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「ど、どうも……」
あいさつと自己紹介を終えると、リュートはおずおずと頭を下げながらソファに腰を下ろした。
「では、カーライフさん。
まずは、マドラス団の皆さんのこと、紹介していただけませんか?」
レトはさっそく質問を始めた。今回もこれまでと違う質問だ。
「え? 俺たちのこと、ですか?」
リュート・カーライフは戸惑った顔になる。さすがにメルルもレトの意図が理解できるようになっていた。
事件の関係者を別々に呼んで事情を聞いているが、厳密な監視体制をとっているわけではない。つまり、彼らには口裏合わせをすることが可能なのだ。先に尋問の終えた者からどんな質問をされたのか聞き出して、回答を用意しようと思えばできてしまう。
そこで、レトは冒頭で違う質問をぶつけることで相手のペースを乱し、用意した回答を使えなくしてから本題に入っているのだ。
彼らが、あらかじめ尋問の答えを用意していたことは、彼らが困惑の表情を浮かべていたことからもうかがえる。
「ええ。皆さんのことを理解したいと思いますので」
レトに促されて、リュートは眉をひそめながらも口を開いた。
「ええっと、じゃあ、まずは俺のことから説明しますね。
俺はマドラス団で魔法使いをしています。魔法使いと言っても攻撃系の魔法は低級の氷結系ぐらいで、強化などの補助魔法とか、敵の攻撃力を低下させる弱体化の魔法とか支援系が主な役割です。ほかには、回復も俺の役割ですね」
「かなり重要な役割ですね」
レトの返しに、リュートは「おっ」という表情になった。
「あんた、その恰好でも思っていたが冒険者なのかい?」
「さっきの自己紹介のとおり、僕は探偵です」
レトは穏やかに否定した。
「ですが、戦闘経験もあるので、支援の重要性は認識しているつもりです」
「そうか。あんたは戦争経験者か……」
リュートは納得したようにうなずいた。
「ルーベンがパーティーを組もうと言い出したとき、俺たちの誰も魔法を習得していなかった。大学には官僚とか、公務員になることを考えて入ったからな。ま、当然さ。
でも、当時の俺たちはルーベンの提案に夢中になっちまった。すでに遺跡探索がダンジョン攻略みたいになっていたからな。
だが、いざ、俺たちでパーティーを組むとなったら問題は山ほどあった。そのひとつがパーティーのバランスだ。支援役や回復役のいないパーティーがもろいってのは、俺たちでも知っていることだからな。
そこで、誰が魔法を習得するか決めて、役割も決めようとなった。適性があったのは、俺とレティーシャのふたりだった。でも、俺が魔法使い、レティーシャが汎用型になったのは、まぁ、なりゆきみたいなものだ。役割を交代しても問題なかったかもな。とはいえ、これらのジョブはこのパーティーに必須だった。
アンリは見ての通り壁役にうってつけだったし、ルーベンはすでに長剣を使いこなす腕前があって攻撃役以外考えられなかった。盾役に向かないリューゼやレティーシャを中衛に回せば、後衛は俺がやるしかない。
こうして、俺たちは陣形を整え、冒険者としてデビューしたわけだ。
『マドラス団』という団名になったのは、発起人がルーベンというのもあったが、結成までの費用を全部あいつが持ってくれたというのもある。ま、スポンサーの名前を団名にしたってわけさ」
部屋に入ってきたときは、どこか落ち着かない様子だったのに、話し始めるとかなり饒舌だ。見た目は線の細い、神経質な人物に思えたが、実際には調子に乗りやすいのかもしれない。メルルは話を聞きながら思った。
「初めは楽しいパーティーだったぜ。
遺跡調査専門の冒険者ってのは、意外とニーズがあるんだ。ギデオンフェル王国の歴史は千年程度だが、もちろん、それ以前の文明は存在し、遺跡もたくさんある。それら遺跡の価値を知りたいと思う大学とか、どっかの国の政府や領主も、大勢いるってわけさ。つまり、依頼を受けて冒険ができる。商売として成り立つんだ」
「なぜ、大学などの方がたはマドラス団の皆さんに依頼を出すんです?
