第7話(中編) 謎の学院と早乙女悠真(ミラノーラ侵入作戦2)
辺境の村オレリウムから、杉本たちの後背を見守るように旅を共にしてきた村人二人は、ミラノーラの外壁が見えたことで、ようやく人心地つけるかと思った。
だが束の間、何の因果か、またしても戦闘に巻き込まれることとなった。
オレリウムでの魔物の襲撃、廃坑での探索、旧教会での死闘。
そして今度は、ミラノーラ衛兵との攻防。
杉本と出会ってから、本当に運がない――
村人二人は、自分たちの不運を嘆きながら顔を見合わせた。
旅が終われば街で一杯酒をひっかけて、あとは帰るだけ。
そう楽観的に考えていた数刻前の自分を制止して、パーティへの合流を遅らせていればよかったと、心の中で後悔しながら、衛兵の剣幕に震え上がった。
「澄江、あいつらの恐慌回復を頼む! 俺は救命を!」
乱戦の最中でも、探索者としての杉本は周囲の状況を的確に把握していた。
縮こまる村人と負傷した大森への対応を、即座に指示する。
杉本の指示を受け、澄江は即座に耐性補助の結界を張った。
強力なマナの力を媒介に、暖かな癒しの光が周囲を包み込む。
澄江の結界術は、用途に応じて様々な効果を付与できる。
恐慌状態に陥っている村人の精神耐性を高め、落ち着きを促す。
同時に杉本は杖を掲げ、〈ライトヒーリング〉を詠唱。
負傷した大森の治癒に向かう。
輝くマナの恩恵が大森の肩に渦巻き、傷口がみるみるふさがっていく。
革鎧を貫いた鉄鏃の切り口から滴っていた血流が、蒸発するように消えて止まった。
「ふぅ……剛志、大丈夫か?」
なんとか窮地を脱したかと、安堵の息をつきながら杉本は声をかける。
大森も息を整えながら、己の不甲斐なさに苦笑しつつ返事を返した。
「すまんな……しかし、助かった。」
杉本たちが防御に身を固めた様子を見て、衛兵長は軍靴の音を止め、口笛を鳴らして兵士たちを呼び戻す。
「本部に報告する! 戻れ!」
杉本たちの一連の行動を見て、手強いと判断したのか、部隊の指揮官らしき衛兵長は深追いを躊躇した。
わずかな衝突で、杉本たちの戦力が自分の部隊と拮抗するほどの力を持っていると見抜いたのだ。
この世界では、魔法の力は周知されている。
とはいえ、魔法を使える人間はそれほど多くは存在しない。
魔法士というだけで、位の高い貴人であることが窺える。
それが、最低でも二人。
魔法を使っていた。
下手をすれば、自身の部隊が半壊しても不思議ではない相手。
しかも、自分たちが気軽に関わってはならない存在の可能性もある。
実際、澄江──アクエリスは、十二使途という、この世界の最高権力者の一人だった。
統率の取れた衛兵たちは、長の指示に従い、陣形を整えるように整列する。
その中で、一騎の若い衛兵が隊列の隙間から馬を翻して後退し、『通行証』を片手に正門方向へと駆けていった。
騎兵の抜けた穴を塞ぐように、再び陣形を整えながら対峙を続ける。
村人二人はまだ幾分怯えた表情を見せていたが、なんとか持ち直し、剣を正面に構える。
陣容を改め、いざ再激突かと双方が息を飲んだ――
その一瞬、澄江が杖を振りかざす。
「許し給え、大聖御神の御名にて!」
小さな囁きとともに、村人二人の体にふんわりとした青白いマナの力が収束する。
怯えを見せていた彼らの表情が、瞬時に自信に満ちた戦士の力強さを取り戻し、その突然の変貌に衛兵たちも狐につままれたように呆然とする。
「援護は任せろ! 一旦、川向こうの林へ!」
刹那、杉本が大森の肩を叩き、一同は一斉に駆け出す。
隊長が魔法の光にたじろぐ間に、大森も斧槍を奪い返し、小川を駆け抜けて川向こうの林へと背を向けて走った。
一瞬の隙を突かれ、撤退を許してしまった現実に、衛兵長ははっと我に返り怒号を発する。
「待て! 貴様ら! ぐぅぅ……おのれぇぇ、逃がすな! 追え、追えぇ!」
迫り来る軍馬は、小川の前で停止する。
