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 次に部屋へ入ったのはリューゼだった。

 彼女は束ねていた髪を広げ、ダンジョン内とは違う雰囲気を漂わせていた。このときが初対面であるレトとメルルのふたりは、リューゼを大人しい印象の女性だと感じていた。リューゼは落ち着いた様子で「リューゼ・ファルナーです」と名乗った。


 「マドラス団の皆さんは、ルーベン氏と学友だったとお聞きしていますが、あなたもそうなのですか?」

 レトの質問に、リューゼは小さくうなずいた。事件のことを聞かれると思っていたのに違う質問だったので戸惑ったような表情を浮かべている。

 「ええ。私たちは皆、アレンゾ大学の出身です」

 「王国南西部の有名大学ですね」

 「貴族だけでなく、私たち一般市民にも門戸が開かれていて……。私たちは同じ研究室で学んだ仲です。私たちは身分の違いはあれど、たいへん仲のいいグループでした」

 「同じ研究室、ですか?」

 「私たちは史学科です。各地の遺跡を調査してきました。実は、遺跡の調査は危険がつきものなんです。獰猛な魔獣などのモンスターや侵入者を阻む罠の数々……。これらの危険と渡り合い、経験を積んでいくうちに、私たちは冒険者の面白さに目覚めたんです。それが、マドラス団結成の経緯です。

 大学では魔法の習得もできましたから、適性のあったレティーシャとリュートが魔法を覚えました。レティーシャが攻撃系中心、リュートが補助系や回復系を主に覚え、5人という小規模ながら、さまざまなクエストに対応できるパーティーにまとまったと思います」


 「『ツヴァイ迷宮』はこれまで挑んだダンジョンよりも難度の高いものでしたか?」


 リューゼは首を振った。

 「正直、わかりません。

 4層までは魔物の類に遭遇することもなく、単なる遺跡のようなものでした。

 5層から通路が迷路状になり、一気にダンジョンの性格を強めたものになったんです。6層へ通じる扉はすぐ見つかりましたが、開放することができず、私たちはそこで足止めされました。

 あの事故が起きたのは、次の階層へ進む手段がないか探索を始めたばかりのことだったんです」


 リューゼはルーベンが命を落とした状況のことを『事故』と表現した。


 「では、そのときのことを教えていただけますか?」


 「……はい。

 私は、おそらくほかのみんなより一番奥の通路つきあたりにいたと思います。

 つきあたりより先に道がないか壁を調べていたとき、ルーベンの声が響いてきたのです」

 「一番奥なのにルーベン氏の悲鳴が聞こえたんですね?」

 リューゼはうなずいた。「けっこう音が響くところだったんです、あのダンジョンは」


 「わかりました。話を続けてください」


 「私が戻ると、その先にアンリとリュートのふたりがいました。私たちは3人そろったところであの部屋まで戻りました。ルーベンがいるのはあの部屋だと知っていたからです。

 あのひとは部屋の中央に倒れていて、レティーシャがすぐそばにいました。

 彼女も回復魔法が使えるのですが、あのときは動揺が激しかったのか、ただ座り込んでいるだけでした。

 私たちが合流して、手当てを試みたんですが、あのひとはすでにもう……」

 リューゼはそこで言葉を切ると首を振った。


 「遺体の状況はどのようなものだったか覚えていますか?」


 「正確であるかは自信ありませんが……。胴の半分を切り裂くほど深いものでした。大量に血があふれていて……。即死だったんじゃないでしょうか」


 「そうですか。遺体の状況を確認されたあと、どうされましたか?」


 「すぐダンジョンからの撤退を決め、撤退しました。ルーベンを置いていくことは心残りでしたが、私ではあのひとを担いで歩けませんし、アンリやリュートも困難です。あのひとは置いていくしかありませんでした……」

 「わかりました。ご協力ありがとうございます」


 リューゼの次に案内されたのはレティーシャだった。彼女は終始落ち着かなく、視線をあちこち向けて、レトたちをまともに見ようとしなかった。彼女は自分を「レティーシャ・ブロア」だと名乗ったあとは特に自分から話そうとする様子も見せない。


