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「今までおとなしかったのに、なんで急に襲ってきたんだ!」
アンリはいらいらしたように大声をあげた。
避難所にしている部屋のなか。彼らは、先ほどの出来事について話し合っているところだが、場に広がった動揺の空気は隠しようもなかった。
「落ち着けよ、アンリ。敵が疲れて休憩をとるところを攻めるのは兵法の基本じゃないか」
リュートの声は落ち着いていたが、それでも疲れている声だとわかる。
「兵法って……。ルーベンはそこまで知性が残っているの?」
レティーシャは自分の身体を抱きかかえる格好で震えていた。
「むしろ、高くなっている。ルーベンに兵法なんてなかったもの」
リューゼの声も疲れていた。
「一応、その情報は整理させてもらうぜ」
デレクの表情はいくぶん落ち着きを取り戻していたが、険しさは残っている。
「ご子息様は、学校で軍略や戦略を勉強してたのか?」
「そりゃあ、貴族だからね。しかも名門の。跡取りとして、きちんと履修していたさ」
リュートは片手をぶらぶら振りながら答えた。
「でも、理論も応用も『良』留まりだったよ」
「『良』っていいんじゃないのか?」
「優秀な成績には『優』がつく。『良』は並みよりマシってところかな」
「おい、探偵」デレクはレトに顔を向けた。
「死骸者は生前より知性のレベルが上がったりするのか?」
レトは首を振った。
「わかりません。以前話しましたが、死骸者はかなりの希少事象なので情報があまりないのです。屍霊はまったく知性を失うものですが、死骸者は逆に知性が上がるのかもしれません」
「話にならねぇ」デレクは吐き捨てた。
「でも、これからどうするよ」
オリヴァーが扉を見ながらつぶやく。部屋の外では、ロズウェルとドット、それにグリュックが見張りについていた。
ルーベンが現れたら、神官の浄化魔法で滅するつもりである。ドットとグリュックは、ロズウェルが呪文を唱えている間、ルーベンの動きを封じる役目だ。
「虫を引き連れて攻めてくるなんて想定外もいいところだ。さっきのような2人態勢の見張りじゃ心もとないぜ」
「わかってる」デレクはむすっとした表情になった。
「見張りを倍にするしかないんじゃないか」
アンリが提案した。
「見張りの負担は増えるが、このまま誰も休めない状況よりはマシだと思うんだが……」
「それもわかってる!」デレクは大声を出した。
アンリは口をつぐんだ。黙ったまま腕を組んで目をつむる。その姿にはもう何も話さないぞという気持ちがにじみ出ていた。
「もし、こちらから攻勢に出るかどうかで迷っているなら……」
レトが話しかけた。「僕が出ましょうか?」
デレクは驚いた表情になった。「お前が?」
レトはうなずいた。
「このまま部屋で籠城しているとジリ貧になる。あなたはそのことを恐れているのではないですか? この階層の制圧は終わっていないし、物資も充分ではない。攻めてくる相手を追い返すだけではらちが明かない。このままではいずれこちらが力尽きてしまう。違いますか?」
デレクは無言だったが、それは雄弁に肯定を意味していた。
「僕であれば、単独でこの階層の探索が可能です。蜘蛛の巣は『衝撃波』の魔法で吹き飛ばせますし、それは大黒蜘蛛相手にも同様です。それに、僕はパーティーの一員ではありませんので、そもそも連携して戦うのに慣れていません。周りに遠慮なく剣をふるえる単独戦闘のほうが向いているのです」
「アージャ族にそんなこと任せられると思うか?」
ここでそんなことを言うのか。メルルは呆れと怒りの感情がないまぜになるのを感じた。
「もし、このことで僕が命を落としても、あなたの損失にはならない」
レトは話し続けた。「なにせ、アージャ族がひとり、死ぬだけですから」
「そうか。なら行けよ」
デレクは横を向きながら言うと、レトは立ち上がった。「そうします」
レトが部屋を出ると、メルルもついてきた。
「君は残るんだ」レトはメルルに背を向けたまま言った。
「無茶だと思います」メルルは静かな口調だ。どこかそうなる予感はあった。レトは他人とあまり関わろうとしないくせに、誰よりも自己犠牲的な行動をする。メルルにとってレトの『悪いくせ』がまた出たと思っているのだ。
「無茶、か……。たしかにね」
レトはうなずいた。
「未知のダンジョンで単独行動……。これが自殺行為に等しいってわかっている。でもね、まったくの勝算なしに行動しないよ。僕だってこんなところで死にたいわけじゃないからね」
「勝算って本当にあるんですか?」
「これさ」
レトは左腕をあげてみせた。
「僕はこいつのおかげで『魔』の存在が混じっている。死骸者もまた、死者に『魔』が混じった存在だ。同じ『魔』の領域にいるなら、そこだけは互角ってことさ。立場が互角なら、あとは自分次第だ」
「わかるような、わからない理屈です」
「いいんだよ、君はそれで」レトは小さく笑った。
レトはぼんやりとこちらを見ているグリュックに頭を下げた。
「これから、ルーベン氏を追うことにしました。メルルのこと、よろしくお願いします」
「死骸者を追うって?」
ドットが驚いた声をあげた。「お前、バカなのか?」
「大馬鹿かもしれませんね」レトは認めた。
ロズウェルは冷静な表情だ。「また、自ら死地に向かうおつもりなのですね」
「『死中に活を求む』という言葉もあります」
レトはそう言うと、左手を掲げた。左手の先から小さな炎が燃え上がる。
「お、おい。お前、魔法が使えるのか?」
ドットは驚いて声をあげた。
「系統はでたらめですが」レトは短く答えると、「では、行ってきます」
レトは炎を手に通路を進み始めた。
ルーベンが消えた通路はレトたちがいた部屋からずいぶんと長いものだった。おかげで、扉から見送っていたメルルにも、レトがまっすぐ通路を進んでいるのが見えた。しかし、距離があるので、ほとんど小さな炎が浮かんでいるぐらいにしか見えないのだが。
「大丈夫でしょうか……」
グリュックは心配そうな声でつぶやく。
「どうってことないだろ。死んだところでアージャ族がひとり死ぬだけだ」
ドットは軽く言ったが、メルルの目つきに気づいて咳払いした。「何だよ」
「いいえ」メルルは視線をレトに戻した。しかし、レトの炎は見えなくなっていた。ついに曲がり角に着いて、レトはそこへ姿を消してしまったのだ。
「無事に帰ってきてください……」
メルルは心から願った。




