁内でひと際目立っていた魔導学院前の広場に着くと、門前には若い男女の学生服姿が集い、談笑したり試験について熱心に議論していた。
精巧な魔導具を手にする姿もあり、その洗練ぶりは辺境の村とはまるで別世界だった。
「まるで大学のキャンパスみたいですね」
昔を思い出し、懐かしむように目を細めて柔らかく微笑みながら澄江がつぶやく。
杉本も、大学を卒業したのはもう十数年前の話だ。
生前……いや、地球にいた頃の思い出に浸っていると、背後から冷ややかな声が聞こえてきた。
「君たち、初めて見る顔だな」
振り返ると、黒髪を短く刈り込んだ細身の青年が立っていた。
藍色の学生服には「アーカム魔導学院弓術部」の徽章。
鋭い瞳で三人をじっと見下ろしている。
「………君は?」
杉本が素っ気なく問いかける。
(何だ、このガキ……)
内心、低い怒りの沸点が決壊しかけていたが、衛兵に注意されたばかりなので、なんとか平静を保った。
「早乙女悠真。ここでは──異世界人の噂を調べる立場にいる」
早乙女は無表情のまま、手にした結晶弓を淡々と点検する。
彼もまた、不遜な態度で杉本に応えた。
「異世界人?」
早乙女の言葉に、大森が首を傾げる。
異世界という言葉は、この世界では一般的な常識なのか?
杉本は訝しみながら、早乙女と大森のやり取りに耳を研ぎ澄ます。
「そう。貴様ら、十二使途の紋章を背負っているだろう? 天界からの“指令”を受けた者たち――英雄アバターだよな」
早乙女の口調は事務的だったが、その瞳には疑念が宿っていた。
(アバター?……こいつ、今“アバター”って言ったか? その存在は秘匿されているはず……何者なんだ?)
杉本はその一言に警戒心を高め、睨みつけるように静観する。
「指令?いったい何の話でしょう?」
澄江が杖を掲げ、警戒しながら結界を強める。
すると、早乙女は挑発するように、小さく笑って答えた。
「十二使途は異世界神シイゴの『世界進化計画』を担う存在。天界──月の上空に浮かぶ都市の守護者パイシスからの命令で動いているのだろう?
だが、本当に命じられているのは“背後にある真実”の抑制だ。君たちは、その枠から外れる――だから僕が確認しに来た」
言葉と共に、結晶弓がきらりと青白く光る。
早乙女は正面から腕を伸ばし、ひゅるりと無詠唱で魔力の矢を放った。
三つの光の弧が、三人の宙に浮かび、疾風の勢いで襲いかかる――
(こいつ……“世界進化計画”だと? アバター実験のことか?……どこまで知ってやがる!)
「動くな!」
刹那、杉本は〈フィジカルブースト〉を発動し、矢をはじき返す。
大森も盾で早乙女の攻撃を防ぎ、澄江は結界を二重に張って衝撃を散らした。
正面から大森が盾をかざしたまま突っ込み、杉本は左側面に回り込むように杖を振りかぶる。
早乙女は瞬時に反応し、盾を蹴って杉本の攻撃範囲から離脱。
〈ライトニングファースト〉で光のように急接近した澄江の双掌打を浴び、吹き飛ばされたふりをして三人から距離を取る。
後方に退きながら、早乙女はマナで生み出した光の矢を流鏑馬のように打ち出す。
矢は軌跡を描きながら澄江の伸びた腕を狙って飛来する。
矢が届く寸前、大森の斧槍が矢尻を弾き、連撃で矢柄を叩き折った。
杉本は、弓を放つ早乙女の死角から逆手打ちで右手を狙う。
咄嗟に手を引いた早乙女は、杉本の杖術をかわしたかに見えたが、杉本はそれを見越して返し突きを繰り出し、左脇腹に一撃を加える。
「ぐっ……」
押し殺した声を漏らしながら脇腹を押さえ、早乙女はさらに後退。
──しばし小競り合いを繰り返した末、悠真は弓を納め、額に手を当てて嫌そうに息を吐いた。
「くそ……強い。だが、これでわかった。君たちは本当に“指令”を受けた存在だ」
早乙女は静かに歩み寄り、口を開く。
三人はまだ警戒を解いていなかったが、弓を下ろした早乙女を見て、攻撃には移らず相手の出方を伺った。
「天界からの指令とは、『世界が均衡を失いかけた時、十二使途を通じて修正プログラムを走らせる』──ここまでは僕も同じ実験体として知らされた。
だが、本来の指令は“均衡を破壊して新世界を創造せよ”だ。君たちは、ただの“片棒を担ぐ道具”に過ぎないと知っているか?」
杉本は目を見開き、澄江は杖を強く握る。
大森は肩をいからせて早乙女を睨みつけた。
(たしかに澄江は、十二使途として襲名を受けた。だが、“異世界神シイゴの片棒を担ぐ道具”だと?)
その発言は到底許せない。
怒りの沸点が低い杉本はもちろん、普段は穏やかな澄江も、大森も、早乙女の言葉に怒りを露わにした。
「それを……守るため、僕が仲介者になる」
三人の怒りを意にも介さず、早乙女は静かに宣言する。
「僕は脱走した異世界唯一の逃亡者。天界の実験から逃れ、自力で生き延びた。
だから君たちの邪魔をするつもりはない。
だが、この指令が人の意思を踏みにじる悪巧みにしか見えない。
真の使命は“世界進化”ではなく、“世界管理”だと気づいたからだ。
もし君たちが、僕の『片棒を担ぐ道具』という発言に怒りを見せるなら、見込みがある。
この世界を、光へと導くために――共に歩まないか?」
──突然の提案に、三人は言葉を失った。
ミラノーラの朝霧が柔らかく差し込み、塔の鐘が遠くで鳴る。
天界の指令か、神々の実験か。十二使途の存在意義か。
選択を迫られた英雄たちの旅は、ここで新たな局面を迎える。
ミラノーラの地で起こる衛兵隊との攻防。杉本たちは苦戦を強いられながらも突破した。
城壁の中ではアーカム魔導学院が隆々とそびえ立ち、対決という出会いを経た早乙女は神々の計画を語る──
**次回、第8話「黒帆のギルドと女神の杖」**
静かに語られる酒場での出来事。そして港湾都市カルタリスでは、“女神の杖”をめぐる戦いが火花を散らす。




