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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 10

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 「どうしても、このほかに方法はないのか!」

 アンリは大声をあげた。


 「うっせぇ。お前、もういいわ。黙っとけ」

 デレクは手をひらひら振る。デレクはアンリの肩越しに目をやった。

 「やってくれ」


 クラリスはうなずくと、口のなかで小さく呪文を唱え始めた。


 落とし床の罠がある場所からかなり離れた場所で全員が立っている。近くだと巻き込まれる危険があるからとデレクから遠ざけられたのだ。


 クラリスが最後に「『爆砕魔法ブラスティング』」と唱えると、床が轟音とともに砕けた。クラリスは弓の使えない場面では魔法で対応できたのだ。


 「あ、ああ……」

 アンリは悲痛の声を漏らす。彼にとっては、ここは攻略すべきダンジョンであると同時に、研究すべき遺跡でもあるのだ。大切な遺跡への破壊行為は、彼がもっとも避けたいことだった。


 「床への通り穴を開けると同時に……」

 デレクは崩落した落とし床のふちまで歩み寄った。

 「底のとどめ攻撃も無効化する、一石二鳥の手ってわけだ」


 崩落した落とし床はがれきとなって底に散らばっていた。底の穴から飛び出すはずの無数の槍はがれきに阻まれて、その役割を果たせなくなっていた。


 「これで悠々とここを降りることができる」

 デレクは満足げな笑みを浮かべた。

 「ついでに第9層を近道ショートカットして第10層へ行けるわけだ」


 アンリもまた、崩落した床のふちに立って底を見つめていた。デレクとは違って、こちらは悲愴感にあふれた悲しげな表情だ。


 「罠にかかって死ぬよりマシだろ」

 デレクはアンリの肩に手を置くと、歯をむき出しにした笑顔を見せた。よく見ると、その目は笑っていない。

 「ここはドットを殺したダンジョンなんだ。妙な情け心なんて出すんじゃねぇぞ」

 低く、凄みを感じさせる声だ。その声を聞いてアンリの目が怯えで震えた。「あ、ああ……」力なくうなずく。


 グリュックが滑車を持って近づいてきた。

 「これをどちらに?」


 デレクはちらと見ただけですぐ顔をそむけた。

 「しっかり固定できんならどこでもいい。そっちで考えな」


 グリュックはうなずくと、滑車を床に固定する作業を始めた。それを見て、メルルはグリュックに駆け寄った。「手伝います」

 グリュックはメルルに笑顔を見せた。「助かります」

 「どうお手伝いしましょう?」


 「よろしければ、この滑車が動かないように手で押さえてくれませんか? 私がくさびで固定します」

 「わかりました」


 メルルが滑車台を押さえると、グリュックは自分の親指よりも太い楔を取り出すと、床に打ち付け始めた。タイルのすき間に楔の先端を食いこませると、意外とうまく打ち込めそうだ。


 「ワッケナルさんの気持ち、わかります」

 ハンマーを振るいながらグリュックはつぶやいた。

 「こんなことしてますが、私も同じ気持ちなのです」

 「ここがやっぱり遺跡だからですか?」

 グリュックはうなずいた。

 「もちろん、それもありますが、私はここが私たち祖先の城だったのではないかと思い始めていたものですから」


 「グリュックさんの先祖? ここがホッタイト王国の城ですか?」

 メルルは目を丸くした。グリュックは、はにかむような笑顔で作業を続ける。

 「変なこと言ってると思うでしょ。正直、確信があるわけじゃありません。ですが、根拠はあるんです。

 まずは罠などの仕掛け。このダンジョンの仕掛けはからくり仕掛けが主ですが、補助的に魔法が使われています。罠を作動させるのに必要な感知機構に魔法が使われていましたから。ホッタイト族は手先が器用なのでからくり仕掛けに長けていましたが、魔法も使えたのです。もっとも、私は扱えませんがね」

 グリュックは頭をかいた。

 「それと、このダンジョンは全体的に小さく狭いです。それは、あくまであなたがたの体格を基準としての話で、私にはちょうどいい大きさです。まるで、私の体格に合わせたかのような。ドットさんはお気の毒でしたが、あのひとを死に至らしめた罠はホッタイト族より大柄な人間を標的にした罠のように思えます。私はあの罠の階段で頭が天井に触れるなんてありえませんでしたから」

 その考えにはなるほどと思った。あの罠は体格が大きく、天井に頭が触れる者でなければ作動しない。言い換えれば、背の低い者相手には役立たずの罠なのだ。


 「私の記憶にある、ホッタイト王国の歴史は、王家の歴史でもありました。ホッタイト族にとって、王家は絶対で、唯一無二の存在でした。その王家が滅んだとき、ホッタイト族は国としてまとまる力を失い、離散していくことになるのです。この城が誰からも攻められることなく廃墟となったのは、まさにそれが理由だったからではないかと」

