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「こちらが『銀狼団』のリーダー。デレク・オーデナリー様です」
レトとメルルは、ロータルと会話した応接間で、今度はひとりの大柄の男と面会していた。執事のセルロンゾが紹介すると、大柄の男はレトたちに向かって前かがみになった。
「こいつが王都から来た探偵? 王太子肝いり組織の? マジか? 何かの冗談か?」
いかにも下に見ている様子で、口調も馬鹿にしたものだ。
「冗談に思えるかもしれませんが本当です」
レトは丁寧に応じた。
「ハッ! バカバカしい!」
デレクは顔を大げさにそむけると吐き散らした。
「こんな下等民族が王都で探偵をやっているだと? 冗談もほどほどにしとけって話だ!」
それを聞いてメルルは顔色を変えた。
――下等民族? それって……。
かたわらのレトの表情に変化はない。
ギデオンフェル王国にはさまざま民族の者たちが住んでいる。国民の大部分はガリヤ系と呼ばれ、髪と目が薄茶色、肌色は白いのが特徴だ。メルルは典型的なガリヤ系の少女である。ガリヤ系はさらに北方系と枝分かれし、彼らは金髪、碧眼が特徴になる。かつて、『討伐戦争』と呼ばれる戦争で活躍した勇者リオンはここに属する。
肌の色が特徴的なのはシャリロア族と呼ばれる民族だ。彼らは茶褐色の肌色をしている。狩猟系の民族で、体格の大きい者が多いのも特徴だ。有名なのは、勇者リオンとともに『討伐戦争』で戦った、『勇者の団』7番隊隊長のデアンドリアという人物である。
ほかにもさまざまな少数民族が暮らしているが、いずれもガリヤ系の人びとが住まない辺境の地だ。その地で独特の風俗、習慣を守りながら生活している。
レトは、父親はガリヤ系だが母親がその少数民族のひとつ、アージャ族の女性だった。肌いろの濃いシャリロア族とは違い、黄色系の肌いろ、黒い髪と黒い瞳。レトの外見は、母方の民族的特徴が強く表れていた。
デレクはレトの外見から『下等民族』と言い放ったのだ。
――ひどい! 許せない!
この世界が公平でないことも、差別が存在することもメルルにはわかってはいる。
しかし、こうもあからさまな態度を見せられるとは驚きであったし、腹も立った。
メルルは勢いよくデレクの前に向かおうとした。しかし、その顔の前にレトの右手があった。レトが片手をあげてメルルを制したのだ。
「れ、レトさん!」メルルは抗議の声をあげずにはいられなかった。「どうして!」
レトは胸元から銀色に光るメダルを取り出した。ゆっくりとデレクの前に掲げてみせる。
「これは王太子殿下より直々にお預かりしている身分証明のメダルです。
僕の身分にどんな疑いを持たれてもかまいませんが、このメダルこそ、あなたの疑問に答えてくれると思います」
デレクは横目でそのメダルを見つめた。
やがて、鼻を鳴らすと、片手で頭をかき回した。
「ああ、たしかに本物だな、そいつは。わかったよ、探偵。少なくとも、お前が王都からやって来た探偵だってことは認めてやるさ。だがよ……」
デレクは大きな顔をレトの前にずいっと近づけた。
「今回は探偵仕事じゃねぇ。冒険者さんのお仕事だ。
お前さんはただの同行者として、俺たちの邪魔をせず、おとなしくついていくだけだからな。指示は俺が出す。お前さんはそれに従う。いいな!」
デレクは自分の人差し指でレトの胸を何度かつつきながら言うと、そのまま応接間から出ていってしまった。
「何なのですか、あのひと!」
デレクの姿が見えなくなると、メルルは扉を指さして怒鳴った。「自分が何様だって言うんですか!」
「そう熱くなるなよ」
レトは静かな口調でメルルの肩に手を置いた。口もとにはうっすらと笑みさえ浮かべている。
「レトさんはいいんですか? あんなやつ、コテンパンに叩きのめしたっていいんですよ!」
「僕はいいんだよ」
「どうして!」
「君が怒ってくれたからね」
メルルはぽかんと口を開いた。
「僕が怒るより先に君がいきりたつから、かえって冷静になってしまったよ。だからありがとう、メルル」
それを聞くと、メルルは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「まぁ、このメダルがあるから、僕も自分を抑えられたわけだけど……」
レトは手にしていたメダルに目をやった。
「これを持つ者に、そうとわかって攻撃する者は、すなわち王国に対する敵対行為とみなす……。僕は本当に守られている、恵まれた者だと思えるよ」
レトの声はしみじみと感謝の気持ちがこもっていた。