 「あなたが使える魔法は何ですか?」

 レトはレティーシャにも本題とは違う質問から始めた。


 「ええっと……。炎系は火球衝撃ファイアーボール火炎剛球インフェルノ、雷系で雷球衝撃ライトニングといった基本的なもの。攻撃系で高度なものは使えません。ほかに回復系で身体回復キュアーが使えます……」

 部屋に現れたときのレティーシャの表情には強い警戒心がうかがえたが、この質問に答えている間もそれは和らぐことはなかった。


 「攻撃系、回復系をこなす汎用型オールラウンダーなのですね?」

 「パーティーでは中衛です。剣も使いますが、あまり得意ではありません」


 レティーシャは早口で答える。メルルはレティーシャが予防線を引いていると感じた。ルーベンに致命傷を負わせた傷が仮に剣によるものだとしたら、その傷を負わせた者は相当に力があり、剣技に長けた者ではないかと想像される。今は魔法の話をしているのに、わざわざ剣のことを持ち出して自分が不得手だと言うのは、自分は無関係であると暗に主張しているようだ。


 「『ツヴァイ迷宮』探索で魔法や剣を使いましたか?」


 レティーシャは激しく首を横に振った。「ぜ、全然、まったく!」


 「4層からモンスターが現れるようになったと聞いていますが」


 「あ、アンリね? あのひとは大げさに言うんだから!

 4層で出くわしたのは大黒蜘蛛ダークスパイダーとか、ギガントラットのようなダンジョンで定番のモンスターよ。いずれも赤ん坊サイズの小物で、私が戦うまでもなく、前衛のふたりで片づいてしまったわ」


 「前衛のふたりって?」


 「ルーベンとアンリです。

 私たちはアンリを壁役タンク、ルーベンが攻撃役アタッカーとして、私とリューゼが中衛、リュートが補助魔法や回復役を担う後衛の、2・2・1型のパーティーです」


 「一般的な隊形フォーメーションですね」


 「バランスの良いパーティーだったと思います。ですから、攻撃役アタッカーのルーベンを失った瞬間に、あのダンジョンから撤退するしかなかったんです。私たちはひとりでも欠けると連携がとれなくなりますから」


 「なるほどですね。

 では、ルーベン氏が亡くなられた状況を詳しく教えてくれませんか?」


 「詳しい状況と言われましても……」

 レティーシャはここで口ごもった。


 「倒れているルーベン氏を見つけたのはあなたが最初だったと聞いています。それはたしかですか?」


 「え、ええ……」


 「ルーベン氏が倒れるまで同じ部屋にいましたか?」


 「い、いえ! 私は部屋を出て右手奥のつきあたりにある扉の前にいました。6層へ通じる扉だと思われるものです」

 レティーシャは慌てて答える。


 「あなたはそこで何を?」

 「扉の調査です。5層は迷路状の構造でしたが、わりと早くに扉を見つけられました。

 ですが、扉は頑丈でまるで開くことができず、仲間たちは一旦ほかをあたることにしたのです。

 私は扉の脇に暗号らしいものがあったので、それを書き留めながら扉の解放方法を考えていました。

 ルーベンの叫び声が聞こえたのはそのときです。私は急いで部屋へ戻り、倒れているルーベンを見つけました……」


 レティーシャはそこでふたたび沈黙した。


 「それから、あなたはどうされたのです?」


 「私は……、もちろん、ルーベンのそばへ駆け寄りました。彼は……、いえ、彼の身体は分かれてしまいそうなほど深く切り裂かれて、そこからどくどく血が流れていました。私、もう、怖くなって、とにかく、大声をあげたんです」


 「何て声をあげたか覚えていますか?」


 レティーシャは首を振る。「今では何も。ただ、声をあげたことだけ覚えているだけです」


 「仲間の皆さんはすぐやって来ましたか?」


 レティーシャは、今度は首を縦に振った。「ええ」


 「ルーベン氏の手当ては皆さんで行なったんですか?」


 「そ、そうですね……。ルーベンの目はわずかですが開いていて、ひょっとしたら意識があったかもしれないと思いましたから……。でも、回復魔法の呪文を唱える前に、ルーベンがすでに亡くなっているとわかりました。

