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あれからしばらくして、レトたちはマドラス団のメンバーと、『銀狼団』のメンバー全員が集まった部屋に案内された。さすがにこれだけの人数だと応接間では狭かったのだ。
その部屋はおそらく舞踏会など宴会を催すときに使われる大広間だ。かなりの広さで、ここでは逆に人数が少ないように思える。
「『銀狼団』の4名、たしかにここへ参りました」
デレクは右手を胸にあてて、ロータルの前で頭を下げた。レトに見せた態度とはまるで別人のような丁寧なものだ。
デレクの後ろには4人の男と若い女が立っている。
デレクよりも大柄の大男。槍を背にした細身の男。若い女も細身の男と劣らず背が高く、背中には弓があった。その隣には老人と思われる人物が立っていたが、服装から神官だと思われた。さらに、その隣にはかなり小柄の男が立っていた。身なりも薄汚れた感じでみすぼらしい。彼だけが、極端に違って見えた。
――あれ……?
メルルは気になって目をこらした。
よく見ると、小男の耳の形が人間のものと違う。猫やキツネのように先端がピンと尖ったものだ。それは亜人種にみられる特徴だった。
――あのひと、まさか、『ホッタイト族』?――
王国内にはほとんどいないとされる亜人種のひとつだ。彼ら亜人種は人間とは明確に区別されている。
見た目はそれほど人間とは変わらないが、いくつかの点が大きく異なる。
見た目の違いとしてひとつは体格。人間は大きい者、小さい者、太った者、瘦せた者とさまざまだが、亜人種は同じ種であれば体格がほとんど変わらない。巨人族はどれも2メルテを超え、逆に小人族はどれも1.5メルテを超えることはない。『ホッタイト族』は小人族に分けられ、丸顔丸型体形に、尖った耳が特徴だった。違いがあるのは見た目だけではない。彼らの遺体は放置しても屍霊化することはめったにないのだ。
メルルはこれまで亜人種を見たことがなかったが、本から知識は得ていた。
今、メルルが見ている小男は、まさに本で描写されたままの姿で立っているのだ。
……亜人さんって初めて見た……。って言うか、ほんとにいたんだ!
一種の感動と、珍しいものを見たという興奮と、そして、そんなことに意識してしまう自分に少し後ろめたい気持ちを抱きながら、メルルは小男の顔に視線を注いでいた。ホッタイト族の小男はメルルの視線に気づくことなく静かに立っている。
そこで、メルルはハッと気づいた。
……さっき、あのデレク・オーデナリーは『銀狼団』は『4名』だと言った。
あそこに立っているのは6人。神官姿のひとは違うとしても5人。じゃあ、あとひとり、団員じゃないひとがいると言うの?
あの場の人間はすべて冒険者らしい装備姿だった。団員であるのは間違いないだろう。そうなると消去法でホッタイト族の小男が仲間外れということになる。デレクはさきほど、レトに対して差別意識をむき出しにした男だ。そんな男が亜人種の団員を正式な仲間と数えるだろうか?
……あのひと、どこまでも恥ずかしい真似を……。
メルルはあのときの怒りが甦り、ふたたび顔が熱くなっていく。
いや、待て。彼は神官のお供かもしれない。そうであれば、団員に数えないはずだ。これはさっきの出来事のせいで生まれた、勝手な思い込みかもしれない……。
メルルはここではすぐに決めつけず、よく見て判断しようと思い直した。
「『銀狼団』の勇猛さは、この地でも轟いている」
ロータルはデレクたちを称えるように話しかけた。
「この依頼は、そんな貴公たちには物足りないものになるかもしれないが、ぜひ協力を頼む」
「お任せください。何でしたら、あのダンジョンの攻略もお引き受けいたしましょうか?」
デレクの口調は丁寧ではあるが、さすがに挑戦的であった。しかし、この言葉にロータルの表情が動くことはなかった。彼は目を閉じて静かに首を振った。
「せっかくの申し出であるが、私はあのダンジョンへの興味は失せた。
息子を取り戻したら、私はあのダンジョンを封印するつもりだ」
「封印……ですか……」
レティーシャが小声でつぶやいた。ロータルはレティーシャに顔を向けた。
「ブロワ君、だったな。
君たちには悪いが、これは決定事項だ。私は今後、誰であろうとあのダンジョンの立ち入りを認めない。ダンジョンの入り口は元どおりがれきで埋め戻して、あの近辺の立ち入りも禁じる」
「し、しかし、あれは歴史的発見につながるかもしれない貴重な遺跡でもあるのです。
ど、どうか、ご再考を!」
「君たちには悪いと言った。
もしかすると、かつてないほど歴史的な価値があるかもしれん。
だがね。あれは、私からたったひとりの息子を奪った忌々しいものなのだ。
あれが、我が領内にあるというだけでも許しがたいのだよ。
できれば、跡形もなく破壊してやりたいぐらいだ。
封印程度に留めるのは、私にもまだ少し、理性が残っていると理解してくれないかな」
ロータルの口調は終始落ち着いたものだったが、それでも有無を言わせぬ迫力があった。これにはレティーシャも無言でうなずくしかなかった。
「ひとつ確認させていただきたい」
暗い表情でうなだれるマドラス団の面々を尻目に、デレクが口を挟んだ。
「もし、ダンジョン内で何らかのお宝を見つけた場合、やはり、ご領主様に献上すべきですか?」
ロータルはゆっくりと首を左右に振った。「放棄したも同然のダンジョンだ。ただのがれきであろうと宝飾で彩られた王冠であろうと好きにしてくれ。持ち出し自由だ」
「ご配慮、まことにありがとうございます」
デレクはうやうやしく頭を下げる。それを見て、メルルはますますこの男のことが嫌いになった。
……図々しいと言うか、抜け目ないと言うか。もう、とにかく浅ましい!
