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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 12

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 「氷の刃……。こんなものが仕掛けられていたとは……」

 オリヴァーは身体を震わせた。彼は同時に理解したのだ。この仕掛けはほかにも存在し、ひとつはドットの首をはね、もうひとつは初代王の像があった部屋で自分たちの首をはねようとしたのだと。


 「この仕掛けの利点は『錆びない』ことです」

 メルルは説明を続けた。

 「鉄製の刃を仕込んでいたら、いずれ錆びて動かなくなっていたでしょう。ですが、これは瞬間的に水を刃の形状に凍らせることで使える。いずれ腐る油も使わないから、魔素があるかぎり半永久的に作動させることができる。これがこの罠が今回も作動した理由だと思います」


 「氷の刃が仕込まれているってよくわかったな」

 オリヴァーが言った。

 「それとも思いつく手がかりでもあったか?」


 「正直、これこそと言えるほどの手がかりがあったわけではありません」

 メルルは首を振った。

 「ですが、このダンジョンは地上と違い、水が豊富であること。魔素が通常より濃く、魔法の仕掛けであれば現在でも作動すること。鉄はどうしても錆びるので、鉄製の刃を使った罠は考えにくいことなど、それらをつなぎ合わせて考えて、あの仕掛けを思いついたんです。根拠がないわけではありませんが半ば当てずっぽです」


 「女の勘てやつか」デレクが吐き捨てるようにつぶやいた。


 「しかし、よくわからない」

 アンリは首を振った。「ルーベンはどうして通気口を調べ直そうとしたんだ?」


 「声が聞こえたからじゃないですか」

 メルルは通気口の近くへ歩み寄ると、ランタンを取り上げた。


 「声?」レティーシャが首をかしげる。


 「リューゼさん。リューゼさんはこの部屋で声をあげるルーベンさんの声が聞こえたんですよね?」

 メルルはリューゼに話しかけた。リューゼは不思議そうにうなずく。「……ええ」


 「リューゼさんはここから一番遠い奥の壁を調べていたということでした。それなのに、ルーベンさんの悲鳴が聞こえた。それはなぜでしょうか? 実は、この通気口、いえ緊急用の避難通路の出口につながっていた先が、リューゼさんのいたところだったんです」


 「え?」リューゼは目を丸くした。


 「この通気口がなかったら、ルーベンさんの悲鳴が届かなかったかもしれません。ですが、悲鳴を聞きつけてリューゼさんはリュートさんとともにアンリさんと合流し、現場へ駆けつけることになりました。それは通気口を通じて、ルーベンさんの声が届いたからです。つまりそれは、逆もそうだということです。ルーベンさんは通気口からリューゼさんの声が聞こえたのではありませんか? ルーベンさんはその声がよく聞こえるよう、通気口に近づいて耳をそばだてた。そのとき、邪魔なランタンをかたわらの燭台置きに置いた……」


 部屋の全員の頭に、そのときのルーベンの姿が思い浮かんだ。

 壁から飛び出した丸い刃に切り裂かれるルーベンの姿が。


 「あのころのルーベンは嫡男の立場を失う恐れから、かなり神経質になっていた。仲間を疑い、仲間を縛ろうとした。自分のいないところでリューゼの声が聞こえたら、ルーベンは聞き耳を立てようとしただろうな。リューゼ。あのとき、君はリュートと一緒だったんじゃないか? あのとき、何を話していた?」

 アンリがリューゼに尋ねた。リューゼは少しうつむいていたが、やがて顔をあげた。


 「たしかに、リュートと話していた。でも、大した話じゃない。私がそこに残るから、リュートはもうひとつの通路を調べて、ってお願いしたぐらい。私、リュートとは何もなかった。でも、あのひと……、ルーベンは私を疑ったのかも。彼のいないところでリュートと話してたから……」


