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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 10

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 滑車がごろごろ回る音が響く。

 この音をルーベン――死骸者コープスが聞きつけて襲ってはきまいかと恐れていたが、向こうも警戒しているのか姿を現さなかった。


 メルルは滑車のロープにつかまりながら、ゆっくりと奈落の底へ降り立った。がれきが落ちていない場所には槍の罠が生きている可能性があるので、降りるのは大きながれきの上だ。

 メルルが降り立つと、そのがれきは安定していなかったらしく、少しぐらりとした。


 「落ちないように気をつけて。床へ直で降りると槍が飛び出すかもしれないんだから」

 リューゼが注意をうながす。メルルは笑顔を見せた。「はい」


 「どうしたの?」リューゼは首をかしげる。メルルは首を振った。

 「いえ、なんとなくリューゼさんがお姉さんみたいに思えてきたので」

 「お姉さん?」

 「ええ。私には姉がいるんですが、さっきみたいにあれこれ心配して注意してくれたんです。それで、つい……」

 今度はリューゼが笑顔になった。

 「そうなの? 私、ひとり娘だから妹がいる感覚ってわからないんだけど、じゃあ、今の感じがそうなのかな?」


 メルルが下へ降りる間、下でロープを握ってくれていたレティーシャは無言で首を振るだけだ。この非常時によく和んでられると呆れているのだろう。しかし、そう感じるのが普通だ。


 底へ降りるのは、あとロズウェルとリュートだ。誰かが滑車を見ていなくてはならなかったため、ある程度体重があるリュートが残っているのだ。このパーティーで大柄であるデレクやアンリは先に降りて、安全確保のために辺りの警戒に当たっている。


 全員降りると、デレクは横穴の入り口の脇にぴったりと身体をつけて手招きした。


 「突入する。先行はオリヴァー、そして、そこの女にしてもらう」

 デレクはレティーシャを指名した。レティーシャは蒼ざめたがゆっくりうなずく。「わかったわ」


 「よし、行け!」


 オリヴァーに続いて、レティーシャが飛び込んだ。


 「侵入口到達、安全確認!」

 なかからオリヴァーの声が響いてきた。


 「よし、続くぞ!」

 デレクがなかへ飛び込み、残りも続いた。


 奥では、オリヴァーがランタンを掲げて仲間を待っていた。通路は狭く、天井も低かった。メルルが背伸びして両手をあげれば触れそうなほどだ。


 「通路はこのまま一本道だ」

 オリヴァーが言った。「奥に扉がある」


 「よし、進むぞ」デレクはオリヴァーの肩を叩いた。


 たどり着いた扉は鉄製だ。重厚感こそないが、地上の入り口で見た大扉と同じ材質のようだ。こちらは気候の影響を受けなかったせいか錆もほとんどなく、きれいなものだった。


 念のため、罠の有無をオリヴァーが確かめる。


 「大丈夫だ」オリヴァーは自信たっぷりに扉を叩いた。


 扉を押し開くと、そこは小さな部屋だった。

 「これは……」

 レティーシャが感嘆の声を漏らす。「すごい……」


 部屋は四方がタイル張りになっているが、そのいくつかに文字の羅列が見られた。それらは文章というより、文字の配置で紋章のようなものをかたどっているようだった。現代の意匠には見られない形状のものだ。


