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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 8

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37/55

37

2 = 3、

4 = 7、

6 = 13、

10 = 29、

175 = ?


 「なんだ、こりゃ?」

 デレクは困惑の声をあげた。古代ガリヤ文字は全員には読めないため、リューゼが現代数字に置き換えて書き写したのだが、彼にとってはけっきょく意味不明のものだった。


 「覚え書き、というより、問題のようだな」

 ドットも苦い表情だ。「子どもに宿題で出すような」


 「数列の問題だとすると、子ども向けとは言えないだろうけど」

 アンリも考え込みながらつぶやいた。


 「適当に4桁差し込んでみたら? 順番に試してみたらいつか正解できるでしょ?」

 クラリスが楽観的なことを言ったが、デレクは首を振った。

 「いや、こういう仕掛けってのは、不正解だと罠が作動するもんなんだ。味方を殺さないように1、2回は作動しなくても3回目には罠がバンッて襲ってくるかもしれねぇ。気軽に試せるもんじゃねぇよ」


 「じゃあ、どうするのよ?」クラリスは不機嫌な声で聞いた。


 「わからねぇから悩んでんだ」デレクも不機嫌な様子で返した。


 メルルも数字の意味を考えていたが答えが浮かんでこない。おそらく、この数列は暗証番号の手がかりだ。本来、この迷宮で働く者にとっても、暗証番号をつい忘れることはあるだろう。これは、それを思い出すための備忘録のようなものではないか。そうであれば、この数列の意味を解き明かせば、7層への扉が開くのではないだろうか。そこまでは予想できたが、やはり肝心の謎が解けない。

 レトはどうだろうかと探すと、レトは床に這いつくばって何かしているようだ。後ろからのぞき込むと、レトは自分の手帳にびっしりと数字を書き込んでいる最中だった。ひとつやふたつではない。かなりの量だ。


 「レトさん……?」


 レトは無言でうなずくだけだ。かなり集中しているらしい。やがて、「これかな?」と言うなり立ち上がった。


 「レトさん、わかったんですか?」


 「試す価値があるぐらいには」レトは落ち着いた表情で答えた。周りがいっせいにレトに注目する。「わかった? あれが?」オリヴァーが疑わしそうな声で言う。


 「繰り返しになりますが、試す価値はある、という程度です」

 レトは文字盤のある壁に歩み寄る。


 「おい、待て。勝手に試そうとするんじゃない」

 デレクが声をかけた。「間違っていたら俺たち全員罠にかかるかもしれないんだぞ」


 「そうですね」レトはうなずいた。「僕がこれを試している間、ここから離れてください。もし、僕が間違っているのであれば……」

 レトはデレクをまっすぐに見つめた。「罠で死ぬのは僕だけです」


 デレクはしばらくレトの顔を睨んでいたが、すぐに顔をそむけた。

 「おい、みんな。ふたつ先の曲がり角まで戻るぞ」

 そう言うと、先頭に立って歩き出す。『銀狼団』の仲間たちもデレクに従ってすぐに歩き出した。グリュックはレトの顔を心配そうに見つめていたが、すぐ彼らの後を追って姿を消した。

 アンリたち『マドラス団』は、すぐに離れなかった。メルルも同じだ。


 「レトさん。どの数字を試すつもりですか? 本当にわかったんですか?」

 レトが罠で死ぬかもしれない。メルルは不安で仕方がなかった。


 「試す数字は『1039』だ」

 レトは数字の刻まれた石を取り上げながら言った。石の具合を確かめるように、あちこちひっくり返しながら見ている。


 「『1039』?」


 なぜ、その数字が出て来たのか、メルルには見当もつかない。


 「どういうこと?」

 リューゼも不思議に思ったようだ。

 「あの数字は規則性があるように見えて、実は規則性なんてなかった。初めは前の数字に1を足したものを加算したものかと思ったけど、『10』の条件に合わない。それだったら答えは『39』になるから。ほかにもいろいろな条件で加算したけど、必ず『10』で合わなくなる。あの数列に規則性はないのよ」


 「僕もそこに着目しました」

 レトはうなずいた。「そうであれば、規則性のない数列を思い出せばいいのです」


 レトの言葉にメルルはますます困惑した。規則性のない数列? そんなものがあるのだろうか?