杉本たちは、蹄の音が遠くなるまで振り向かずに疾走し、一目散に駆け続けた。
杉本は小川の先にある林で、周囲を見渡しながら探索者のスキルを使い、衛兵の動向を捉えた。
追っ手が近づいていないことを確認すると、深く息を吐き、澄江、そして大森や村人たちに深々と頭を下げる。
「助かった……澄江、みんな、本当に感謝する。」
澄江は汗ばむ額に手を当て、澄んだ笑みを浮かべる。
乱れた衣服を整え、呼吸を整えながら、杉本に言葉を返した。
「どういたしまして。皆を無事に守れてよかった。」
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──そして、物語は再び現在へと戻る。
杉本一行は、どうやって街へ侵入するか思案を重ねていた。
休憩を取りつつ、杉本は探索者の目で状況を分析しながら、澄江たちに相談する。
「正面突破は無理だ。側門……裏手の小路から潜り込むか?」
と、その杉本が思案に暮れている様子を見た大森が、提案を遮るように話し出す。
小盾を下ろし、斧槍を大地に突き立てて言った。
「よし、ここからは正規の手続きを踏むとしよう。」
その言葉に、村人の一人が混乱したように声を上げる。
杉本も驚きながら、村人に向き直る。
「は?……あの……え?」
しばしの沈黙の後、もう一人の村人も口を開いた。
「え、何すか?……正規の手続き?え?え?……」
村人二人の混乱も当然だった。
杉本も状況を把握していない。
だが、心の動揺を見抜かれぬよう、努めて冷静を装いながら、大森と村人の様子を伺う。
衛兵と対立したことで、杉本の目には街に忍び込むしか方法がないように映っていた。
無事に逃げ延びた後も、街への侵入経路を思案し、テンション高めで作戦を練っていたのだ。
だからこそ、大森から予想外の言葉が返ってきたことに、内心驚いていた。
──実は、大森と澄江は最初から街へ入る手段を知っていた。
間髪入れず、澄江は懐から割り印のような通行許可証と、村長からの手紙をすっと差し出す。
そもそもこの旅は、村長からの依頼でミラノーラを訪れたもの。
街へ入る手段はすでに手配されていて当然だった。
というか、杉本が衛兵に食ってかからなければ、争いなど起こるはずもなかった。
彼女たちは、杉本の喜々とした様子を見ながら、いつ切り出そうかと隙を伺っていたのだ。
衛兵と対峙した当初は、本当にすまなそうに反省していた。
だが、右往左往の大立ち回りが、彼の冒険魂をくすぐったようで、次第に目を輝かせながら侵入作戦を練っていた。
通行許可証を見て、はっと我に返った杉本は、やられた……と言わんばかりに目を手で覆い、天を仰ぐ。
いまだ混乱を隠せない村人二人。
「………えぇぇ! 本当っすか?……それって、じゃあ今までの大乱闘は何の意味が……」
(騒ぐのをやめよ、村人よ。今は誰しも、その真理に触れたくはないのだ。)
杉本は平静を装いながら、心の中で呟いた。
「では、正門前が落ち着くのを待ってから、街へ向かうことにしましょう。」
大森は淡々と、正規ルートでの街中侵入作戦を進める。
その完璧な作戦に、ここにいる誰もが異論を唱えることはなかった。
村人二人の嘆きの声以外は……。
かくして、ミラノーラへの旅路は無事に終着点へと到達した。
村人の嘆きには聞こえないふりをしつつ、杉本と澄江は真剣な表情で、大森の言葉に力強く頷いた。
杉本の独断による、杉本のせいで起きた、杉本のためのしっちゃかめっちゃか大乱闘。
村人二人も、ご協力ありがとう。
君たちは、これから街で土産物でも買って、あとは帰るだけですね。
ちょっとしたアトラクションもあって、土産話にも花が咲くことでしょう。
そういえば君たち、名前はなんて言うの?
まぁ……今さらか……。
──同盟都市への道は険しかった。
だが、彼らの絆と澄江の魔法が、窮地を救ったのだった。




