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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 12

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 『銀狼団』は拘束されることを免れた。その代わり、デレクはリュートを、オリヴァーはロズウェルの遺体を背負って運ぶことになった。重荷を背負ったままではレトたちを攻撃ができないだろうという理由だが、デレクに抵抗する意思はすでになかった。オリヴァーとクラリスも同様だ。2人はレトの戦いぶりを目の当たりにしていた。あまりの実力差を見せつけられて、心から屈服しているのだ。


 5層に戻るまで、全員は慎重に進んだ。レティーシャによると、こちらで制御できたのは階段を再起動させるまでで、罠を止めるところまではできなかったためだ。

 「そういうものは最後に合言葉が要求されるの」

 レティーシャはその理由を説明した。「こればかりはどうしようもなかったわ」

 いわゆる管理者権限で、合言葉を共有されていない低レベルの者でも扱えたのが、階段の昇降を設定することだったということだ。それでも地上に戻ることはできるのだから、これ以上は望みすぎかもしれない。彼らは不満を抱くことなく戻ることになった。


 「良かったですね」

 メルルはかたわらのグリュックに話しかけた。

 「ご先祖さまたちの宝が持ち去られなくて」


 初代王の立像はそのまま残されることになった。やはり、罠の危険が大きいというのが理由だが、民族の遺産を簡単に手をつけていいものか、それをためらう空気も強くなっていたのだ。


 「ええ。ただ、私たちが戻ったら、ここは封印されてしまうんですよね……」

 グリュックは笑みを浮かべながらも、寂しそうにつぶやく。彼の、自分たち民族のルーツを探す旅は終わった。そのことに寂寥感を抱いているのかもしれない。あるいは、ここがふたたび忘れ去られる場所になる未来を思い、そのことに寂しさを感じているのかもしれなかった。


 このダンジョンに入ったときと較べて、今はパーティー全体の戦闘力がかなり落ちている。拘束していないとは言え、『銀狼団』に武装させるわけにいかないからだ。しかし、これまでの攻略で、ダンジョン内のモンスターはほとんど現れず、戦闘の危険もないまま彼らは5層までもどることができた。


 「グリュックさん、お願いします」

 レティーシャは水場を指さすと、グリュックはうなずいた。荷物をその場に置き、小さなナイフを手に水場へ向かう。

 グリュックの作業を離れた場所で見つめながら、メルルはすぐ隣に立つレトに話しかけた。


 「デレクさんに言ってたこと、あれは全てですか?」

 「全てって?」レトはのんびりした口調で聞き返す。


 「デレクさんに盗掘者の疑いがあるから、わざわざ挑発行為を繰り返したってことです。理由はあれだけですか?」

 「疑問かい?」

 「ええ。『銀狼団』に盗掘行為の疑いを持っただけで、あそこまで手の込んだ形で戦いの準備を進めたりするのでしょうか? 私には大げさすぎるように思いました」

 「じゃあ、僕はどうして、あそこまで戦闘を準備するマネをしたと?」

 「レトさん、あのとき本気で怒ったのじゃないですか?」

 「あのとき?」

 「デレクさんがレトさんのことを侮辱したときです。正確にはアージャ族を『下等民族』と言ったときです」

 レトは返事しなかった。

 「レトさんは自分のことを馬鹿にされた程度では腹を立てないひとだと知っています。ですが、あれはレトさんと言うより、アージャ族のひとすべてを、レトさんのお母さんを侮辱した言葉でした。レトさんはそれに本気で怒ったのじゃないですか?」