 「『銀狼団』の団長が言った通り、僕の答えが間違っていれば罠が作動するかもしれません。皆さんも同じところへ退避してもらえますか?」

 レトは必要な石柱を抜き出しながら言った。4本選び取ると、メルルに顔を向ける。「君もだ」


 メルルはすぐに動くことができなかった。「レトさん、大丈夫なのですか? 間違ったら死んじゃうかもしれないんですよ?」


 「死ぬのは平気じゃない。僕だって死ぬのは嫌だ」

 レトは少し笑ったようだった。

 「でも、何も試さなかったら、誰も進むことができない。現時点では引き返すことすらできないんだ。現状を変えるには危険を承知で進む決断もしなければならない。もし、僕が間違って、それで命を落とすことになっても、それなら『1039』が不正解だったとわかるわけだ。決して無意味ってわけじゃない。小さな一歩でも進むことこそ、これまで僕たち人間がしてきたことなんだ」


 レトは小さな石柱を見つめた。「それに、勝算もなくて、こんな賭けをしようなんて考えていないさ。それなりに勝算あってのことだよ」


 レトの声には自信が感じられた。それを聞いてメルルも決心した。

 「じゃあ、私は残ります」

 「いいのかい? 僕と心中する可能性があるんだよ」

 「そうならないって思ってるんでしょ?」

 メルルの挑発的な物言いにレトは苦笑を浮かべた。「ま、そうだけどね」


 「俺たちは離れたところで様子を見るよ」

 アンリは申し訳なさそうに言ったが、メルルは当然だと思った。命に関わる危険な賭けに、自分の命を預けるのは勇気がいる。しかも、この賭けにはレトに対する信頼感が不可欠だ。彼らがためらうのは自然なことだ。


 『マドラス団』の姿も見えなくなると、レトは文字盤の前にしゃがみこんだ。


 「ちなみに、規則性のない数列って何ですか?」

 メルルはレトが答えに至った理由が知りたかった。


 「あの数字の羅列を見て、左側は数字の順番、右側がその答えだと思った。つまり、ある数字の一覧表で2番目が『3』、4番目が『7』というように」


 メルルはうなずいた。それはリューゼも考えたことだが、メルルもそこまでは想像していた。


 「次に、右側の数字はすべて奇数だった」

 「そうですね」


 「しかし、リューゼさんが言うように、単なる加算方式では10番目の答えが『29』になるものは存在しなかった。逆に言えば、それが最大の手がかりだった」

 「そこから導かれるのが、規則性がなくて、すべて奇数になる数列、ってことですか?」


 レトはうなずいた。「そう。あれが『素数』であればね」


 「『素数』?」


 「素数は1以外では、その数字でないと割り切れない数字を指す。

 素数は無限に存在するわけだけど、ある程度なら表にすることができる。それに、今のところ、素数が規則性を持っているか証明されていない。少なくとも単純な加算方式で表されるものじゃない」


 レトは自分の手帳を開いてみせた。

 『1=2、2=3、3=5、4=7……』

 メルルは数字の羅列を順に見ていく。

 『9=23、10=29……』


 「10番目が『29』なんですか!」


 「それがわかれば、あとは順番に素数を書き出すだけ。

 175番目の素数は『1039』だった。これが正解かもと考えた理由はそれだけじゃない。この石柱にも手がかりがあった」

 レトは手にした石柱を持ち上げてみせた。

 「この文字盤には数字はそれぞれひとつずつしかない。つまり、『1111』みたいに、同じ数字を複数使うことができないんだ。さっき導き出した『1039』は同じ数字がひとつも含まれていない。これも正解だと考える根拠だ」

 レトは、まるで慣れているかのように数字をはめ込んでいく。4つの数字を埋め込み終わると、レトは立ち上がって岩扉を見つめた。


 「さて、運命はいかに」

 レトにしては珍しく冗談めいた口調だ。


 ふたりの運命は、思いがけないほどあっさりと明らかになった。間もなく床が小刻みに震える感覚になると、目の前の岩扉がずりずりと音を立てながら上へ動き出したのだ。すっかり上がり切ると、そこに真っ暗な空間が広がっている。よく見れば、それは7層へ降る階段だった。


 「さぁ、彼らを呼びに行こうか」

 レトはメルルに話しかけた。

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