 「古代ガリヤ文字が刻まれてる……。ここもドルチェ語混じりだわ」

 リューゼが石板のひとつに顔を寄せて見つめていた。

 「でも、文字の並びが奇妙ね。何かの意匠デザインみたいだけど」

 「これ、古代の魔法陣よ」レティーシャはうっとりとした表情を浮かべている。

 「昔の魔法陣には、こんな形状スタイルのものもあったのね!」


 「どうやら当たりのようだな。ここが罠や仕掛けの制御室だ」

 デレクは辺りを見渡しながら言った。

 「どうだ? どれが5層の階段を操作できるものかわかるか?」


 「簡単にはわからないわよ」

 リューゼは顔をしかめて言った。

 「古代ガリヤ文字が読めるからって、魔法陣の解析までできるわけじゃないわ」

 「魔法陣は私が解明してみる」レティーシャがリューゼの肩を叩いた。「あなたが文字を解読する。私はそれをもとに魔法陣の仕組みを明らかにする。どう?」

 「それならできるかもね」リューゼはうなずいた。


 「じゃ、それでやってくれ」

 デレクはそう言うと、入ってきた壁とは向かいにあたる壁を指さした。そこにはもうひとつ鉄製の扉がある。その扉からさらに奥へ進めそうだ。

 「俺たちは先へ進むぞ」


 「2人をここに残すんですか?」

 アンリは不安そうな顔で言った。


 「ご子息様がいるんならこの先だろ。違うか?」


 「……そうだな……」

 アンリはうなずきながらも、心細そうな顔をレティーシャに向けた。レティーシャはアンリにうなずいてみせた。

 「行って、アンリ。私たちはここで何とかするから」


 「何かあったら、すぐ大声をあげるんだ」

 アンリは念を押すように言った。今度はリューゼがうなずく。「わかった」


 扉の先は広場になっていた。

 広場といっても大きな通路のようだ。落盤を防ぐためだろう。太い柱が何本も天井を支え、どこか王宮の謁見の間を連想させた。柱の太さは大人ふたりが両手をつないで輪を作るよりも大きいものだ。これだけ太い柱であれば、落盤の心配はなさそうだ。


 「王宮の大広間だな、こりゃ」

 デレクが両手を広げながら言った。


 「こっちの奥に部屋があるみたいだ」

 オリヴァーがランタンで奥を照らしながら指さした。「あれだ」


 オリヴァーが指摘したのは両開きの扉で閉じられた部屋だった。これまで片開きの扉しか見てこなかっただけに、これが特別な部屋だと感じさせた。


 「見ろ」

 デレクは床を指さした。


 その床にはかつて絨毯が敷かれていたようだった。しかし、あまりに長い時が絨毯をすっかり朽ち果てさせていた。今は色を失ったくずにしか見えないものが床を覆っているだけだ。それが柔らかい土のように、誰かが通った足跡がはっきりと刻まれていたのだ。足跡は扉の前で途切れている。


 「新しい足跡だ。間違いない。ご子息様はこの扉の先にいる」


 デレクの言葉に、その場は緊張の空気に包まれた。


 「おい、副団長さんよ」

 デレクはアンリに話しかけた。

 「俺が扉の右側につく。あんたは左側につけ」


 「一斉に突入するのか?」

 アンリの額から汗がにじみ出した。


 「速攻でご子息様を無力化する。さもなきゃ浄化だ。神官さんよ、あらかじめ浄化魔法の呪文を唱え始めてくれねぇか? 向こうから襲ってきたら遠慮なく浄化してくれ。ご子息様がアンデッド化した以上、遺体を持ち帰ることは考えなくていい」


 ロズウェルはうなずいた。「わかりました」

 それから、すぐに口のなかで何か唱えだす。


 「オリヴァー、クラリス。2人は神官様の護衛だ。両側から守ってくれ」

 「了解」

 オリヴァーとクラリスは同時にうなずいた。


 「お嬢ちゃんと、そっちの兄ちゃんは魔法支援。短い呪文で攻撃できる魔法を準備してくれ。呪文の長いやつだと間に合わない恐れがある。わかるよな?」


 「ええ」メルルは杖を握りしめながらうなずく。リュートもメルルの隣で「了解した」と杖を掲げてみせた。


 「荷物持ちは魔法使いの後ろで待機だ。もし、魔法使いが狙われたら、お前が身体を張って防ぐんだ。お前に攻撃力は期待していない。一瞬でも盾替わりになりゃいい」


 グリュックは蒼ざめた表情で立っていたが、ぶんぶんと頭を振ってうなずいた。「そ、そうします……」


 「グリュックさん、無理しないで」

 メルルはグリュックに話しかけた。「あなたを盾替わりにしようなんて思ってませんから」


 「さぁ、心の準備はいいな?」

 デレクは扉に手をかけて言った。


 「行くぞ!」

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