研究所の方がた自らが調査してはいけない理由でもあるんですか?」
メルルが首をかしげて尋ねた。
「君は助手見習いって言っていたね。ほんとに何も知らないんだなぁ」
リュートは笑って言ったが、悪意はないらしい。馬鹿にしている響きは感じられなかった。
「遺跡にだっていろいろある。もちろん、大学のセンセイ方が自ら調査に赴くことができる安全な遺跡もあるさ。でも、多くの遺跡は人間の住んでいない、または住めない地域にあるんだ。そういう遺跡は魔獣などの棲み処になってることもあって、襲われる危険があるんだ。
それと、遺跡には侵入者を拒む仕掛け、罠があったりもする。そういうのが遺跡をダンジョン化させたりするんだよ。
とてもじゃないが、お偉いさん方だけでは手に負えないね。命の危険があるから。
そこで、代わりに探索、調査のできる者に依頼するのさ。危険にも対処のできる冒険者にね。
しかし、下手な奴には頼めない仕事だ。遺跡の価値が理解できない奴に任せたりしたら、大事な遺跡、つまりは国の遺産を踏み荒らされかねない。大切な遺物もお宝として持ち去られる危険もある。
その点、俺たちは大学で歴史を専門に学んできた、もともと学者の卵だ。
遺跡の価値を正しく判断し、その保護についても正しい判断や報告ができる。
魔獣退治や、護衛任務しかできない冒険者より、信用があるってことなのさ」
リュートは気分よさそうに語り続けている。しかし、メルルにはひっかかる部分があった。リュートは話し始めに『初めは楽しいパーティーだった』と言っていた。つまり、今は楽しくない、ということだ。しかし、これまでの話に、それをうかがわせるものは何も見当たらなかった。
――リュートさんはまだ本心から話していない……。
メルルはそう感じていた。
「皆さん、冒険者としての役割のほかに、探索者としての役割もあるわけですね?
それぞれ得意な分野などあるのですか?」
少々脱線気味の会話を修正するつもりだろう。レトが口を挟んだ。
「……そうだな……。同じ史学科にいたわけだから、多少かぶっちゃいるが、俺は前王朝時代が主かな。デーモン族に滅ぼされ、『解放戦争』の舞台にもなった時代。滅んで千年ぐらいと割と近い時代でもあるから遺跡も多い。研究者には魅力的な題材だ。
ルーベンも前王朝時代。俺は全般的なことを調べているが、あいつは家系の調査が主だ。あいつは前王朝時代から続く、由緒正しいお貴族様らしいからな。自分の血統の正統性が確かめたかったんだろう」
調子よく話していたリュートの口調に皮肉な響きが混じってきた。ルーベンに対して、あまり良くない感情を抱いているようだ。
「リューゼは古代アウセリナ時代。未だに神話だけの存在か、実在した時代か結論が出ていない時代だが、彼女は実在主張派でね、その時代の遺跡の発見に力を入れている。
アンリは初期ギデオンフェル王朝時代だ。『解放戦争』終戦後まもないギデオンフェル王国の調査をする者は少ない。だが、前王朝とはっきり区別できるようにしないと歴史評価も定まらないからな。意外と重要な研究だったりする。あいつは意外と歴史研究の目利きなのさ。
レティーシャは北方アイスドピアの歴史だ。彼女はかなり肌が白いだろ? 彼女はアイスドピア……北方ガリヤ族のひとりなんだ。もちろん、ガリヤ族なんてだいぶ混血が進んでいるから、彼女自身も純粋の北方ガリヤ族ってわけじゃない。でも、自分のルーツに興味を持つのはおかしいことじゃない。そうだろ?」
さきほどのルーベンに対しては皮肉っぽい言い方だったのに、レティーシャには好意的だ。メルルはリュートのことを本当に調子のいい人物だと思い始めていた。
「たしかにそうですね。
では、『ツヴァイ迷宮』はどの時代の迷宮にあたりそうですか?」
レトがダンジョンの話に話題を変えると、リュートの表情がサッと変わった。初めの警戒心が戻ってきたようだ。
「……まだ推測段階ではあるが、前王朝時代よりも古い、小王朝乱立時代あたりと考えている。ざっと2千年から3千年前の間だ。あの時代は千を超える小規模の王国が乱立していた。そして千年の間に淘汰されて前王朝に統一されるんだ。
