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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 9

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 ロズウェルが口のなかで祈りの言葉を唱えている。彼の全身が金色に輝き、その光は部屋全体を満たした。その光は少しずつ弱まり、やがて、ロズウェルから光が消えた。


 「終わりました」


 「お疲れ、神官さん」デレクが労いの言葉をかけた。


 あれから、7層の探索を再開した彼らは、区画的には中心部分にあたる場所でひとつの部屋を発見した。そこも大黒蜘蛛ダークスパイダーの巣が幾重にも張り巡らされていたが、メルルたちの魔法で焼き払い、さらにロズウェルの浄化魔法で部屋を清めたのだった。


 グリュックはせっせと床を拭いている。浄化したと言っても、ここには長年の汚れがついていたからだ。

 ここまで大きな活躍のなかったレトも、グリュックの近くで拭き掃除をしている。別に指示があったわけではなく、自らその役を買って出たのだ。


 「これで一晩はゆっくりできるな」

 ドットは床に座り込みながら言った。


 「これだけの人数が休めるだけの広さがあるのはありがたい」

 アンリもそう言いながら座ろうとすると、

 「何言ってんだ、副団長さん」

 デレクがアンリの尻を蹴飛ばした。


 「な、何をする!」

 アンリは尻を押さえながら大声を出した。顔も真っ赤になっている。


 「本当にわかってねぇのか? ここは攻略されていないダンジョンなんだぞ。全員ここでおねんねってわけにいかないだろうが。誰かが交代で外の見張りについてなきゃならねぇだろ?」


 「言ってることはわかるが……」


 「まぁまぁ、俺だって鬼じゃねぇからよ。お前たちに寝ずの番をさせるつもりはねぇよ。俺たちも見張りをする。2人で1時間交代だ。交代で2人ずつ、外で見張りをするんだ。残りはここで休む。わかるよな?」


 「……わかった。で、交代の順番はどう決める?」


 「俺たち、お前たちの順を繰り返すでいいんじゃないか。まずは俺と神官さんで見張る。次にお前たちから2人。次はドットと荷物持ち。オリヴァーはクラリスと組でいいだろ?」


 「気は進まないがいいぜ」オリヴァーがうなずくと、「それは私のセリフ」とクラリスが返した。


 『銀狼団』は意思決定から細かい打ち合わせまで早い。リーダーだけでなく、仲間たちも個々で判断する力があるのだろう。そこが、彼らをして有力冒険者たらしめているのかもしれない。リーダーが欠けているとはいえ、学生あがりの『マドラス団』には足りない面だ。


 けっきょく、『マドラス団』はリューゼ、レティーシャ組、そして、アンリ、リュート組に分かれて担当することになった。メルルは当然、レトと同じ組である。


 その部屋の扉はひとつしかなかった。見張るには扉の前に立つだけでいいから簡単だが、通路は左右に伸びている。通路を見張るとなったら、仲間同士で背を向けて――互いに背中を預けることになる。


 メルルたちはドットとグリュックの次に見張ることになった。アンリには悪いが、メルルはほっとした。アンリはデレク組の次だ。デレクにどのような起こされ方をするか想像すると、自分がその番でなくて本当に良かったと思うのだ。


 「メルルさん、すみません。交代です」

 メルルはグリュックのささやく声で目を覚ました。さっき寝ついたばかりだと思っていたのに、もう順番が来てしまったようだ。レトもグリュックに起こされていた。ドットはと見ると、起こす役をグリュックに押し付けて、さっさと眠りについたらしい。ドットの巨体が床にごろりと横になっているのが見えた。


 「レトさん、どちら側を見張ります?」

 メルルは眠い目をこすりながら尋ねた。

 「どっちでもいいよ」レトの答えを聞くと、メルルは「じゃ、こっち」と左側の通路に身体を向けた。理由はない。ただ、部屋を出たとき自分が左側にいただけだ。


 「レトさん、起きてます?」

 「起きてるよ」

 レトと背中合わせだから、レトの姿は見えない。目の前にあるのは真っ暗な空間だ。魔法ランタンの魔力消費を抑えるため、明かりは最小限のレベルまで絞っている。弱い光のもとでは、このダンジョンの通路はかえって暗く感じる。自分の周囲だけしか照らされていないのだ。睡魔と不安が交互にメルルをさいなんでくる。