 さっき話したことの繰り返しになりますけど、メンバーの欠けた危険な状態になった私たちは急いでダンジョンから撤退したのです」


 「ルーベン氏をどうされました? その場に置いていかれたのですか?」


 「い、いいえ!」

 とんでもないと言わんばかりにレティーシャは激しく否定した。

 「私たちはテーブルの上に『聖布』を広げて、そこにルーベンを移しました。遺体は聖布で完全に隠れるまでくるんでおきました」


 「あの……」

 これまで無言で話を聞いていたメルルが、そっと右手をあげた。


 「『聖布』って何です?」


 メルルに声をかけられてレティーシャは驚いた表情になったが、すぐ自分を取り戻したように穏やかな表情になった。ようやく落ち着いてきたらしい。


 「『聖布』は教会からいただく、死者をくるむための布です。

 その布には死者が屍霊化グールかするのを防ぐ結界が仕込まれています。もちろん、永続的な効果があるわけではないので、通常よりも屍霊化するのを遅らせるぐらいでしかありませんが。

 ですが、それを使わないより、使ったほうがいいと思いませんか?」


 レティーシャは真剣なまなざしをメルルに向けた。「遺族の方に、死者とのお別れの機会を残すために」


 「そうですね……」メルルは暗い表情でうなずいた。この世界では、誰かが死ぬと慌ただしく葬儀を行なっている。死者を何日もそのままにすると、屍霊グールという怪物に変貌してしまう。屍霊は生あるものは人間、魔族の区別もなく襲うのだ。

 その危険のため、人びとは急いで死者を火葬する。この世界には死者を悼む時間はあまりない。聖布は、その時間をわずかでも伸ばすために生み出されたのだろう。


 「そこまでしたのであれば、すぐ、ルーベン氏を引き揚げる準備を整えて向かうべきではないですか?」

 レトが質問を再開した。

 「このまま、さらに何日も経てば、せっかくの聖布も無駄になるでしょう?」


 レティーシャの表情はふたたび落ち着きのないものに戻った。


 「あ、あの、ええと……。私たちが行かないのは、ルーベンに代わる攻撃役アタッカーを必要とするからです。あの危険なダンジョンに戻るには、今の私たちでは戦力不足と考えているからで……」


 「マドラス伯から人員をお借りすればいいのでは?」


 「そ、それなんですが。マドラス伯は自領を治めるための私兵をお持ちではございません。必要に応じて冒険者や傭兵を雇われています。

 今回、この事態になったので、助っ人を雇っていただくようマドラス伯にお願いしています。

 そ、その助っ人がここに到着次第、私たちはルーベンの遺体を引き揚げにダンジョンへ戻るつもりです……」


 レティーシャはかなり焦りの感じられる口調で答えていた。


 メルルはそっとレトに視線を送ると、気づいたようにレトもメルルに視線を返した。

 『これですね』と伝えたかったのだ。

 マドラス伯、ロータルが語った、『彼らはすぐダンジョンへ戻って息子の遺体を回収することに難色を示した。あれこれ言い訳を繰り返して……』の部分であると。


 「そうでしたか。ご協力ありがとうございます」

 レトはレティーシャに伝えると、彼女は振り返りもせずに部屋から出ていった。


 「何か、こう……、あれですね……」

 メルルは小声でつぶやいた。「探偵って、人間の嫌なものを見せつけられる仕事ですね……」


 「こんなもの、まだ程度が知れている」

 レトは冷たい声で返した。「君はまだ、これより嫌なものを知らない」


 「これより嫌って……」

 メルルは暗い表情になった。「レトさんはどれだけ知ってるんですか?」


 「この仕事を続けていけば、君も同じぐらい知るようになる」


 メルルはそれを聞いて、「うぇええ」と吐きそうな声を漏らした。


 そのとき、扉を叩く音が聞こえ、続いてセルロンゾがリュートを連れて来たことを伝える声が聞こえた。

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