ただ、その時代は遺跡が少なくってね。文献もあまり残されてないから学説として認められたものも少ない。たいていは戦争で破壊しつくされているからね。
『ツヴァイ迷宮』は、マドラス領でもっとも人間の住みにくいツヴァイ渓谷にある。あの渓谷はすでに枯れた大河でできた地形だからね。あたりには川がなく、水が確保しにくいんだ。雨の少ない地域でもあるしね。
あの迷宮は、そんなところに隠れるように存在していた。
前王朝とか、他国の侵略を恐れてそこに拠点を築いたんじゃないか……。それが、俺たちの見立てだ。迷宮の装飾に、これまで見てきた遺跡と似たようなものがなかったのも根拠のひとつだ。前王朝との接点が見られないってことさ」
「第5層まで探索されて、その見立てを裏付けできそうなものは見つからなかったのですか?」
「どうも、あの遺跡は敵の侵略を受けて滅んだものではなく、放棄されたものらしいんだ。つまり、当時をうかがわせる壺だの食器だの、そういった品々がまるで見当たらなかった。ひとつ残らずまとめて引っ越したって感じだったんだ。後に迷宮へ入り込んだらしい動物の骨とか見つかったが、人間とか、そこにいたと思われる者たちの遺体はまったくなかったし。墓らしいものもなかった」
「何に使われたものかも見当つかない?」
「いや、たぶん、城としての役割を持っていたと思っている。
第1層は地下のくせに商店街を思わせる区画や、客をもてなすためと思われる居住性の高い空間もあった。第2層からは兵士などが居住していたと思われる狭い住居跡があった。迷宮ひとつだけの国って小さすぎると思うが、小王朝乱立時代のものだと考えれば納得できる。
まぁ、証明できるものは何ひとつ見つけられなかったわけだが」
「罠はどうでした?
あの迷宮にも侵入者対策の罠があったと思うのですが、それら罠の特徴から時代背景を探ることはできませんか?」
レトが少し食い下がり気味に質問すると、リュートは考え込む姿勢になった。
「たしかに、罠にも個性というか、時代を示す特徴があったりもするが……。
しかし、あの迷宮に、そんな罠は見当たらなかった。いや……、見つけられなかった。
けっきょく、ルーベンが命を落としたわけだし……」
「ルーベン氏が命を落とされた状況はどんなものでしたか?」
「正直なところ、俺にはうまく説明できない。
ルーベンの叫び声が聞こえて、アンリたちと駆けつけると、ルーベンは拠点にしていた部屋のなかで血まみれで倒れていた。
俺はとっさに部屋の周囲に目をやった。何か、ルーベンをあんな目に遭わせたものがないか、その痕跡がないかってね。
実は、その部屋は先に5人で探索した場所だった。安全だと確認したうえで拠点にしようとしたのだがな。何か見落としがあったらしい。
しかし、その再調査はしなかったよ。すぐ、ルーベンの傷の具合が気になって、手当てをしようとしたんだが、何の施しようもない状態だった。あいつもすぐ死んじゃったしね。
それから先はただパニックさ。ルーベンが未知の罠にかかって命を落とした。俺たちも危険だ。ここにいちゃまずい。あのダンジョンからの撤退はすぐ決まった。
俺たちが無事に戻るにはルーベンを担いで戻るわけにいかなかった。言い方は悪いが、未知の危険が残るダンジョンから戻るには、あいつはお荷物だったんだ。
せめて、態勢を整えてから遺体を引き揚げられるよう、聖布にくるんだりしてやったが、それができることの精いっぱいだった。
俺たちはあいつを残して撤退するしかなかった……」
リュートの話は最後になると言い訳に終始しているように感じた。しかし、メルルには非難する気持ちになれなかった。リュートの説明がこれまでの3人より正直だと感じられたからだ。ルーベンの遺体のことを『お荷物だった』と打ち明けたことが理由だ。
リュートは取り繕う考えが薄いのだ。
「あなたはルーベン氏が罠にかかって命を落としたとおっしゃいました。その根拠は何ですか?」