 「レトさん」

 「何?」レトは少しイラっとしているような声だ。


 「立ったまま寝ないでくださいね」

 「そんな器用なことできない」


 「私、立ったまま眠れそうです」

 「器用だな、君は!」

 レトは小声でツッコむ。


 「レトさん……」

 「今度は何だ!」


 「あれ……、何だと思います?」


 レトは振り返った。

 通路の奥は光が届いていないが、それでも完全な暗闇というわけでもない。わずかではあるが、通路の輪郭がわかる程度には光が届いている。床も黒々としているが、漆黒というほどでもない。そのせいか、床の一部に漆黒の『しみ』が広がっているように見えた。その『しみ』は生き物のように蠢いて、少しずつこちらへ近づいているようだ。


 「まさか……、ダンジョン虫か?」

 レトは目をこらした。


 「虫さん……ですか……?」

 メルルは杖を抱えて震えている。


 「『屍肉齧り』かもしれない。黒くて丸い虫だ。大きさは親指の爪ぐらいかな。名前の通り死肉に群がって食べる。臆病な性格で、生きたものには近寄ろうとしない」


 「でも、あれ、こっちに近づいてません?」

 メルルはこわごわと片手で指さす。


 「君は、虫が平気じゃなかったか?」

 「今、苦手になったようです……」


 「モンスター化しても人間を怖がったり逃げたりするのはいるんだよ」

 レトは安心させるように言ったが、目には緊張の色が浮かんでいた。メルルの言うとおり、この『しみ』の動きはおかしい。まるで、少しずつ、こちらとの距離を詰めるようにして近づいているのだ。まるで、これからこちらを襲おうとしているかのように……。


 『しみ』はますます近づいてくる。だいぶ距離が縮まったことで、その『しみ』が、まるで這っている人間のような形をしていることに気がついた。


 「まさか!」レトが小さく叫ぶと、『しみ』が大きく動いた。勢いよく立ち上がったのだ。


 「うそ……」メルルから小さな声がこぼれる。


 立ち上がったのはルーベンだった。全身を黒い虫に覆われ、それを隠れみののようにして接近していたのだ。ランタンの明かりを受けると、ルーベンの口のはしが歪んだ。いや、口角を思いきりあげて笑みを浮かべたのだ。目だけ虚ろの、口だけ笑っている顔……。そこに、人間としての『喜』の感情は見られなかった。

 ルーベンは片手を高くあげる。その手には無数の黒い虫がひとつの球体になって集まっていた。


 「レトさん!」メルルは恐怖のあまり叫んでいた。


 同時にルーベンは片手を振り下ろす。黒い虫が投網のようにメルルを覆いつくそうと襲いかかった。メルルは両手で自分をかばう格好をするだけで精いっぱいだ。


 「『衝撃波インパクト』!」

 レトの左手がメルルの肩越しに伸ばされ、レトは魔法を放った。


 ドンッと激しい音とともに黒い波が吹き飛ばされていく。

 レトは続けて剣を抜いて、メルルの前に立ちふさがったが、すぐにその剣を下ろした。ルーベンの姿は、黒い虫の波とともにかき消えてしまったのだ。


 「何だ、何の騒ぎだ?」

 扉が開き、デレクが顔を見せた。剣を手にしているレトの姿を見ると、顔つきが険しいものに変わる。


 「おい、探偵。きちんと説明しろ。何が起こった?」


 「ルーベン氏が姿を現したのです」

 レトは淡々と説明した。

 「ダンジョン虫を全身にまとわせて、この近くまで忍び寄ってきました。どうやら、死骸者コープスは自分の屍肉を齧らせた虫を使役できるようです」


 「そんな学術的な考察はいらねぇよ」

 デレクは不機嫌そうな声で言った。

 「で、ご子息様はどうなった?」


 「虫に攻撃を仕掛けたら、虫とともに姿を消しました」


 「姿を消しただぁ?」

 デレクは通路に出ると、その奥に目をこらした。

 「今の話は本当だろうなぁ? 寝惚けた話だったら許さねぇぞ」

 「足もと見てください」メルルが苛立った声をあげた。「これを見ても私たちが寝惚けてたと?」


 メルルが指さしたものを目にすると、デレクのしかめ面がますます厳しいものに変わった。

 「こいつはぁ……」

 床には多くの虫が転がっていたのだ。いくつかはまだ生きており、腹を見せたまま足掻いている。


 「『屍肉齧り』。人間を恐れて近づいてこない虫、のはずですよね?」

 メルルは疲れた声で言った。

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