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「どういうことよ!」
レティーシャが金切声をあげた。
「言うなよ。もう決まったことだ」
アンリは不機嫌な顔つきで腕を組んだ姿勢で返す。
マドラス団のメンバーは、離れの食堂に集合していた。王都からやって来たという探偵からの尋問に答えてから間もなく、アンリはマドラス伯に呼び出された。険しい表情で戻ってくると、彼はマドラス伯から、ふたたび『ツヴァイ迷宮』に入るよう要請されたと仲間に伝えたのだ。
「俺たちの代わりに誰か行かせられないのか?」
リュートも不満げな表情でつぶやいた。「たとえば、さっき来てた探偵とか」
「その探偵も行くんだとよ」アンリは吐き捨てるように言った。「俺たちが尋問されてたとき、隣でお人形のように座っていたおチビさんも一緒だと」
「何か、私たちの証言に問題があったの?」
リューゼは不安そうな目をアンリやレティーシャの顔に向ける。
「知るかよ。少なくとも俺は変なことは言ってないぞ」
リュートはふてくされたような口ぶりだ。彼はで椅子の背もたれに全体重を預けて、だらんとした姿勢だった。
「でも、おかしいでしょ。あの探偵はマドラス伯が疑っていることを信じていなかったんでしょ? 事故だと確認できたら王都へ戻るって……。
誓って言うけど、私はあのことを探偵に話していない……」
リューゼは仲間たちに問いたげな様子だ。「誰か、あのことを話した?」
「ば、バカ言うなよ。ダンジョンを出る前にも言ったとおりだ。
不確かなことを話すつもりはないって」
アンリは怒ったような口調で言った。レティーシャも首を振ると「私だって話してない」と否定した。
「右に同じ」リュートは姿勢も変えずにひと言だけ返した。
「でも、あいつに不審を抱かせた。だから、ダンジョンへ戻り、ルーベンの遺体回収と現場検証に立ち合うことを要請された」
アンリの口調は忌々しげなものだった。
「何か失敗したのかしら」レティーシャはきょろきょろとあたりを見ながらつぶやく。
「私、何か変なことを答えたのかしら」
「まったくわからん」
アンリは目を閉じて言った。「あのあと、何を尋問されたか、みんなと話したが、あの内容で何に疑いを持たれたか、見当がつかない」
「4人とも聞き始めは直接関係ない話だったしな」
リュートは身体を起こしながら言った。「あの内容にも、俺たちに不審を抱く要素があったとは思えない」
「けっきょく、あの探偵はマドラス伯を納得させられなかっただけじゃないかしら?」
リューゼが思いついたように言った。
「それで、やむなくダンジョンへ行くしかなくなった」
「その可能性が一番高いな」アンリはリューゼの意見に乗った。
「本当にそうかぁ?」リュートは間延びした声で言った。「あの探偵、若すぎるぐらい若いが、どうも油断ならない雰囲気があったぞ」
「そうね。あっちはずっと冷静な様子だった。尋問なんて手慣れている感じだった」
レティーシャはレトとのやり取りを思い返してつぶやいた。「あのひと、冒険者なのかしら?」
「ちょっとそのあたりを会話したが、探偵は冒険者じゃなかったみたいだな」
リュートも思い出した様子だった。「あれは、戦場で戦っていた男の目をしてた」
「『討伐戦争』で戦っていた?」リューゼが聞き返した。
「そこまではわからないが、たぶんそうだ」リュートはどこか確信めいた口調だった。
「戦争経験者か……。たしかに、あれは俺たちとは別の死線をくぐってきたような匂いがしたな」
アンリもどこか納得したような口ぶりだった。「油断ならないのは確かだろう……」
「で、どうするの? このまま、素直にダンジョンへ戻るの?」
リューゼは少し怒ったような表情を見せた。アンリたちの、どこか的外れのような会話に少し苛立った様子だ。
「リューゼ、落ち着いて。私たち何もしてないじゃない」
レティーシャがリューゼをなだめた。
「そりゃ、私だって何か疑われているのは気に入らない。でも、もう、それは仕方がないじゃない」
「いっそ、ダンジョンの奥であいつらの脚でも折って放置しておくか?」
リュートがぶっそうなことを言いだした。
「そうすりゃ、大黒蜘蛛とか、ギガントラットとかが始末してくれるだろ。俺だって痛くもない腹を探られるのは気に入らないし」
「だからって、それはやりすぎでしょ、さすがに」
レティーシャは呆れたように、ため息交じりでつぶやく。
「俺は正直、リュートの考えに賛成なんだが……」
アンリはゆっくりと身体を仲間たちに向けた。「それは難しい話だ」
「どういうこと?」レティーシャは首をかしげた。
「間もなく、俺たちが迷宮へ戻るのに必要だと『頼んだ』助っ人が到着するそうだ。よりにもよって、戦闘経験豊富な有名パーティーだ。あいつらとも一戦交えるのは無謀すぎる」
「助っ人? どこのパーティーだよ」リュートは少し呆けた顔で聞いた。
「『銀狼団』。『悪狼』デレク・オーデナリーが率いる荒ごと専門のパーティーだ」