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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 8

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 「ええい、クソッ!」

 デレクの怒鳴り声が響き渡った。


 『ツヴァイ迷宮』第6層――。


 行きつく先がどこともまだわからぬ道の途中で、一行は立ち止まっていた。各層にも存在していたが、ここにも水道が通っており、水を確保できる場所があった。それはそれでいいのだが……。


 ルーベンを追うのに目印としていた水滴が、ここで途絶えたのである。ルーベンが乾いてきたから、というのではない。水道を通る床の石蓋が取り外され、ルーベンの痕跡はそこで消えていたのである。それが何を意味するのか彼らには明らかだった。


 「奴はここに潜って俺たちをまきやがったんだ!」

 デレクは完全に怒っていた。「こっちをおちょくってるのか!」


 デレクの怒りに対し、周りの反応は鈍かった。むしろ、重苦しい表情で互いを見やるだけである。


――死骸者コープスに、こちらを翻弄するだけの『知性』がある――。


 その可能性が強まったことに、誰もが不安を隠せなくなっているのだ。

 「どうするよ、デレク」

 ドットがデレクに尋ねた。これまで、表情は冷静だったドットでさえ、不安そうな表情だ。この事態に、さすがの彼も動揺しているようだ。


 「どうするもねぇ! このまま遺体を回収できませんでした。浄化もできませんでした、なんて報告ができると思うか? 後を追うしかねぇんだよ、俺たちには! この水道に潜るしか方法がなくてもな!」


 「だが、俺たちじゃ完全に溺れるだけだぜ」

 オリヴァーが口を挟んだ。「俺たちはまだ生きてるからな」


 「そんなことはわかってる!」デレクは吠えた。


 「ルーベンは水道に逃げ込んだだけかな?」

 蒼ざめた顔で穴の開いた床を見つめていたアンリがぽつりと言った。

 「いったん距離をとって、俺たちを待ち伏せる気じゃ……」


 「待ち伏せる? どこで?」

 デレクは怒りに満ちた目をアンリに向けた。


 「つ、次の階層で……」


 それを聞いて、デレクは「ふん」と鼻を鳴らした。


 「でも、可能性はあるんじゃない?」

 そう言ったのはクラリスだ。

 「ご子息様の行動が、何らかの意図があるってことなら……」


 ――意図。


 もし、それがあるなら、それは自分たちすべてを死の世界に引きずり込むことだろう。それがアンデッド系唯一の本能なのだから。ルーベンはその本能に従いながら、しかも、意識的に行動しているのだ。


 それは、この場にいる者全員が抱く考えであった。


 「だったら、することはひとつだ」

 気持ちを切り替えたデレクの判断は早かった。

 「第7層への階段を探す」


 分かれ道での警戒は先ほどよりも厳戒だった。パーティーを分けて少数になったほうへルーベンが襲いかかる危険が、先ほどよりも高まったせいだ。一行は、さらに時間をかけて6層の探索を行なった。