 「そんなに熱い人間かな、僕は?」

 「レトさんは別に熱いひととは思えません。ですが、レトさんは他人のために腹を立てるひとだと思っています」

 レトはメルルの考えを否定することは口にしなかった。

 「もし、それが真相だったら君はどうする?」とだけ尋ねた。


 「別に。それが本当だとしても何も変わりませんから。でも、私はそう信じたいんだと思うんです。今回のレトさんは『狡猾すぎる』と感じたので」

 「狡猾すぎる、か……」

 レトは頭をかいた。「たしかにイヤな奴って感じだな」

 「今回、いろいろモヤモヤするところがあって、気持ちがすっきりしないところがあるんです」

 メルルがそう言うと、レトは「ふうん」とつぶやいた。

 「ほかには、何にモヤモヤしてるんだい?」


 「ルーベンさんの死の真相です」

 メルルは答えると、アンリたちに向かって声をかけた。

 「皆さん、4層へ上がる前に、あの部屋まで来てもらえませんか? ルーベンさんが亡くなった部屋です」


 階段のある通路へ進みかけたアンリたちは怪訝な表情で振り返った。

 「あの部屋に? 今さら?」アンリは露骨に面倒くさそうな顔だ。

 「今さらの話でしょうか?」

 メルルの声は静かだった。「ルーベンさんが亡くなった真相は」


 「真相?」アンリの表情が変わった。すぐかたわらのリューゼと顔を見合わせる。リューゼはメルルに顔を向けた。「わかったの?」


 「確認したいのです。よろしいでしょうか?」


 それを聞くと、彼らは少しうつむきぎみで黙った。互いをちらちら見る気配がある。どうも、ほかの反応をうかがっているらしい。


 「行きましょう」レティーシャが進み出た。「私ははっきりさせたい」

 真剣な表情でアンリとリューゼに振り返る。

 「ふたりはどう?」


 「行くわ、レティーシャ」リューゼがレティーシャへ歩み寄ると、アンリは自分の頭を片手でかきむしった。「俺も行く」


 ルーベンが命を落とした部屋は、何ごともなかったように静かだった。テーブルの上には聖布がくしゃくしゃのままで残っていた。


 メルルはテーブルの位置まで全員を集めると、自分は部屋の中心に立った。レトは無言で一番奥の部屋の隅に立っている。


 「で、何を確認したいって?」

 アンリは早く終わらせたいようにせっかちな口調で切り出した。


 「この部屋には、ほかでは見られなかった特徴がありました。それは通気口の存在です」

 メルルは壁に視線を向けながら説明を始めた。

 「このダンジョンの構造ではひとつ特徴的な部分がありました。それは、罠の仕掛け方です。無作為に仕掛けるのではなく、意図的なものでした。下層へ近づけば、要所と言える場所には集中的に仕掛けられていました。ですが、そのほかは散発的で、しかもほとんど見られませんでした。この部屋も、皆さんの調査で罠の存在は確認されず、罠がないと判断されました」


 「何か見落としたとでも言うつもりか?」

 アンリは不快感を隠そうともしない顔で言った。

 「あのとき、5人がかりで調べたんだぞ」


 「それはたぶん、皆さん以外に誰もいなかったからです」


 アンリは首をかしげた。「どういう意味だ?」


 「ここはホッタイト族の城で、当然、この部屋を使うのはホッタイト族の皆さんです。もし、ここに敵が襲ってきたとき、ホッタイト族の皆さんはどのように防衛したでしょうか? 身体は小さく、腕力も強くない。皆さんのように大柄な敵が攻め込んできたら、逃げるしかないんじゃないですか?」


 「そうかもな」


 「この部屋にある通気口は、実はただの通気口ではなくて、ホッタイト族の方がたの非常用の逃走通路だったのではないでしょうか?」


 「逃走通路?」


 「この穴は大人の人間では入れませんが、ホッタイト族の方がたは入れます。私とグリュックさんはおおよそ同じ大きさで、私であればこの穴を通るのは可能なんです。レトさんがこの穴を調べたとき、リューゼさんとそんな話をされていましたよね?」


 「たしかに」レトはうなずいた。


 「もし、敵がこの部屋へなだれこんだとき、ホッタイト族の方がたはこの小さい通気口から向こう側へ逃れます。敵はその穴へとりついて逃げる者を捕えようとするかもしれません。そのときに敵を倒す罠が作動する。そういう仕掛けがこの部屋にあったとしたら? ルーベンさんがこの通気口を調べたとき、その罠が作動したのかも」


 「バカを言うな」アンリは首を振った。「俺たちはその通気口も調べた。そのときは何も起こらなかったんだ。罠はないんだよ」


 「仕掛けが作動するのに、複数の条件が必要だったら?」

 メルルはアンリの言葉にかぶせるように言った。アンリが面食らった表情になる。「複数の条件?」


 「最下層の罠を思い出してください。あの罠は壁にあった燭台置きにランタンを置いただけでは作動しませんでした。奥に据えられた初代王の立像のそばへ寄らないと作動しなかったんです。つまり、あの罠は作動するのに複数の条件が必要だったんです。そんな罠がほかにないと言い切れますか?」

 「う、うん……」アンリは返事を濁してうつむいた。

 「この部屋もそうなのです」

 メルルはそう言いながら壁に歩み寄った。そこにある燭台置きに自分が持っているランタンを載せる。

 メルルはテーブルまで戻ると、自分の杖を持ち上げてみせた。

 「皆さん、あの壁をよく見てください」

 メルルは小さな声で呪文を唱えると、杖の先端を通気口に向けた。

 「火球衝撃ファイアーボール

 杖の先端から炎の玉が放たれ、それは通気口へ吸い込まれるように飛び込んでいった。


 すると、「ガチン」という音が部屋に響き渡った。レティーシャが顔色を変える。「まさか」


 壁に変化が起きていた。胸の高さあたりに、すっと横一列の黒い筋が現れ、次の瞬間、「ヒュン」という風を斬る音とともに何か白いものが壁から飛び出したのだ。


 「これは……」

 これまで黙って見ていたデレクから声が漏れた。「刃が飛び出したのか?」


 それは、部屋の中央近くまで迫る円形の刃だった。非常に薄く、きらきらと光っていた。ランタンの明かりを受けて、どこかうっすらと霧のようなものが昇っている。

 「これ……、氷でできている……?」

 リューゼがつぶやいた。


 「魔法で造られた、『氷の刃』ですね」

 メルルは杖の先端で刃に触れた。刃はすぐにぽろぽろと崩れ始め、湯気とともに消えてしまった。


 「そうか……」

 オリヴァーが理解したような声でつぶやいた。

 「追手が燭台置きにランタンを置き、通気口に手を突っ込んだりすると、魔法の刃が攻撃する仕掛けだったんだ……」


 「そうです」

 メルルはうなずいた。

 「そして、これがルーベンさんを死に至らせたものの正体です」

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