 そうか。たしかにそういうことであれば話が一致する。メルルは興味が湧いた。


 「グリュックさん。もし、ここがホッタイト王国の城跡だとしたら、どんなものがその証として残っていると考えますか?」


 グリュックは手を止めて考え込んだ。

 「そうですねぇ。不確かな話で恐縮ですが、私たちにはある伝承が残されています。

 城の玉座には初代王の立像があり、玉座の前へ訪れた者は皆、初代王の立像から許しを得るまで座礼の姿勢を続けなければなりませんでした。初代王は生前、誰よりも小柄だったそうです。立像は初代王の大きさも模しており、その像より頭が高い位置にあるのは不敬とされたそうです。それで、国民は立像から許されないかぎり頭を低くして礼をし続けた、とのことです。もし、ここがそうであれば、初代王の立像が残されているかもしれませんね」


 「立像って、彫刻とかでみられる、あの像のことですよね? 像が姿勢のチェックとかするんですか?」


 メルルの疑問にグリュックは苦笑いを浮かべた。

 「あくまで伝承ですからね。ただ、民にとって王への不敬は万死に値することでした。当時の民はただの立像に対し、命がけで平伏し、床につくほど頭を下げたそうです。そのことを伝承は表現しているのではないかと。実際はそれを見張る者がいて、不敬を働いた者を処刑していたんじゃないですかね」


 「ホッタイト王国って、物騒な国だったんですね……」


 「どうでしょうか。私はこう思うんです」

 グリュックは天井を見上げた。

 「民族、あるいは民がまとまるためには、何か絶対的なものが必要ではないでしょうか」

 「絶対的なもの? 土地があって、そこにみんなが集まるだけじゃダメなんですか?」

 「それだけでも国はできるでしょう。ですが、まとまり……団結していなければ、その国の形は簡単に崩壊します。民の心、考え。思惑と言ってもいいでしょう。それらはさまざまでまとまってなどいません。みんながそれぞれの思惑で行動していたら、けっきょく国などまとまらないでしょう? 外敵が存在すれば、ひとたまりもなく攻め滅ぼされてしまいます。

 ですが、民の心をひとつにする存在があれば民は団結することができます。外敵とも力を合わせて戦い、助け合うことで身を守ることができるのです。

 民の心をひとつにする……。そんな絶対的なもの。それが私たちにとって『王』だったのではないかと思います。王のもと、国民は団結して国を強く保ってきました。古代には巫女が中心の国が存在したと聞きます。その場合、民にとっての絶対的存在は神だったでしょうね」


 「それが絶対的なもの……」


 「ですが『王』というものは何をもって、その絶対性を示すのか。それが問題になりますね。権威のない王では絶対性が保てませんから。ですから、ホッタイト王国は『不敬は死』という厳しい掟を定めることで、その絶対性を保ったのだと思います。ただ、その絶対性が血統によって保たれるものだったため、王家の断絶とともに国はまとまりを失い崩壊したのではないか。そう思うのです」


 「そのときは新しい王様を決めれば良かったんじゃないですか? そうすれば、国を保つこともできたでしょうに」

 メルルは疑問に思ったことを口にした。その疑問にグリュックはうなずいてみせた。

 「たしかにそうですね。ひょっとしたら、そうしようと思ったかもしれません。ですが、新しく王になろうとした者は、民からの支持を得られなかったのではないでしょうか? 血統的にふさわしくないとか。民からすれば、頭のすげ替えだけでは白けてしまいますからね」


 そうか。メルルは自分の国に当てはめて考えてみた。ギデオンフェル王国を治めるダリウス四世は、容姿も政治的手腕も凡庸とされるが、穏健な性格で国民には慕われている。王太子のルチウスは王妃譲りの美貌と、開明的な政治で人気が高い。彼らが国の中心にあることで、ギデオンフェル王国はひとつにまとまっている。国としては封建制なので、各地を治める貴族たちの頂点でもあるからだ。もし、王や王太子がいなくなってしまうと、貴族たちは独立した行動をとり、国民もバラバラになるだろう。王制が国の形として正しいのかメルルにはわからないが、それでも王制であることの長所はグリュックの説明でわかった気になった。


 「グリュックさんのおかげで、私、世界のことが少しわかった気がします」

 メルルはグリュックに感謝の笑みを見せた。それを見てグリュックの顔もほころぶ。


 「それは良かったです。さ、残りの作業にかかりましょう。あちらで団長が怖い顔で睨んでます。早く終わらせないと、ね」

 「はい!」

 メルルは笑顔でうなずいた。

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