 やがて、彼らはひとつの扉の前で止まった。5層にもあった、岩の扉だ。


 「ここにも岩壁か、クソッ!」

 デレクは扉を蹴りつけながら毒づいた。「どうやって開きゃいいんだ、これは!」


 「これは見た目どおりの扉じゃないかもしれません」

 奥から声が聞こえ、全員が声の主に注目した。そこにいたのはレトだった。


 「何が言いたい、探偵?」

 デレクはこめかみに筋を浮きあがらせて言った。「それに、今、ここで発言していいって俺は言ってないぞ」


 「デレク」さすがにドットがたしなめた。「まずは聞いてみよう」


 デレクは仲間たちの顔を順に見つめ、その表情にドットと同じものを感じると怒気が弱まった。ふてくされた表情になると、「探偵、さっさと話せ」と言った。


 「6層へ降りる階段の途中で、血の跡がありました。大トカゲの血の跡です」

 レトは説明を始めた。

 「その血の跡は完全に乾ききっていないので、まだ新しいものでした」


 「おい、探偵。なぜ、その血の跡が大トカゲのものだとわかる? あのとき誰かも言っていたが、血の色なんて、どれも赤いものだろう?」

 オリヴァーが口を挟んだが、メルルも同じ考えだった。


 「それは、あの血痕の形状が、5層へ降りるときに倒した大トカゲのものと同じだったからです」

 「ドットが仕留めたやつか?」

 オリヴァーは仲間に振り返った。ドットは首を振る。「俺は血痕の形なんか覚えちゃいない」


 「5層への階段の血痕と、6層への階段の血痕が同じ形だから、それは大トカゲの血だと言うの?」

 レティーシャは不思議そうに尋ねた。レトは首を振る。


 「正確には、5層への階段と、6層への階段は『同じもの』だった。だから、同じ血痕があったんだと僕は考えています」


 「階段が同じもの?」デレクは混乱したようだった。「どういう意味だ?」


 「つまり、5層への階段と6層への階段は同じひとつのものだったんです。地図で確かめたのですが、5層への階段位置と6層への階段位置は同じ座標にありました。上から見ると、ピッタリ位置が合うんです。あの階段は上下に移動して、5層と6層のそれぞれをつなぐ役割を果たしていたのです」


 「ああー!」メルルは急にわかって叫んだ。「だから、5層へ降りる階段があったときは6層へ進めなくて、5層へ戻れなくなったときに6層の階段が開いたんだ!」


 「つまり……、あの階段は5層と6層とで共有のものだった、ということか? それが上下にスライドしていたと……」

 オリヴァーが尋ねると、レトはうなずいた。

 「だから、6層への階段にも同じ形状の血痕があったわけです」


 「まさか、そんなからくりだったなんて……」

 レティーシャは目を丸くしたままだった。


 「しかし、どうしてそのからくりが発動したんだ?」

 アンリはまだ理解しきれない、納得できない様子だ。

 「俺たちは、仕掛けが勝手に作動しないよう、うかつな行動は避けていた。誓って言う」


 「そんなことはもういい」

 デレクは不機嫌そうに吐きつけた。「今さらわかったところでどうしようもねぇし、やっぱり、ご子息様が一枚噛んでるって感じがするからな」


 死骸者が自分たちをここに閉じ込めるために仕掛けを作動させた?


 信じられないことだが、この解釈が一番納得できそうだった。少なくとも誰かを疑わずにすむ程度には。


 「6層への階段は、その理解でいいとしても……」

 ドットは岩扉をコンコンと叩きながら言った。「こっちの件はどうする?」


 「この扉の位置は、6層のそれと一致していません。同じ仕掛けだとしても、6層の階段とは連続していないと思われます」

 グリュックが自らマッピングした地図を見ながら言った。


 「つまり……」

 デレクは岩扉を見つめた。「こいつを動かすには、どこか別の仕掛けを探さないといけないってことだな」


 「これじゃないですか?」

 メルルは扉の脇にしゃがみこんで一角を指さした。

 メルルの頭の位置に文字盤が見える。その上には四角い4つのくぼみ。


 「たしかに、何かの仕掛けみたいね」

 リューゼがメルルの隣にしゃがんで文字盤を見つめた。


 「どういう仕掛けだ?」アンリが尋ねる。


 「文字盤は数字ね。古代ガリヤ文字の。0から9まで10個の数字が四角柱の先に刻まれてる。どうも、この文字盤から4つ選んで、上のくぼみに差し込むようになってる。今でいうところの暗証番号みたい。これが一致すると階段が現れるんじゃないかな?」


 「暗証番号だぁ?」デレクは呆れた声をあげた。「そりゃ絶望的じゃねぇか」


 たしかに。


 メルルもそう思った。暗証番号はわかっていないと使えない。そもそも侵入者を阻むための仕掛けなのだ。このダンジョンからすれば、メルルたちはただの侵入者にすぎない。本来、彼らのために開くはずがないのだ。

 諦めかけたメルルがうつむくと、目のはしに何かが見えた。「あれ?」


 メルルはさらにしゃがみこんで見えたものに顔を近づける。「これってまさか……」


 「何だ?」デレクは不機嫌な声で聞いた。


 「ひょっとすると暗証番号の覚え書き、手がかりじゃ……?」


 メルルが指さしたのは壁の下に小さく刻まれた文字……数字だった。

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