レトの声は感情を感じられない冷徹な響きがあった。リュートは顔をこわばらせる。「こ、根拠って……?」
「ルーベン氏が誰かに斬り殺されたとは考えなかったのですか?」
「ば、バカを言うな!」
リュートは慌てたように大声をあげた。
「さっき、言っただろう。とっさに部屋の周囲に目をやった、って。
実は、あのとき、みんなの様子も見てたんだ。ほんの一瞬だが、誰かがやったんじゃないかって思った。だが、俺たちの誰も返り血を浴びたのがいなかったんだ。みんなきれいなままだった。
ルーベンは胴の半分以上を切り裂かれるほどの深い傷だった。あんな傷を負わせたのが、まったく返り血を浴びてないってありえないことさ。わかるだろ?」
「そうですね。つまり、あなたは仲間の誰も返り血を浴びていない様子から、誰もルーベン氏を殺していないと判断した。そういうことですね?」
「そ、そうさ……」リュートは強くうなずいた。
「ルーベン氏が罠にかかったと考えたのであれば、血の広がった状況から、どこに罠があったか見当つけたりしなかったのですか?
危険を回避するためには、そう考え行動するのが自然だと思うのですが」
リュートは目を左右に動かし始めた。
「そ、そうだな……。あんたの言うとおりだと思うよ……。
だ、だけどよ、これもさっき言ったが、あのとき俺たちはパニック状態だったんだ。冷静じゃなかった。
早く撤退しなきゃという思いに縛られて、ほかの考えなんてまるで浮かばなかったんだ。
だからさ、ここに戻ってから、ああすれば良かったとか、いろいろ考えることはあるんだ。それこそ数え切れないほどいっぱいにね」
たしかに、仲間を失ったのは衝撃の大きい出来事だと思う。しかし、それにしては彼らの反応や行動は極端だと感じる。さっきから湧き上がるのは違和感だ。メルルはその違和感に落ち着かない気持ちになった。
リュートが部屋から出ていくと、レトはあごに手をかけて考え事を始めた。これまでの証言から何か思うところがあるのは間違いない。
「レトさん。あのひとたちの証言を聞いてどう思いました?」
「どこまで正直に答えてくれたか怪しいって思ったさ」
「どのあたりが本当で、どこにウソを感じましたか?」
「ルーベン氏を発見するまでの経緯、撤退の行動に変な不一致はない。そのあたりはみんな正直に答えたようだ。最後のリュートは、ルーベン氏の遺体のことを『お荷物』とまで言い切っていた。なぜ、遺体を残して撤退したのか、少なくとも感情的背景は理解できたように思う。
一方で奇妙なのは、ルーベン氏の様子についての描写だ。
アンリはリュートとレティーシャがルーベン氏の手当てをしたが助からなかったと証言した。手当てを始めたときはわずかに息があったような表現だった。
リューゼは手当てを試みたがすでに死んでいたと証言した。即死だったとも口にした。
レティーシャは回復魔法の呪文を唱える前にルーベン氏が死んでいたと証言した。つまり、手当てはしなかった、ということだ」
「見事に全員バラバラですね……」
「リュートの証言はレティーシャとほぼ同じだった。彼は手当てしようとしたが手の施しようがなかったと言っていた。手当てしようとしたがしなかった、という点でレティーシャと一致している。だが、そこでもレティーシャは手当ての前に死んでいたと証言したのに対し、リュートの証言では手当てしようとしたが、致命傷だったのであきらめたというように食い違いが見られる。つまり、様子を見たときにはわずかだが生きていたとリュートは言っているんだ」
「どういうことなんです、それ?」
「そこにウソが潜んでいるってことさ。その部分について、彼らは本当のことを話していない。だから、こうも証言がバラバラになったんだ」
「どうもわかりません。あのひとたちは、なぜ、その部分でウソをつく必要があったんです?」
「それはわからない。でも、そうだな……」
レトは腕を組んだ。
「僕たちは迷宮に潜らないわけにいかなくなったな……」