ねぇ、レトさん! と言いたげにレトの顔を見上げたが、レトの表情には何も変化がない。目の前で繰り広げられる、小さな人間模様に関心がないような様子だ。
……もう! こういうときアルキオネちゃんがいたら、しゃんとしろって突っついてくれただろうに……。
レトは仕事に出かけるときは肩に一羽のカラスをいつも乗せていた。アルキオネという名前で、メルルがレトと初めて会ったときから一緒だった。これと言ってレトの仕事に役立っているわけでないが、レトにとって無くてはならない存在らしい。とは言え、仕事上どうしても同行させられない場合がある。今回は地下迷宮を捜査する可能性があったため、アルキオネは留守番となった。さすがに、狭い地下まで鳥類を連れて行くわけにいかないからだ。現在は事務所でおとなしく(?)レトの帰りを待っているはずだ。
「ところで……、肝心のルーベンを引き揚げる方法ですが……」
アンリが遠慮がちに発言した。これまで強気な態度が目立っていたが、さすがに勇猛と評判の冒険者パーティーを前にしては、これまでどおりの態度はとれないらしい。
「そのプランはこうだ。グリュック!」
デレクはホッタイト族の男に声をかけた。グリュックと呼ばれた男は無言で進み出ると、足もとから何かを取り上げた。彼らの足もとにはさまざまな道具が積まれていたのだ。
「この滑車を使います」
グリュックは持ち上げたものを指さしながら説明を始めた。穏やかで優しそうな声だ。
「はしごのある階層に、これをふたつ取り付けます。
ルーベン様は担架に乗せ、その両端を滑車から降ろしたロープに固定するのです。
ひとつでは万が一ロープが切れたり外れたりしたときに落下の危険がありますので。
ルーベン様の体重であれば、男3名いれば引き揚げることができます。残りの者で引き揚げられたルーベン様を回収していただければ良いのです」
「ダンジョンの天井にくさびでも打ち付けるつもりか?」
アンリは顔をしかめた。「あれは遺跡でもあるんだぞ」
「さっきの話を聞いてなかったのかい、冒険学者さんよ」
デレクはアンリを完全に下を見ている口調だ。
「あのダンジョンは封印。実質的には捨てられるんだ。ご領主様の本音はあれを破壊したいぐらいなんだぜ。少々傷をつけるぐらいが何だって言うんだ」
「そ、そうなんだろうが……」
アンリは口どもりながらデレクから視線をそらした。歴史研究者としての気持ちでは、やはり、あのダンジョン――遺跡を傷つけるのは忍びないのだ。
「ダンジョンは天井も壁も岩でできているんですよね?
簡単にくさびが打ち込めないのであれば、滑車を増やしてそれを上階の人間が支える方法で引き揚げるつもりです」
グリュックがアンリを安心させるようにつけ加えた。リュートが首をかしげる。
「ロープに固定したら、みんなで上から引っ張り上げるんじゃダメなのかい? わざわざ滑車を使う必要ってあるのか?」
「それは最後の手段です。滑車を使えば、直接引っ張り上げるより楽で、しかも安全に引き揚げることができますよ」
グリュックの答えにリュートは納得いかない様子だ。
「滑車による仕事の原理です」レトが横から説明を加えた。
「滑車には定滑車と動滑車の2種類があるのですが、それらを組み合わせることで少ない力で物を持ち上げることができるんです。動滑車を増やせば、さらに小さな力ですむ原理なのです」
リュートはレトに視線を向けた。「あんた、博識だな」
「昔、大量のレンガを運ぶ仕事をしていたので。経験からの知識です」
レトは謙遜するように返した。
「ま、理屈はともかく、この道具と、これだけの人数があれば仕事は確実というわけだ」
デレクは胸を張って言った。
「さぁ、荷物をまとめようじゃないか。さっそくダンジョンへ向かうぜ!」