 ルーベンは自らの猜疑心のために自滅したということか。その場にいた者は心のなかでため息をついた。


 ルーベンは自身への不安から周囲への孤立を深めてしまった。罠で深手を負い、自身の死が目前に迫ったとき、彼の目には仲間たちの姿がどのように映ったのだろう? ひとり死んでいく彼を悼んでいる? いや、もしかすると彼が死ぬことを期待している表情が、ルーベンには見えたのかもしれない。それがたとえ猜疑心が見せた幻であったとしても、ルーベン自身にとっては真実だった。だから……。


――裏切り者。


 あれは仲間たち全員に向けて放たれた言葉だった。

 あの言葉に動揺した彼らは、ルーベンの遺体をその場に残し、そこから逃げ出した。その意味では、ルーベンの疑いはそこまで外れたものでもなかったかもしれない。


 メルルはそれ以上考えるのはよそうと思った。今、浮かんだのはすべて自分の想像だ。真実を知るルーベンが死んでいる以上、裏付けを取るのは不可能で確かめようもない。


 メルルはレトに視線を向けた。レトは無言でメルルを見つめていたが小さくうなずいた。メルルはそれで安心した。これで、自分のなかにあるモヤモヤはすっきりするのだ。


 地上へ戻る道のりは短いものでなかったが、罠やモンスターの多かった下層と較べれば楽と言えるものだった。

 彼らは間もなく第1層へと至り、そして、ついにダンジョンの外へ出た。


 地上へ出ると、小さな事件が起こった。『銀狼団』の逃亡である。


 ダンジョンから出たらそうするつもりだったらしい。彼らはロズウェルとリュートの遺体を地上に降ろすや、一目散にその場から走り去ったのだ。レトは予想していたようだったが後を追おうとしなかった。


 「君はどうしたい? 彼らを捕縛したいか?」

 レトがメルルに尋ねると、メルルは首を振った。

 「今さらどうでもいいです。それより、リュートさんたちをそのままにできないし、いろいろやるべきことがありますから。逮捕するにしても、後回しで構いません」


 「僕も同じ考えだ」

 レトはメルルに微笑みかけた。


 ゴズワルのいる村へは狼煙のろしで合図を送ることになった。それは以前から決められたことなので、合図を確認したゴズワルが馬車を用意して迎えに来てくれるはずだ。


 「狼煙に使うたきぎが足りない」

 アンリが頭をかいた。「手分けして探すとしよう」


 残った者たちで薪探しが始まった。しかし、メルルはその場に残ることになった。聖布に包まれているとはいえ、ふたりが突然、屍霊化グールかするかもしれないのだ。万が一の場合、メルルとしては辛いが彼らを魔法で焼くしかない。


 「ファルナーさん」


 地面にかがみこんで薪代わりの枯草を抜いていたリューゼは突然背後から声をかけられた。振り返ると、そこにレトが立っている。

 「ああ、探偵さん」

 「少し、話をさせていただいてもよろしいですか?」

 リューゼはゆっくりと立ち上がった。「かまいませんよ」


 レトは後ろを振り返った。視線の先にはダンジョンの入り口とメルルがいるはずだが、崖にさえぎられて見ることができない。だいぶ離れた場所まで来てしまったようだ。アンリやレティーシャの姿も見えない。


 「何です、話って」

 リューゼは膝についた砂を払いながら尋ねた。


 「ルーベン氏が亡くなった件です」レトはリューゼに顔を向けると話を切り出した。

 「メルルが話したように、ルーベン氏は罠にかかって亡くなられました。そのことに間違いはありません。ですが、僕はそこに他人の意思が混じっていると考えているのです」


 「他人の意思。それはどういうことですか?」


 「ルーベン氏はある人物の意図によって、罠にかけられ命を落としたのです。つまり、あれは事故ではなく殺人だったということです」


 「あれが殺人、ですか」

 リューゼの声の調子に変化はない。興味のない世間話をしているようだ。


 「ええ」

 レトはうなずいた。

 「あなたがルーベン氏を殺したんです。ファルナーさん」

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