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第6話(後編) 同盟都市ミラノーラへの旅路3

「澄江さん、水の源泉力は弱いけれど、結界で補強しておけば飲用にも流用できます」


杉本は探索者スキルで源泉を探り、マナの泉を可視化して見せる。

澄江は小さく頷き、息を吹きかけるように清浄化の粒子結界を水面に貼り付けた。

人が生きていく上で、水分は欠かせない。

それを補うために、一行は河川で旅の補給を行っていた。


大森も足元の石に腰かけ、斧槍を岩に立てかけて河川内の様子を覗き込む。

強靭な肉体と巨躯を誇る戦士も、食料と水がなければ干からびてしまう。


「食糧も川魚も確保できそうだ。行軍食はしばらく不要だな」


同盟都市ミラノーラへの旅路は、おおむね順調に進んでいた。


二日目の夕刻、杉本たちは鬱蒼とした森を抜けた。

目の前には広い平原が広がり、遠くにミラノーラの城壁が霞んで見える。

城壁の上縁には見張り塔が等間隔に連なり、街灯のように夜でも赤い明かりを放っていた。


「見えた……あれが同盟都市です」


澄江が杖の光で、城壁のマナ分布を示す。

都市の外郭に張り巡らされた魔力結晶が煌めき、防衛ラインの存在を告げていた。

視界の先に、街の外壁が小さく見える。もう少しだ。



旅の道中、杉本と澄江、そして大森は、何気ない日常的な話や、地球でのこと、異世界神たちのことなど、幅広く会話を交わした。

歩く以外にすることのない旅路では、会話する時間がたっぷりとあった。

嬉しかったこと、怒ったこと、悲しかったこと、楽しかったこと──

時には後方警戒をしている村人二人も混じりながら、たくさんの話をした。



ある会話の中で、杉本が澄江の年齢について触れてしまったことがあった。

彼女は会話の途中で急に黙ってしまい、女性に年齢を聞くのは失礼だったかと反省したが、彼女の抱える問題は杉本が思っているよりずっと深刻なことだった。

忘れられない悲しい記憶を、呼び起こしてしまったのだ。


藤沢澄江が話してくれた内容を、情報として整理すると──


彼女は地球の埼玉で、児童養護施設の職員をしていた。

子供が好きで、仕事は大変ながらも、充実した日々を過ごしていた。


そんな澄江のもとにも、赤羽の悪臭神隠し事件のように、闇の手先が獲物を探すハンターのように姿を現した。

彼女は巧みに逃げ回り、児童たちを全員無事に逃がすことには成功したが、子供を盾に取られてしまい、敢えなく闇の手に落ちてしまったという。


話を聞く限り、彼女は指揮スキル、統率スキルにも強い才能を持っているように思えた。

こんな話の中でも、スキルだなんだと考えてしまうのは──俺も、すっかり異世界に染まってしまったようだ。


俺があっさりと落ちてしまった足元の闇の穴にも、彼女は素早く察知して回避したようだ。

だが、どうやら彼女は70歳を超えた高齢者だったらしく、体力が続かずに子供を奪われ、救うために無理をして立ち回った結果、動けないほど消耗し、最終的には影に囚われることになったという。


アバターは地球での実年齢に近づくと、精神保護システムがエラーを起こし、崩壊──死に至るらしい。

逆に言えば、澄江のような実年齢の高い人は、アバターでも長生きできるということになる。


こちらの世界に移った澄江の一巡目の人生──いや、アバター生で長生きしたらしく、21歳の大森が幼馴染という話と合わせて年齢を考えると、

一巡目の約70年+二巡目の約20年で、おおよそ100年に近いアバター生を過ごしていることになる。


すべての記憶が戻ったわけではないというが、老人だった頃の地球時代の記憶も合わせると、少なく見積もっても150年以上の記憶を抱えていることになる。

そのため、精神年齢と今の身体年齢のギャップに苦しんでいるらしい。


澄江が年齢の話に触れられたくないのは、自分が苦しんでいることを周囲に悟られたくないからだろう。


そして、こちらの世界で眠りについている本体を救出し、地球へ帰るとしたら──

おそらく、老人へ戻ることになる。

アバター体とはいえ、一度でも若返りを経験した者にとって、再び老人に戻ることを想像するのは、相当な恐怖と苦しみを伴うはずだ。


子供達に会いに地球へ帰りたい。

けれど、帰れば老人に戻ってしまう。

帰りたい。でも、帰りたくない。

なんとも苦しい葛藤だ。


それと、俺に加護の力を与えた地球の女神テラだが──

この異世界の神であるシイゴにとっては、女神テラは姉のような存在で、頭が上がらず、むしろ恐れているらしい。

まあ、姉に逆らえる弟なんて、どこの世界でもそう多くはないだろう。


そんな恐ろしい姉の目を盗んで地球で悪さをするのは、この世界を育てたいという“愛”ゆえの行動なのではないか──と、澄江は言った。何が“愛”だ!と、俺は叫びそうになったが。


この世界は、わずか百年前後の歴史しかないそうだ。

魔法は存在するが、魔法文化もそれほど発展していないらしい。


大規模な火力を伴う攻撃魔法も研究されておらず、主だった魔法は身体強化が主流。

攻撃魔法を使えたとしても、光を出す、火を灯す、水を流す──その程度のものだという。


もともとこの世界に暮らしていた人々が、原人レベルの文化しか持っていなかったとしたら──

わずか百年足らずで農村を開拓し、家を建て、文明を進化させたのは、アバターの成果と言ってもいいのかもしれない。


だが……この世界のために、地球の人々を犠牲にするやり方を、許せるとは到底思えない。


さて、語り合ううちに時は流れ、二日目も終わりに近づいていた。

思えば、ここまでの旅は順調だった。

このまま平穏無事にミラノーラに到着できればいいのだが……。




杉本信也は、まだ気づいていない。


自分の感情が、異世界神シイゴによって静かに、しかし確実に揺さぶられていることに。

そしてその揺らぎが、三日目の旅路に、取り返しのつかない波紋を広げることになるとは──


まだ……誰も知らなかった。


ミラノーラへの旅路の中で澄江と大森の過去、十二使途が得た世界知識が語られた。

杉本は抑えられない怒りに囚われ、澄江は自身が抱える境遇に苦しむ──。


**次回、第7話「謎の学院と早乙女悠真」**

都市郊外で発生したトラブル。杉本を徐々に蝕み始める異変──

そして、凄腕の魔法士との運命的な邂逅が待ち受けていた。

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